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音のない世界と音の世界の狭間。もやもや。
音としては入ってくるけれど、言葉としてはききとれない。もやもやっとしている。
感音性難聴のわたしは、こんな世界で暮らしている。静かな場所、口の形が読み取れる、声質がわたしの耳と相性がいい、とかの条件が重なって言葉としてききとりやすくなる。
ずっと普通の学校に通ってきて、手話を覚えたのは大学に入ってから。それまでは、今よりも良聴耳の聴力が良かったし手話を必要としていなかった。当然今でも手話を使えない友達がたくさんいるし、そこもわたしにとって大切なコミュニティだと思っている。
こんばんは、久しぶりに同期3人と集まって飲み会をした。彼・彼女らは手話が使えない。もちろん音声オンリーの飲み会だ。今まで何度も会ったことがあるし、わたしがきこえにくいことに対しても理解がある。ちゃんと半個室のお店を予約してくれた。
まぁ、大丈夫だろう。 そう思って今日も出かけた。
もやもやもや。。。
しゃべっているのはわかる。でも、わかんない。
なんでみんな楽しそうに笑ってるんだろう。。。
あ、みんな笑っているしわたしもとりあえず笑っておこうかな。。。
。。。
にこにこ。
3人での話題が展開すると途端についていけなくなる。なんとなく口が読み取れたところから、話の内容を想像していく。
「なになに?」
と尋ねることもできるけれど、みんなの盛り上がりが中断してしまう。楽しそうなみんなを見ることも大好きなのでそれもまた難しい。
3人もわたしがぼーっとしていると、所々で声をかけてくれる。
「sanmariちゃんはどう思う?」
「△△ちゃんは〇〇なんだって。」
と。会話から故意に置いてけぼりにされているわけではない。ちゃんと、きき返すタイミングを用意してくれる。それでもちょっと寂しさがつきまとう。
みんなのことが大好き。
次にみんなと会える日が楽しみ。
心からそう思っている。
だけど、わからないからにこにこしているだけの時間が増えていくことに対して、ちょっともやもやが残る。
だからと言って「きこえるようになりたい」と思うわけでもなく、ただもやもやっとするのです。不思議だなぁ。以前のわたしはこういうときに「きこえるようになりたい」と願ったはずなのに。「きこえないこと」がどんどん普通になっている。
そんな金曜日の夜。
ふー。おやすみなさい。
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