広瀬和生「この落語を観た!」vol.17

7月13日(水)
「第28回 代官山落語夜咄 三遊亭白鳥ひとり会 無観客高座『アニメ勧進帳』 produced by 広瀬和生」@晴れたら空に豆まいて」


7月13日の演目はこちら。

三遊亭白鳥『アニメ勧進帳』

前半が長講一席、後半が僕とのロングトークという構成の「代官山落語夜咄」、コロナ禍となってから三遊亭白鳥による“無観客オンライン有料配信”というスタイルが定着し、白鳥はここで数々の名演を繰り広げた。『アニメ勧進帳』は2008年にネタおろしされた演目で、初演時の“穴”を修正してすぐに再演され、大好評を得た作品。『子羊物語』という演題に変わった後、長らく演じられてこなかったが、2008年の初演・再演を客席で目撃した僕は、どうしてもこの“幻の名作”が観たくて今回リクエストしたところ、白鳥も快諾。初演時の演題に戻して演じてくれることになった。今回の演出はより改良を加えた“令和版”。以下のような物語だ。

羊を飼ってウールを売って生計を立てている北海道旭川の貧乏牧場の息子タカシは、筒全変異で毛が生えず「子ヤギのユキちゃんみたい」と言われている子羊のハナコと言葉が通じる。タカシの母方の叔父ヒロシは居候の身でありながら長年のオタク気質が抜けず、高価な怪獣のソフビ他、懐かしのお宝アイテムをコレクションしている。

タカシの牧場の経営が悪化する中、銀行が融資してくれるはずの200万を貸し渋って破産寸前に。そんなとき、東京の有名な肉屋がハナコのことを聞きつけて来訪、ハナコを見て「これはゴールデンシープといって、毛に養分が行かない代わりに肉に養分が行っているので、普通のラム肉と異なり、霜降りの美味しい肉が取れる、何百万頭に一匹という突然変異です」と言い、200万円で買い取りたいと申し出た。両親はハナコを売りとばそうと決意、タカシには近頃出没している家畜泥棒に盗まれたと言うことにしようと決めた。そんな両親の夜中の会話を耳にしたタカシは慌ててハナコをランドセルに入れて背負い、旭川の動物園に匿ってもらおうと家を抜け出る。

だが夜明けも近くなった頃、警官がタカシを見咎める。タカシはハナコを『アルプスの少女ハイジ』の子ヤギのユキちゃんのぬいぐるみだと偽り、貧しくて給食費が払えないので、ぬいぐるみを旭川のフリーマーケットで“お宝”として売るのだということにした。警官は「おお、ユキちゃんか、可愛いな。こっちによこせ」と言う。ハナコは何をされても動かず、必死にぬいぐるみのふりをして騙しとおす。

すると警官はタカシのランドセルのワラ半紙を見て「それは何だ?」と尋ねる。算数で0点の答案用紙なのに、タカシはつい「給食の献立表」と言ってしまった。「本当なら読み上げてみろ。さもなくば、先ほどの言い分も信用できなくなる」と迫る。窮地に陥ったタカシ。だがそこで思い出したのはヒロシ叔父さんから聞いた歌舞伎の勧進帳のこと。幸い、タカシは叔父さんの昔の献立表に興味を持って読んだばかりだった。「そこにないものを読む」弁慶のように、タカシは“肝心な献立表”を読み上げた。

警官は懐かしメニューに喜んでタカシを解放するが、気が緩んだハナコが「メエ」と鳴いてしまう。「待て! 本当にぬいぐるみか!?」「本当です! ほら、このとおり!」とタカシは涙を呑んでハナコを叩き続ける。「何やらわけがありそうだな。行け」と情けを見せる警官。この警官、少年時代に給食費が払えず、級友に給食を恵んでもらったことがあるのだという。その級友とはヒロシのことだった。「ぬいぐるみのはずの子ヤギがお前の頬をペロペロ舐めているのも、涙で見えぬ」

逃げおおせたタカシとハナコ。すると、タカシの様子を怪しんで後を追ってきたヒロシに呼び止められた。わけを話して「見逃してください」と懇願するタカシ。だがヒロシは「大丈夫だよ。俺がお宝のガラモンのソフビを売って200万円作るから。その代わり、ひとつ頼みがある。ハナコって名前はちょっとダサいから、俺に新しく名前を付けさせてくれ。俺の大好きなグラビアアイドルのアグネス・ラムから取って、ラムちゃんはどうだ?」「ラム? だめだよ、また肉屋に売られちまうよ」

このサゲは初演時から変わっていないが、実は初演時に白鳥はハナコを子ヤギとして演じていた。そのため、サゲを聞いた後、僕を含めて皆「ラムは羊だよなあ」と思ったものだった。そして、それを耳にした白鳥は次からハナコ「子ヤギのユキちゃんに見える突然変異の羊」ということにした。ただし、当時の「ラム」とはアグネス・ラムではなく「うる星やつらのラムちゃん」。ところがあるとき、それを演じたのを見た出版関係者が「高橋留美子先生には許可を取ったのですか?」と詰問調で言ってきたため、「ラムはラムでもアグネス・ラム」と変えたという。ちなみに、その「許可を取ったのか」と責められたことが、後に『落語の仮面』で「まず美内すずえ先生の許可を取る」という白鳥の行動に結びついたのだった。

*「代官山落語」での『アニメ勧進帳』アーカイブ配信は7/25(月)まで購入・視聴可能です。
※サイトはこちら※
https://haremame0713.peatix.com


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!
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