広瀬和生の「この落語を観た!」vol.93

11月10日(木)
「特選落語会“白鳥・白酒二人会”」@北とぴあつつじホール


広瀬和生「この落語を観た!」
11月10日(木)の演目はこちら。

三遊亭白鳥・桃月庵白酒(トーク)
三遊亭白鳥『マキシム・ド・呑兵衛』
桃月庵白酒『首ったけ』
~仲入り~
桃月庵白酒『代書屋』
三遊亭白鳥『お直し猫ちゃん』

白酒の『首ったけ』は「うるさくて眠れない」と怒る辰に対する妓夫の態度が最初から小馬鹿にした感じで、「帰る」と言い張る辰が面倒臭くなった紅梅を妓夫がなだめるどころか聞こえよがしに嫌味を言って喧嘩を煽るのが実に可笑しい。志ん生の廓噺の中でも珍しい噺に分類できる『首ったけ』を、現代の観客が共感できるように作り変えているのが白酒の素晴らしいところ。これで『首ったけ』という演目が生き残った、とさえ言える。もちろん古典の演目はただ残せばいいというものではなく、「面白いから聴きたい」と思わせなくてはいけないわけで、『臆病源兵衛』にしても『安兵衛狐』にしても白酒の場合“お家芸の継承”に終わらず独自の可笑しさに満ちているし、『茗荷宿』をあんなに面白く聴かせるのも白酒ならでは。二席目に演じた『代書屋』にしても、柳家権太楼とはまったく別のアプローチで白酒独自の逸品に仕上げている。生年月日と姓名を聞き出すだけで疲れ果てる代書屋のウンザリした表情が堪らなく可笑しい。この日の口演では。「職歴は……ないよね」と切り捨て、学歴も途中でどうでもよくなって「お前さんどういう人なんだよ」「人となり? 履歴書をごらんなさい」でサゲ。職歴の件をやらない『代書屋』は白酒だけ。最高だ。

白鳥が今年「白鳥の巣」でネタおろしした『お直し猫ちゃん』、この日が再演で、初演よりもだいぶ刈り込んで整理したのだという。雑司ケ谷の長屋で独り暮らしをしている年老いた落語家が主人公で、楽屋で小言ばかりで嫌がられているヨシゾーというこの頑固爺さんが、行き倒れでペットショップに引き取られた愛想のない黒猫が何故か気になって通うようになるのが発端。売れ残ったこの黒猫が保健所に引き取られることになると聞いて、ヨシゾーが自分で引き取ることにする……というのがこの日の口演だったのだが、その後白鳥はこの発端をばっさりとカット。雑司ケ谷の墓地で出会った黒猫がそのままヨシゾーの長屋について来て棲みついてしまう、という展開に変えている。ペットショップの件は吉原の“ひやかし”みたいで面白かったのだが。

この黒猫、実は文化・文政の頃から三百年も山奥に隠れて生きてきた牝の猫又が久々に人里に出てきて真の姿を隠して生きていたもの。人間の言葉を話す。爺さんはこの猫又に“ニャオミ”と名付けて飼うことにし、しばらくは“喧嘩しながら仲がいい”暮らしが続いたが、2020年のコロナ禍で仕事がなくなり、金のない爺さんは自分が食べずに無理して自分にご飯をくれていたことを知ったニャオミは、「この長屋で猫カフェをやろう」と提案。人の言葉を喋れるニャオミが普通の黒猫の姿になり、ネコリンガル(猫の鳴き声を人の言葉に変える翻訳機)を付けた振りをして客の相手をすることに。料金は10分で1000円、稼ぐためにどんどん延長(お直し)させようとニャオミは張り切るが、ヨシゾーはジョニーという猫マニアの客に媚びまくった挙句「身請けしてもらう」約束をして帰したニャオミを見て嫉妬する。まさに『お直し』と同じだが、古典落語の『お直し』では夫婦喧嘩をして仲直りをしたところでさっきの客が戻ってきて「直してもらいなよ」でサゲ。白鳥作の『お直し猫ちゃん』では、もうひとヒネリあって、ジョニーが帰った後に大ゲンカとなった挙句、「この化け猫!」と、最も言ってはいけない言葉を口にしてヨシゾーはニャオミを追い出す。翌朝、激しく後悔するヨシゾー。すると、そこに……。

老人と猫との愛情を描いた『お直し猫ちゃん』。この日のラストは古典の『お直し』に寄せた展開だったが、このサゲに納得がいかなかった白鳥はこのラストを大きく変えてサゲも独自に考案し、感動の人情噺に磨き上げた。この日の口演は、まさに“過渡期”。これを観たからこそ、その後の進化を実感できるのだ、とも言える。その“進化した『お直し猫ちゃん』”を僕は12月8日の「代官山落語夜咄」で目撃することになるのだった。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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