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「いい風呂の日が誕生日なんて、最後までふざけているよね」と笑えるようになったのは、つい最近のことで。
この世で一番好きな場所をひとつ答えなきゃいけないとしたら、迷わずに「湯船」と言うくらいお風呂が好きだ。でも、人生で半年と少し湯船に入れなくなったことがある。絶対に忘れられない、そのきっかけの晩の話。
朝、バイトに行く前にリビングに行ったらおばあちゃんがいなかった。まだ寝てるのかと思って枕元に行くと彼女がこう言った。
「今ね、夢を見てたの。あなたに買ってもらった杖を持って新幹線に乗って旅に行ったんだ」
おばあちゃんは旅が大好きで新幹線が大好きで。ちょうどこの一年くらい前に「大人の休日倶楽部に入ったんだ」と喜んで特典を見せてくれたっけ。それなのに、癌が見つかってから日に日に体力が落ちていった。おばあちゃんなのに「おばあちゃんらしい」モノはキライな祖母。あちこち探して、やっと見つけたあの花柄の杖はお気に召したようだ。よかった。
この日は朝から保育園でバイトして、午後はゼミしに大学に行って、夜はカテキョに行った。でも、朝リビングに起きてこなかったおばあちゃんが心配で、その日は走っていつもより1本早い地下鉄で家に帰った。
帰ったら、おじいちゃんだけがリビングにいて、おばあちゃんはお風呂に入っていた。いつもなら、わたしの帰宅を待ってからお風呂に入るんだけど、この日はなんだか違かった。
夜ご飯も食べられてないという。使っているお薬が合わないのか、このところどうも気怠そうな日が続いている。
お風呂からあがってきたら一緒に食べよう。そう思って、私は焼うどんを作り始めた。普段はなんだか食べたくなくて入れないような葉のもの野菜とかもたっぷり入れて。
「あなたがこんなに野菜食べるなんて初めて見たわ」
っておばあちゃんはきっと笑ってくれるだろうと、そんなことを考えながら。
21時40分頃、私は包丁で指をちょっと切った。
あー、慣れないことしたからだなあとか思いながら苦笑してた。
そしたら、「まり!まり!」って騒いでいるおじいちゃんの声が聞こえてくる。おばあちゃんの様子を見にいったのだろうか。でも、そんなに大きな声を出さなくてもいいじゃない。ちょっとした近所迷惑だよ。。。なんて思いながら、とりあえず焼うどんをお皿に盛り寄せる。
おばあちゃんの様子を見に行くか。そう思ってお風呂場に行くと、ぐったりして息をしていないおばあちゃんがおじいちゃんに抱かれていた。
なんでか、あの瞬間は冷静だった。
きき取れる人が出るか心配になりながらも119番に電話をして、消防隊の方の指示を聞きながら心臓マッサージをした。スピーカーホンにするとわたしには聞き取れない声で、最大音量にして電話を耳に当てながら。
消防隊の人はすごい。
「今、〇〇のあたりを走っているよ」「ちょっと疲れてきたよね。でも、頑張って。すぐに行くからね。」
「今、家の前に来たよ。」
一生懸命教えてくれた。
今ここで闘っているのはわたしだけじゃない。そう思うと、挫けそうな心がまた前を向いた。
気がつくと消防隊の方がおばあちゃんの心臓マッサージを代わってくれていて、救急車に乗せられていた。
おじいちゃんはなぜか家を片付けてから病院に行くと言って、乗車直前で家に戻った。
私のiPhoneは1日使ってたから使い物にならなくて、おばあちゃんのiPhoneから実家に連絡をした。
いつもはあっという間に着くはずの病院がやけに遠かった。
病院に着くとおばあちゃんは集中治療室へ行き、わたしは一人になった。
どうしたらいいかわからなくって、ただ怖くて泣いた。
看護師さんやお医者さんが説明に来るたびに涙は止まって、お話はきけたんだけど。
結局おばあちゃんはそのまま息を引き取った。
最後に、延命措置を断ったのもわたしだ。
全てがあっけなく済んだ頃に、おじいちゃんがタクシーで病院にやってきて、わたしは警察に連れられて自宅に戻った。自宅で亡くなった場合、事故死でないことを断定するために家宅捜索が必要になる。その場にいたのは、憔悴しきったおじいちゃんと誰か人が来れば涙を引っ込めて事務作業に徹する大学生のわたし。同行するのは、必然的にわたししかいなかった。
駆けつけてくれた親戚のおばさんにおじいちゃんをお願いして、警察車両で自宅に戻る。亡くなった場所として、浴室に警察の方を通す。
その瞬間、おじいちゃんに抱かれてぐったりとしたおばあちゃん、心臓マッサージを受けるおばあちゃん、集中治療室で苦しそうに延命措置をされるおばあちゃん。全てがぶわーっとフラッシュバックしてきて、気付いたら病院に戻っていた。
あぁ、せっかく1本早い地下鉄で帰ったんだし、焼うどんを作る前にお風呂場に様子を見に行けばよかった。
でも、苦しんだわけでもなかったとお医者さんは言っていたし、もう気怠さと付き合わなくていいんだからよかったのかな。
なんてことをぐるぐる考えながら、群馬から家族が駆けつけるまでの5時間くらい病室で(なぜか霊安室じゃなくて、個室に通された)おばあちゃんと二人きりで過ごした。
怒涛の速さでお葬式の一切を終え、両親が群馬に戻り、家にはわたしとおじいちゃんが残された。そういえば、あの杖はは棺と一緒に火葬した。葬儀屋さんに無理を言って、こっそりと棺に入れさせてもらったんだ。杖がなくて天国まで歩けなかったら、困るもん。
その日から、おじいちゃんは
「ここにいると、おばあちゃんに会える気がするんだ」
と毎日湯船に浸かった。
一方、わたしは浴室に入るたびに涙を流して湯船を直視できなくなった。
結局再び湯船に入れるようになったのは、その年のお盆が過ぎたあたり。なんとなく、心の整理がついた頃のことだった。
旅好きも、湯船好きも、名前の「まり」もおばあちゃん譲りで。年々、おばあちゃんに性格がそっくりだと言われるようになってきた。
今日は、いい風呂の日。
おばあちゃんのお誕生日。
偶然にもおばあちゃんが亡くなった日に着ていたのと同じパーカーを着ていて、洗面所で苦笑しながら今日も湯船へと向かう。
場所は違えど、確かに湯船に浸かるとおばあちゃんの懐かしさを感じるような気がするんだよな。。。
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