貝殻鳴らそ
抜けるような青空に
雲雀が高く高く
のぼってゆく
青い権現山を背に
田畑はどこまでも続いている
農道沿いに「村の小川」は流れ
堤一面に咲くポピーは
シフォンリボンのような赤い花びらを
そよ風に揺らせている
秋には「赤いきれ」のような彼岸花が
燃えるように咲くのだろう
半田のまちのあちらこちら
狐のごんが顔を覗かせる
さびしがりのごん狐
いたずらを悔い
償いに 山海の幸届けたにも関わらず
誤解受け 撃たれても
ぐったりなったまま
うれしくなった……
優しいごん
幼い頃読んだ『ごん狐』の
懐かしさ 哀しさ 切なさを抱えて
新美南吉の記念館を訪ねた
南吉の世界広がる 仄暗い展示室
手記に煌めく 創作への想い
ジオラマは 童話の世界に誘う
おじいさんのランプが
星影のように木に灯り
帽子屋さんでは
坊やの狐が片手を差し出している
*
日の光が燦々と降り注ぐロビー
『弥厚翁』を持つ
新美南吉の写真が掲げられている
きりりとした眉
こちらをじっと見つめる
澄んだ美しい瞳
夭折した作家に捧げられていたのは
手向けられた千羽鶴のような
色とりどりの折り紙の貝殻
三月二十二日は南吉の命日
貝殻忌だった
「かなしきときは
貝殻鳴らそ。」
撃たれたごんも哀れだが
撃ってしまった兵十も哀しい
さびしい時 かなしい時
わたしが横にいたのなら
きっと あなたのために
静かに貝殻を鳴らしたことでしょう
あなたを わたしを
貝殻の微かな音は
温めてくれたことでしょう
二枚の貝殻奏でる
カチカチ 小さな音
耳を澄まし
寄りそえたなら
さびしい心も温もったことでしょう
南吉のまっすぐな視線を浴びながら
童話の中生きる さびしい動物と人間
住む世界を異にする
さびしい者同士の心の触れ合いに
語りかけずにはいられなかった
時世が過ぎ
世の中が進んでも
愛に繋がる悲哀の想いは
変わらない
南吉が描いた世界が
いつまでも色あせないように
悲哀と共に
私も今を生きる
悲哀を愛に繋ぎ 詩に紡ぐ
今日に続く明日は
きっと手を広げ 私を待っているだろう
ランプの灯のような温かな光を
南吉の あふれる愛の言葉を
そっと胸に灯すために
*
館の外 緑眩しい芝生の広場
ごんが でんでんむしが 六地蔵が
さよなら またね と
青い風に揺れる陽炎の中
微笑んだかに見えた
乾いた埃道を 半田駅に向かう
雲雀の声 風のささやき
心の中 貝殻はうたう
優しい潮音の 息吹をこめて
悲しくならないように
いつまでも カチカチ 鳴り続ける
『セントレアの空へ』所収
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