広瀬和生の「この落語を観た!」vol.44

8月17日(水)
「人形町噺し問屋“三遊亭兼好独演会”」@日本橋社会教育会館

広瀬和生「この落語を観た!」
8月17日(水)の演目はこちら。

三遊亭兼好(ごあいさつ)
三遊亭けろよん『転失気』
三遊亭兼好『青菜』
~仲入り~
坂田美子(琵琶奏者)
三遊亭兼好『生きている小平次』


兼好の『青菜』では冒頭で「ご精が出ますな」と声を掛けた旦那に植木屋が「これは旦那、何か?」と聞くと「いやいや、手が空いたらこちらへ来ていただきたい」と言い、ひと呼吸あって「手が空きました。何か御用で?」と縁側にやって来る。奥方がやって来ると植木屋は「あ、いつもお世話になってます」と挨拶。植木屋とお屋敷の関係性がリアルに浮かび上がる。去り際の「明日は暑くなる前に顔出しますんで」という植木屋の台詞で、旦那が「暑いのでもう上がっていいよ」というねぎらいで声を掛けたのだとわかる。こうした細かい演出が醸し出す“お屋敷の雰囲気”が実にいい。植木屋が“お屋敷の隠し言葉”に感心するのもよくわかる。

前半の穏やかで上品なお屋敷の演出があるからこそ、後半の長屋での植木屋の暴走っぷりが一段と可笑しい。亭主の褌だけの裸に浴衣を引っかけて暑さにうだる女房を見て「だから近所の子供に支度部屋って呼ばれてる」と呆れる植木屋。「隠し言葉をやればお前の評判が上がる」と言われて「やる!」と即答する女房の楽しさ。大工の熊が何を言おうと無視してお屋敷の旦那の台詞を繰り変えすバカバカしさもケタ違いで、尻上がりに笑いの量が増し、押入れから汗だくで出てきた女房が亭主に言われた「上品な笑顔」を無理やり作っているのがかえって怖いという壮絶な状況でスパッとサゲへ。『青菜』の“オウム返しの妙”を極めた逸品だ。


『生きている小平次』は八代目正蔵や六代目圓生が手掛けた怪談。女房おちかを自分にくれと迫る親友の小平次を太九郎は奥州の朝積沼に沈めたはずだったが、江戸に戻ると一足先に小平次が来ておちかと逃げようとしていた。太九郎は小平次を斬り殺し、おちかと逃亡するが、小平次と思しき旅人が彼らの後を追う。兼好は正蔵の型を継承しながら、“親友同士の心を手玉にとって楽しむ悪女”おちかを魅力的に描き、聞き手を引き込んでいく。冒頭、沼で釣りをしながら話す太九郎と小平次の会話では、兼好が小平次を実直そうな男として描いているため、“人の女房を寝取っている”小平次に聞き手が共感し、“惚れあっている小平次とおちかを引き離した”太九郎が悪役に見えるが、その太九郎がおちかの本性を小平次に告げるあたりから景色が変わってきて、悲劇の色合いが深まる。何度でも生き返って追ってくる小平次は、恐ろしいというより哀れであり、太九郎もまた悲しい宿命を背負ってしまった男。その二人の間で、したたかに生きる女……。兼好の話芸の奥深さを見せた一席だった。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

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