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広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.172

5月21日(火)

「三遊亭白鳥独演会〝白鳥ノ音噺〟初日」@としま区民センター


<演目はこちら>

 ・三遊亭白鳥『3年B組はん爺先生!』
     ~仲入り~
 ・三遊亭白鳥『雪国たちきり』

「白鳥の巣」スタッフが企画した〝白鳥作品と音楽のコラボ〟がコンセプトの2日連続独演会。初日は津軽三味線奏者の駒田早代がネタ出しの『雪国たちきり』に参加。出囃子は二席とも担当した。

一席目は2週間前の「両極端の会」で発表したばかりの〝学園もの〟がテーマの『3年B組はん爺先生!』。今回は伝落学園の理事長室に乗り込んだパパラギが警察に連れて行かれる場面でピアノ演奏による〝世情〟が流れるという趣向も。

二席目の『雪国たちきり』は古典落語『たちきり』をベースに白鳥が創作した人情噺で、舞台は雪深い越後の高田。呉服町の黒川屋という呉服問屋の若旦那が花街の芸者に会うために金蔵から大金を持ち出し、親戚一同が集まって「乞食にする」と相談がまとまりかけたが、番頭の進言で百日間の蔵住まいをすることに。若旦那が入れ込んだ芸者の小糸とは、美人で三味線も巧いが無愛想だからと人気がない十八歳の娘。そんな小糸が唯一、心を許せたのがたまたま宴席で隣り合った若旦那で、2人は熱烈に愛し合う。他の客が小糸の相手をするのが耐えられない若旦那は毎日通い詰め、店の金に手を付けることになったのだった。

若旦那が蔵住まいをするようになってから桔梗屋(小糸の芸者置屋)から毎日何通も手紙が届き、番頭は「100日手紙が続いたら仲を取り持ってやろう」と思い始めるが、80日でピタッと止まってしまった。100日経って若旦那が蔵を出ると、高田に春が訪れていた。若旦那が番頭に「蔵に入って2ヵ月くらいの時、枕元にこの黒川屋の初代が現われた。話を聞いて、私は改心した。墓参りに行きたい」と言うと、番頭は小糸からの手紙を渡さなかったことを打ち明け、それを恨みに思った小糸が自分を呪う悪夢を見ると言って最後の手紙を読ませた。「これを読んでも来てくれなかったら死ぬと書いてある。嘘に決まってるさ、芸者なんて愚かなもんだ」と言って手紙を破った若旦那は、墓参りに行くと嘘をついて一目散に桔梗屋へ。

「無沙汰をして済まなかった、小糸!」と叫ぶ若旦那に、女将は「小糸に会いたいなんて、よくそんなことが言えますね」と冷たく応対し、位牌を見せる。「あなたが殺したんだ!」と責める女将に狼狽する若旦那。「あなたが来なくなった前の日、お芝居を観に行く約束をしていたでしょう? 芸者が昼間、好きな男と外を歩けるなんてどんなに嬉しいか、あなたはわからないんだ!」と言って、小糸がどんな喜んでいたかを伝える女将。「どうしてあの子がそんなにはしゃいでいたかわかりますか!?」「それは、私に惚れていたから…」「ただ惚れただけじゃないんだ! あの子はあんたに会うまで一人ぼっちだったんだ! あの子から聞いたことないのかい!?」「そう言えば、会ったばかりの頃、『私、自分で北前船に乗って、津軽を捨てて出てきたんです』って言ってた…」と思い返す若旦那。10歳で母を亡くした小糸は、父の再婚相手に苛められ続け、父も味方してくれず、思い余って親戚に相談したところ、お前は三味線が弾けるんだから家を出て芸者になったらいいと言われ、北前船に乗って高田に来たのだという。

「津軽って知ってますか? 寒い所なんです。何もないいんだ。冬は空が鉛色でいつも強い風が吹いて、心まで凍ってしまう。みんな貧乏で、笑顔がない。私はいつも一人ぼっちだった。私、津軽が大っ嫌いなんです!」 そう言われた時、若旦那は「一人ぼっちか。私も同じなんだ」と答えたのだった。

「私には3つ離れた出来のいい兄貴がいた。両親も奉公人もみんな、兄貴を持ち上げて私は無視だ。荷物運びや雪下ろしを押し付けて、私は奉公人よりこき使われた。高田では次男坊を“もしかあんちゃん”って言うんだ。もしかして兄貴が死んだら跡取りになれる、そうじゃなきゃ家畜も同然さ。ところが5年前に兄貴が病で亡くなったら、途端に『孝太郎、お前は跡取りなんだから』って掌返しだ。奉公人も、この高田の人間もみんな私がどんな人間かは関係ない、ただの黒川屋の看板だと思ってる。人として見てもらえないのがどんなに辛いか!」 高田を捨てて、黒川屋の看板なんか関係ない所にお前と一緒に行きたいと言い募る若旦那に小糸は「私がいます!」と力強く答えた。「ずっと一緒にいてくれるか?」「はい! 私たちはもう一人ぼっちじゃないんです!」

ずっと孤独だった小糸は若旦那と出会って初めて幸せを手に入れた。なのに若旦那はやって来ない、使いも寄越さない。「芸者のくせに思い上がった女だって嫌われたんだ!」と半狂乱になった小糸は何も食べようとしない。やせ細る小糸は女将に「ごめんなさい」と謝るばかり。せめて手紙をと書き続ける小糸を見て高田芸者はこぞって手紙を書いたが一通の返事も来ない。ついに小糸の心は折れてしまう。「こんなに嫌われるとは思ってなかった…。私、若旦那と出会って幸せだった。もう一人ぼっちじゃないと思った。なのにまた一人…。初めて幸せを知ったせいでこんなに辛いんだったら、ずっと一人のほうがよかった!」 そう女将に言って、小糸は倒れ込んだのだという。寝込んでからも「ごめんなさい」と謝り続ける小糸に女将は「お前が謝ることない! 何も悪いことしてないんだから!」と言ってお粥を差し出すが、小糸は頑として食べようとしない。

「そんなとき、あなたが小糸にあつらえた津軽三味線が届いたんです」と女将に言われて思い出した若旦那。「そうだった…おっかさんから津軽三味線を習ったんだって…」

「おっかさん、津軽三味線の名人だったんです」と小糸は若旦那に言った。「津軽あいや節っていう歌があって、それを聴くと心が震えるんです。私、おっかさんの津軽三味線を聞くと、津軽の風景が見えるんです。私もそんな津軽三味線を弾きたくて」「今、弾いてくれよ」「こんな細い竿じゃ無理ですよ」「わかった、私が太竿のをあつらえよう」 そう言ってこしらえた津軽三味線が届いたのだった。2人の比翼の紋が入った津軽三味線を手に取った小糸は「嫌われてなかった…よかった…」と言って一撥あてて、そのまま息を引き取ったのだという。

愕然とする若旦那。女将に事情を打ち明けて泣き崩れた若旦那は「乞食にされたらお前に相手をしてもらえなくなる…そう思って蔵に入った私が馬鹿だった」が線香をあげ、ふと位牌の脇にある津軽三味線を見て「お前がこれを弾くのが聞きたかった…」と言うと、場内に津軽三味線の音が響き始めた。「小糸、お前に謝らなきゃいけない。黒川屋を捨ててどこかに行きたいって言ったけど、あれは嘘だ。お前に気に入られたくて格好つけただけで、いざ黒川屋から追い出されそうになったら蔵住まいを選び、それでお前が死んじまった。こんな私に比べてお前は偉いよ。たった一人で津軽から高田に来て芸者で身を立てた。こんなことなら乞食になってお前に会って嫌われてもよかったんだ…」

「小糸、憶えているか? 私が雪に足を取られて転んだとき『畜生! こんな雪が多い高田なんて大嫌いだ!』って言ったら『故郷を悪く言っちゃいけませんよ』って…。『お前も津軽が嫌いだって』『昔はそうでしたけど、こうやって離れてみると故郷が懐かしい。津軽って雪が地面から降るんです。春が近くなると地吹雪って言って凄い風が吹いて雪が舞いあがって、泥で汚れた雪が真っ白に化粧するんです。ねえ若旦那、私の汚れた心が雪で化粧したら、お嫁さんにしてくれますか?』って言われて『私はまだ女房なんか持たないよ』と答えた時、お前は寂しそうに笑った。お前はわかったんだろう? 黒川屋の跡取りが芸者を女房にはできないって私が思ったんだって…どうしてあの時すぐに女房にするって言わなかったんだろう…意気地なしなんだよ、私は!」

「小糸、お前はあれから何も言わなかったけど、お前が死んでわかった。お前が側にいてくれればそれでよかったんだ! 一心同体で生きていけば…私はダメな男だよ、お前を私が殺したんだ、この意気地のない男が! だから私は罪を償うよ。黒川屋の看板を捨てて、お前の三味線を持ってどこか遠くへ行って、のたれ死ぬよ。それまで待っててくれ。それがせめてもの罪滅ぼしだ。だから最後にお前の津軽三味線を聴かせてくれ。おっかさんに習った津軽あいや節ってのを聴いてみたいんだ。津軽の風景を見たいんだ! 小糸!」

若旦那の叫びに呼応して津軽あいや節が聞こえ始める。暗い舞台上にうっすらと輪郭が浮かび上がるのは津軽三味線奏者の駒田早代だ。三味線に合わせて朗々と歌い上げる津軽あいや節。それはまさに、小糸が降臨してきたようだった。やがて突然、あいや節が途絶える。「どうした、小糸?」「若旦那、もう弾きませんよ。線香がたちきれました」

最高の高座、最高のコラボだった。噺に没入した白鳥の渾身の演技と“降臨した小糸”の見事な津軽あいや節が共鳴して、大きな感動を与えてくれた。白鳥が持ち込んだ「孤独だった小糸が初めて幸せを知ったからこそ深い絶望を味わった」という設定と、「若旦那が芸者である小糸をどう見ていたのか、小糸にはわかっていたからこそ“嫌われた”と思い込む理由があった」という解釈は秀逸で、従来の『たちきり』とは別次元の悲しみと感動があった。津軽三味線奏者の登場の仕方も絶妙で、観客からはまさに彼女が小糸に見えた。素晴らしいものを見せてもらった。