2023.0311

ふと時計を見たら、14:46だった。

あの日わたしは東北どころか東日本にもいなくて、この世界がぐわんと揺れたこともまるでほとんど知らないまま、その午後を九州は福岡で過ごした。

学校帰りに塾に着くと、講師の先生たちが駆け寄ってきて

「東北が、地震で大変みたいよ。お家に連絡したら？」

と、わたしより早く授業に来ていた妹が受付に預けてくれていた携帯電話を渡してくれた。

宮城はよく揺れる

小さい頃から、震度5-6強程度の地震には何度か遭遇してきた。自宅のエレベーターが止まったり、墓石や家電が落ちる光景も見たことがあった。だから

「おじいちゃんもおばあちゃんも、無事よ
今日は、いつも通り勉強して帰ってきなさい」

という母からのメッセージをそのままの意味で受け取って、月曜にあるテストに向けて勉強をしてから帰宅した。

帰宅すると、我が家の様子がおかしい。玄関で出迎えてくれた母の目は真っ赤で、電気のついていないリビングのテレビには、真っ黒な水がわたしたちの生まれ育った街を飲み込んでいく映像が、繰り返し繰り返し流れていた。

途切れ途切れに、母は、連絡の取れない友達や親戚の名前を呟きはじめた。どう見ても、彼らの住む街は黒い濁流の中か、赤い炎の中だった。

わたしは、制服のままテレビの前に座り込んでポロポロと涙を流すことしかできなかった。あの怖さを時差で知って、そして、何もできなかった。

あの週末は、避難所の映像を何度も眺めては親戚や友達の顔を探し、NHKの安否情報をくまなく調べて、東北同士ではつながらない電話を我が家が中継となって連絡を取った。それしかできなかった。

次の年、わたしは震災前からの予定通りに被災地の大学に進学して、【3.11を生き抜いた若者たち】と呼ばれた。福岡の高校の先生たちは「わざわざ大変なところに行かなくても良いのに」とか「それでも被災地を支援したいというその心に感動する」とかそんな言葉をかけてくれたけれど。わたしはただ、小さい頃に「大学生になったらおじいちゃんのお家に帰ってくるね」という約束を予定通りに果たしただけで。

別に、悲劇のヒロインになりたかったわけではない。誰かを助けたいという正義感も、なんだか違う。というよりもまずわたしは、あの揺れも濁流も炎も見ていないんだから、悲劇の被災地の子どもたちなんて言えない。当事者だなんて口が裂けても言っちゃいけない。ただ、わたしの生まれ育った大好きな地がそこだった、ただそれだけ。

確かに、仮設校舎の整備をしたり仮設住宅で過ごす子どもたちの学習支援をしたり。たぶん世の中が求める物語に貢献するような大学生活を過ごしたけれども。それでも、わたしの無力感はずっとずっと消えないし、むしろ増していくだけだった。それなのに、「被災地のために頑張る若者たち」という言葉はペタッとわたしに張り付いて、また乾いた風になびいていた。

あの映像を見て心をキュウっと苦しめていいのは、仮設からや避難場所から大学に通うあの子やこの子であって、わたしなんかはそんな気持ちになってはいけないんだろうと、そう思っていた。それでも、未だにあの映像を不意に見ると心がキュウっとなる。

「あぁ、わたしはあのとき何もできなかった。安全な場所で、ただ泣くことしかできなかったんだ。」という無力感を思い出す。でも、そんなこと口が裂けても同級生には言っちゃいけないんだろうなぁと思って、なんとなくそのことは誰にも言わずに今日まで過ごしている。今、ここに書いているけれども。

今日は

3.11を忘れない

と同じくらい

父ら失った佐々木朗希が、3.11にWBC先発

というニュースをよく見る。

わたしはとても捻くれているから、そんな美談に、誰かの同情のために、3.11があるわけじゃないのになぁと思ってなんだかモヤモヤしていた。わたしなんかがモヤモヤしていてもどうしようもないし、彼はそれに運命を感じているのかもしれない。

モヤモヤしながらTwitterを眺めていたら、あの頃10代だったくどうれいんさんが似たようなことを綴っていてちょっと安心した。

2023年3月11日の日記 | くどうれいん（工藤玲音）公式ホームページ

わたしなんかが、震災からの日々に心を痛めて良いのだろうか。「忘れない」はなんだか薄っぺらく感じるけれども、じゃあどんな言葉が薄っぺらくないんだろう。12年経っても、まだまだ答えは出ない。

でも、これだけ。わたしの大切な人たちが、あの日々を知らない後輩たちが、あんな涙やこんな無力感を味わうような出来事がこれから起こりませんようにと。今日からも、地球を踏み締めて歩いていこうと。日々空は美しく、好きなものを好きだと言って大きく息の吸える日々を慈しんでいけるようにと。

あの日からわたしはずっと無力で、誰かのために何かをしてこれたのかというと、まだそれは分からないままだけれども。でも、3.11の14:46は、これからもわたしにいろんなことを問うてくるし、それらと向き合い続けていくんだろうと、そんなことを思う。