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「ショート」12月のバラード#「シロクマ文芸部」


十二月が来る。
十一月が終われば十二月になるのは当たり前だ。
でも俺にとって十二月は一生忘れられない月なんだ。


あの年の12月 
俺はまだ大学の2年生で将来の進路も決められないまま文学部なんて、つぶしのきかない学部で学生生活だけを謳歌していた。
文学部のいいところは、女子の比率が圧倒的に高いことだ。御多分に洩れず俺はクラスの中でかなり可愛い部類に属する葵という彼女が出来た。入学して間もない頃からだったから、あの時既に一年くらいは付き合っていたわけだ。


まぁ、暇つぶしだと思って、俺のくだらない青春の話しを聞いてくれないか。


恋人の葵が体調を崩したのはその年の春頃だった。
デートの最中に喫茶店でパフェを食べていた葵が、いきなり化粧室へ走って行った。
「なんだか気持ち悪いの。今日は帰るね」
真っ青な顔で化粧室から戻って来た彼女は俺にそう言うと
「送らなくていいから」
一人で店を出て行った。残されたテーブルには葵が残したイチゴパフェが無惨な姿で溶けていた。

初夏が来て二人で行こうと約束したディズニーランドにも行けなかった。
葵の方からキャンセルの連絡が来た。
「なんだか貧血気味なの。今回はムリみたい…」
元々、健康そうには見えなかったが、次に会った時の彼女はゲッソリと痩せていた。

「大丈夫かよ?病院行ったの?」
コクンと頷くと葵は俺に突然、母子手帳を見せた。
「え、俺の子?なんで早く…」
「ごめんなさい、それは言えないの」
「じゃあ、誰の子なんだよ?」
「ヒ、ミ、ツ」
「ふざけるなっ!」

俺は葵を残したまま歩き出していた。歩行者天国で賑わう街は行き交う人々全てが、俺よりも幸せに見えた。小さな子供を真ん中に両脇で手を繋ぐ親子、流行りのカラフルな綿菓子を手に持つカップル…。
全部、全部、消えてしまえばいい。
葵と過ごした一年の歳月を思い出すと涙が溢れそうになった。俺はジャンパーのポケットに手を突っ込んで足早に歩行者天国を抜けた。

『失恋』

これが失恋ってやつなんだな。ぼーっとした頭には、その二文字しか浮かばなかった。
初夏の生温い風が俺の身体を通り抜けていった。
なんだか、俺って空っぽだな
自販機で小銭をかき集めてビールを買った。
一気に飲んでアルミ缶を握りつぶしてゴミ箱に投げ捨てた。
空っぽの俺が空になったアルミ缶に八つ当たりしたわけさ。

それ以来、葵は大学にも出て来なくなった。
腹が目立つのが嫌なんだろうな。
俺は勝手にそう思い込んでいた。それにしても相手は誰だったんだろう。俺のような学生じゃなくて社会人か?どうせフラレるなら相手くらい聞いておけば良かったとその頃になって後悔した。
それくらいの権利、俺にだってあっただろ?
一応、恋人同士だったんだからさ。
後悔しても後の祭りってやつだ。
いや、相手を聞いてもどうなるわけでもないんだけど、デキちゃったんだから。
白状すると俺はあの後一度だけ、葵にラインしたんだ。
女々しいだろう?でも、女々しいって言葉は男にしか使わない男のための言葉なんだぜ。
誰の子か?なんて野暮なことは聞かなかった。ただ
「元気にしてる?」
って送ったんだ。既読にもならなかったけどね。
ハハッ、笑っちゃうだろ?
既読になんてなるわけないよな。


11月になるとさ、一斉に街がクリスマスムードになるじゃない?街全体が浮足立っててさ。
そのせいなのか、ムシの知らせか分からないけど…
いや、違うな。
あれは確か同好会の忘年会の後だったんだ。
酔った俺は、何故か無性にあいつの葵の声を聞きたくなったんだよ。
普段、電話なんて誰にも掛けないのにさ。
呼び出し音の後に直ぐ「通話中」って表示が出た時は嬉しかったなぁ。
「もしもし、俺だよ。葵」
勇み足の俺に
「あなたが達也さんですね」
スマホの向こうから聞こえてきたのは、葵とよく似た、だけどもっと落着いた大人の声だった。
その人が葵の母親だと分かるのに時間は掛からなかった。
「お願いです。明日葵に会わせますから。〇〇病院へ来てください。その時に全ての事情をお話しします。必ず来てくださいね」
「分りました、必ず伺います」
酔ってたけど、男ならそう言うしかないだろ?例え、フラレた身でも一度は愛した女の母親が、そう言ってるんだぜ?
俺は次の日、12月1日
指定された病院へ行ったよ。

其処に葵は居た。
大きな腹をして沢山の機械に繋がれて眠っていた。その脇に葵によく似た母親が座っていた。

「達也さんですね?」
「はい…」
お母さんは
「間に合って良かった。これから、あなたの子供が産まれるのよ」
「はっ?!」
狐につままれたような気になってる俺に
「この子、事故にあったの。それからずっと意識がないの」
「はい?」
お母さんは続けた。
「達也さんに子供が出来たって伝えようとした日、この子の補聴器の調子が悪くて修理に出してたの」
「補聴器?!」
「ええ、知ってるわ。葵はあなたに身体のハンディキャップを伝えていなかったのよね」
「補聴器って、耳が」
「そうなの、人工内耳の手術をしたのは三歳の頃よ。補聴器があれば普通に会話出来るまでになってたけど」
「じゃあ、あの日」
「事故にあったの。後ろから来る車の音が聞こえなかったのね」
「……」
俺は次の言葉が見つからなかった。俺を追って?!

「うっ」

眠る葵の口から痛みの為なのか声が漏れた。
あの日、会話だと思っていたのは、届かない俺の声を想像して答えたのか?
「ヒ、ミ、ツ」
って何だったんだよ?ひょっとして子供の性別のことだったのか……

バタバタと機械のモニターを見たのか、看護師さん達が病室に入って来た。
「葵!葵!葵ーー!」
俺はベッドに駆け寄って、聞こえないかもしれない葵に叫んでいた。
「分娩室に移動します」
葵はベッドに寝かされたまま病室を出て行った。
12月1日の事だった。





「パパ〜〜!」
公園への坂道を駆け上って聖也が戻って来るようだ。声は聞こえるが、まだ姿は見えない。

長い話しに付き合わせて悪かったな。

俺は公園のベンチに座って、明日で五歳になる聖也の幼稚園からの帰りを待っていた。

「達也、お待たせ。さぁ、お家に帰りしょうか」

その後ろから妻の葵が片手に誕生日ケーキを持ってゆっくりと聖也の後から現れた。少し目立ってきたお腹を庇うようにゆっくりと…。

明日からは12月だ。
聖也が産まれて葵が意識を取り戻した俺の一番幸せな月が始まる。

「パパ〜、誰とお話ししてたの?」
「ヒ、ミ、ツ」

11月の冷たい風が吹き抜けたが、俺はもう空っぽじゃなかった。





小牧幸助さん「シロクマ文芸部」の企画に参加させて頂きました。
皆さんにとっても素敵な12月となりますように。

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