広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.155
11月30日(木)「俺のコガネモチ」@イイノホール
広瀬和生「この落語を観た!」
11月30日(木)の演目はこちら。
三遊亭東村山『平林』
柳家三三『藁人形』
桃月庵白酒『黄金餅』
~仲入り~
三遊亭白鳥『黄金餅池袋編2023』
ひとつの噺をテーマに古典と新作で競演する「俺の」シリーズ、『黄金餅』編。何故ここに『藁人形』が入っているかというと、「願人坊主の西念」が出てくるからだろう。もっとも、この西念が後に貯め込んだ金を餅で包んで飲んで死ぬ……という設定で演じている例は聞いたことがないし、三三も普通に独立した『藁人形』として演じている。
千住の女郎おくまに金を騙し取られた西念が恨みを晴らそうとする『藁人形』は先代正蔵の演目だが、志ん生もよく演じていた。志ん生は「自分は神田の糠問屋の一人娘で……」と身の上話を西念に聞かせるやり方で、志ん朝もそれを踏襲していた。(志ん朝はおくまの実家を「神田小川町の糠問屋」としている) 正蔵は冒頭の地の語りで神田龍閑町の糠問屋の娘おくまが千住の若松屋に身を売るまでを語るやり方で、先代扇橋もこの系統を受け継いでよく演じていた。三三の『藁人形』は完全に扇橋の型。ただし三三の演じ方は格段にドラマティック。おくまが西念に親切ごかしに近づく序盤から、三三の声音には不穏なものが漂い、その語り口に引き込まれる。こうした巧さは現代の演者の中では突出していると言えるだろう。冷酷な本性が露わになるおくまの描写は実に憎々しく、西念の悔しさに聴き手の心は共鳴し、それゆえに怪談じみてくる終盤の展開が一段とスリリングに感じられる。『鰍沢』のお熊といいこの『藁人形』のおくまといい、三三は性悪女が実に巧い。嫌な噺なのに聴き応えがあるのは三三の話芸があればこそ。三三の卓越した技量が存分に発揮される一席だ。
白酒の『黄金餅』はこの噺の陰惨なシチュエーションを持ち前の軽やかな語り口でドタバタ劇に変えているのが見事。笑いの多い演出なのは期待どおりで、談志の“人間の業”を描く重い『黄金餅』から志ん生のトボケた『黄金餅』へと噺を取り戻した感がある。志ん生の「♪金魚ォ~金魚ォ~」のお経を踏襲せずもっとバカバカしいお経を考えたのも偉い。志ん朝の『黄金餅』の軽やかな味わいに白酒の滑稽志向が絶妙にブレンドされて新しい『黄金餅』が出来た。「白酒はどんな『黄金餅』をやるのだろう」と興味津々でこの会に足を運んだ甲斐があった。やっぱり白酒は凄い。
『黄金餅池袋編』は昔からの白鳥ファンには馴染み深い名作。今回は主人公である売れない二ツ目の名が三遊亭Q助になっていた。基本は『黄金餅』の舞台を現代の池袋に移した改作ではあるが、北朝鮮の工作員やら闇のシンジケートやら白鳥らしい発想のオリジナルな設定を大量に持ち込んで、バカバカしくも壮大なドラマに仕上がっている。幾つもの伏線が収束してハッピーエンドに至るカタルシスは白鳥作品の真骨頂。落語の本質を突く名言が感動を呼ぶ。やっぱり白鳥は稀代のストーリーテラーだ。
次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!
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