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手で紡ぐ。それだけで、世界がまったく違って見えた。
全然大丈夫なんかじゃなかった。
わたしはやっぱり
音のない世界の住人だった。
聴き慣れている人の声だし、通訳なんていらないんじゃないか。全部じゃなくても手話もつけてくれているし。そう思っていた。
そんなある日、職場の研修で手話通訳をつけてもらった。補聴器を通して上司の声をきく。
「先ほどは、ステージで不備があり申し訳ございませんでした」
ふーん。ステージで不備があったのね。よくわかんないけど。
そう思って手話通訳を見ると
「先ほどお配りした指定資料に、不備がありまして……」
んんん?
全然話違くない?
でも、通訳さんはプロだしな。わたしにきこえてくる音は不完全だしな……。
あ。わたし、きき間違えていたんだ。
なんかもう、全然話違うじゃん。
間違えたで済むレベルじゃない。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
思い当たる節は、ある。わかっていたつもりだったけれど、いざ仕事に取り掛かろうとしたら、いや、はじめてみたら周りと違うことをしていたことは一度じゃない。その度に、こそこそっと修正をかけていた。
えへへ。
なんて笑っていたけれど、周りからの視線がちょっとこわかった。
「手話もつけていたのに、見ていなかったの?」
そう思われているんじゃないかと思うと、心がチクッとしていた。
でも、きいていたはずだし、見ていたはずだ。わたしの不注意なのかな。そう思って、より一層周りを見渡すようになった。
そんなことが重なっていた。「しょうがない」そう思っていたけれど、ちゃんとお互いに情報が伝わりあっているか確認できていなかったんだ。そして、わたしが意識的に感じている以上に、無意識のわたしはストレスに感じていたのかもしれない。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
わたしはやっぱり、音のない世界の住人だ。
そう思って、そっと補聴器の電源を落として、手話通訳による手で紡がれる情報に集中した。すると、いつもよりラクな気持ちで話を見られて、小話までわかっちゃった。
上司の話を手話通訳を介して見てみて、いつもと違う印象を受ける。こんなに周りを見てあちこちに労いの言葉を掛ける人なのか。普段はどうしても話のトピックのみを追うだけで精一杯だし、どうやらその情報も全てが正しいわけではなさそうだし。
わかっていると思っていた情報が、思っていた以上に心許ないものだったことにショックを受けつつも、気付けて良かったとも思っている。
復帰したら、わたしが音のない世界の住人であることをちゃんと周りに伝えないとなぁ。そして、どうやって会話を了解し合うか確認しないとなぁ。。。
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