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なんにもしないでただ側にいるには、強い心が必要で。
最高気温が連日35℃越えの日々。連日ニュースで「災害級の猛暑日です」と叫ばれる最中、お茶時の準備のため朝イチのデパートへ。
立派な賀茂茄子に、学生時代の恩師のご実家が作っている白味噌に、Instagramで見て前から気になっていたお茶菓子。両手いっぱいに紙袋を持って歩いていると「今日はたくさんお手伝いしてもらったからねぇ」と、ずっとずっと行きたかった茶寮に連れて行ってもらって。
宇治金時も気になるけれども、ここはあんみつが美味しいと聞いていたから。クリームあんみつをひとつずつ。あんみつって、あの酸っぱいお豆がどうも苦手で避けがちだったのだけれども、ここのお豆はどれもまろやかなお味で。あんこも甘すぎず、白玉もふわっとしていて、それはそれは美味しくて。
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隣にいらしたマダムに「あら、お孫さんと一緒ですか?」と尋ねられた先生は、ちょっと悩んだ顔をしてからすぐに「そうなんです」とニコニコ笑顔で。
もうすぐ80になる先生は、わたしの祖母とも年が近い。そういえばこの前一緒に歩いていたときも「素敵なおばあさまですね」と言われてわたしも「ありがとうございます」なんて言っちゃったっけね。
実際、お稽古だけでなく着物のお下がりをいただいたり、お昼ご飯を食べさせてもらったり、なんなら夜ご飯のおかずや豆まきのお豆、ひなあられだってたくさん持たせてもらっている。お稽古の帰りはいつも、実家から帰ってきた日のようなずっしり荷物を携えていて。その重みが、とんでもなくしあわせだなぁと常々思っている。
「あなたはうちの家族みたいなものだから」といつも可愛がってくれる人が身近にいるということ。わたしも、お茶のお稽古は口実で、先生と過ごす時間が大好きで月に3度のお稽古に通っている。だから、向かい合わせであんみつを頬張るその人が隣のマダムから「お孫さんとデート良いですね」と言われて否定せずにくしゃくしゃな笑顔を浮かべていることが、本当に本当に嬉しかった。
わたしには、同居していたおばあちゃんとひいおばあちゃんを相次いで亡くした経験がある。彼女たちもまた、デパートなんかに出かけると「うちの孫なの」「うちのヒコ(ひ孫)なの」とお得意先の売り場でドヤ顔をしていた日々があって。彼女たちとおんなじ顔をしていたもんだから、ふいに泣きそうになった。この時間が、いつまでも続いたら良いのにって。
そんなしあわせなあんみつタイムを終えて、先生のお家に帰ると、いつも元気な彼女が生あくびをはじめた。昨夜はおじさんの介護であまり寝ていないらしい。お部屋の冷房を付けて、部屋を涼しくしながらお茶時の道具を清めていく。
それでも、先生の白い額からは汗がとめどなく流れてくる。これは、おそらく熱中症。聴覚障害のあるわたしは三半規管がとっても弱いので、意識が飛びそうになるような気持ち悪さや眩暈はよく分かる。あの顔は、そういうときの顔。
作業は一度中断してもらって、おじさんがいつも座っているソファに座るようお願いする。
座った途端に「大丈夫なのよ」と言いお水を飲み干すとまた立ち上がってしまう。そして、ふらっと。
「わたしもちょっと疲れたので休憩しましょう」ともう一度腰かけてもらって、今度は足も頭の高さまで。眩暈がするときは、足の高さと頭の高さを同じくらいにすると楽になる。ベッドには行きたくないと仰るので、ソファのレッグレストをあげて。
すると、ほんの数分で眠りはじめた。顔色は徐々に戻ってきているから、意識を失っているわけではなさそうだし……とわたしが立ち上がると先生も目を覚ましてしまう。そして「もう大丈夫よ!」と弱々しい声で強がる。ぜんっぜん大丈夫じゃない。
これはもう、なんにもしないで待つことしかできない。10分すぎた頃には顔色もだいぶ戻ってきたので、ほっとひと息。それでも心配なので、ずっとその様子を眺めながら静かにできる作業を台所で細々と。
そして、20分がすぎて目が覚めた頃にまたコップ一杯の水を飲んでもらってまた30分。体を冷やすことも、ベッドに行くことも、強がる彼女はやっぱり受け入れないので、わたしはただそこにいることに徹するしかない。
相手が子どもだと、こちらもバタバタと動き回ってその間に回復してくれることが多いけれども。相手が自分を律することに慣れている人生の先輩だと特に。わたしはその横にいて、ただなんにもしないで見守ることがいちばんの仕事なのだと実感する。
でもそれって、本当にわたしは役になっているのだろうか。とか、手を出さなさすぎて悪い結果になったらどうしよう。とか、そういうことばかりが頭をよぎっていくから。なんにもしないで、ただそばにいることって簡単なようで難しいよなぁ……なんてことを考えながらその時間を過ごした。
結果、症状は落ち着いたので、その日はお宅を後にして。夜ご飯を食べ終わった頃にテレビ電話がかかってきて
「今日は本当にありがとうねぇ。あなたがいてくれて、心強かったわ。」
と、元気な顔を見せてくれた。そして今週末、また先生のお宅に行ったらもうすっかりピンピンした姿で迎えてくれて、改めてわたしの手をぎゅと握りしめながら「あなたにお世話にしてもらうなんてねぇ。でも、あなたがいて本当に良かった。」と。よかったよかった。
あの日は、わたしも先生も外が灼熱だということは十分承知していて。スローテンポでお買い物をして、駅からもタクシーを使って帰ってくるほどの徹底ぶりだったけれども。用心していても、ふとしたタイミングで熱中症になってしまう。本当に恐ろしい。
まだまだ暑い日々が続くから、改めて気をつけすぎなくらいに用心に用心を重ねて日々を過ごしていかないとな。
あと一週間は、最高気温35度前後が続くらしい。ほんっと、暑すぎよ。地球。
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