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いつまでも覚えていたい。歩み寄ったその先にあるなにかに触れた瞬間を。
お。いらっしゃい。
笑みを浮かべて、彼女はマスクを外した。そしてもう一度、わたしが彼女の口元を見ていると確認してからこう言った。
「いらっしゃい」
インフルエンザが流行し、新型肺炎の話題で持ちきりな今日この頃。ニュースでは、一番の予防策としてマスクの装着を連日呼びかけている。
誰だって、健康でありたい。
そう思うのが普通で、わたしだって感染が怖くて家に帰ったら手洗いうがいと洗顔。外に来て行くマフラーとコートは玄関先にかけている。
それでも、聴覚障害のあるわたしが音の世界の人たちとコミュニケーションをするために「口型を読み取ること」は必須だ。マスクがあると、会話がだんと難しくなる。
この時期は本当に難しい。
「わたし、きこえにくくて口の形を読み取って話を理解しようとするのでマスクを取ってください」
そうお願いすることは、簡単だ。
でも、わたしが何か菌を持っているかもしれないし、そうでなくても相手が菌を持っていて周りに移したくないという配慮をしているのかもしれない。いくらわたしにとって必要なことでも、コミュニケーションをしたがためにどちらか、あるいは双方が嫌な気持ちになるのは避けたい。
そう思うと、むやみやたらにマスクを外して欲しいとは言いにくいなぁというのが本音。
そんな中、彼女はわたしの顔を見た瞬間にさっとマスクを外して接客をはじめてくれた。
それだけじゃない。
他の店員さんが近くに来たときにも、
この子耳がきこえにくいからマスク外してね。口を読み取って会話をしてるから。
そうさらっと言ってくれた。そればかりか、その店員さんたちもさっとマスクを外して口の形が見えるように接客をしてくれる。
なんなの。この世界は、どんだけ優しいの。え、優しい人の周りには優しい人しか集まらないの?
おかげでとっても楽しくてためになるお買い物ができたのです。ホントにホントに嬉しくって。この嬉しい感謝をずっとずっと大事にあっためていきたい。そう思ったできごと。
冬になってきて、音のない世界の人同士で話していると
この時期のマスクは本当に迷惑。やめてほしい。
なんて声もちらほらと見る。でも、その意見たちにわたしはなんだか違和感があって。
みんな、きこえない人に意地悪をしたくてマスクをしているんじゃない。はず。それぞれに必要があるからマスクをしているんだし、それを迷惑なんて言葉で片付けるのは、違う。音の世界と自分たちに壁を作っているのは、大多数の音の世界の人たちだけなんてことは決してない。壁は、どちらからでも作れちゃう。
障害者だからって、なんでもしてもらうのが当たり前なんかじゃない。
音の世界の人にも音の世界の人の事情がある。わたしたちにとって、マスクがどうしようもない葛藤の種であるように。
それでもお互いが歩み寄りたい。
そのギリギリのところに「音の世界と音のない世界の狭間」が見えるんじゃないのかな。
幸いに、わたしのそばには、この狭間を楽しんでくれる大事な仲間がいる。この優しさという言葉では表現しきれないあったかさがこれからもちょっとずつちょっとずつ続いていきますように。
彼女がマスクを外した瞬間の笑顔とあの連鎖を、ずっとずっと覚えていたい。
だからこうやって、noteに残しておくんだ。
今日もお疲れ様でした。
おやすみなさい☺︎
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