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優しかった人

大阪の専門学校に通っていた時代に、小遣い欲しさに始めた派遣のバイトがあった。

近畿の様々な場所に派遣されて、食料品を売るバイトで、その殆どがマイカル系列のデパートだった。

スマホの無かったあの時代だから、先ずは分厚い近畿地方の地図を買い、目的地を確認して、その最寄りの駅を調べて、どうゆうふうに鉄道を乗り継げば良いのか、考えたものである。

一番困ったのは、どれくらいの時間でそこまで行けるのか分からない為、始発で向かう事もしばしばだった。

早く付き過ぎた時なんかは、マクドで朝マックなんかを食べながら時間を潰したものである。

今考えると、とても効率が悪く、何であんな変なバイトをしていたのか分からないけど、若くて馬鹿だったから仕方が無い。

おかげで日本全国、多分何処でも自力で行ける自身だけはついた。

そのバイトで、唯一忘れられない出会いをした事がある。

その時は珍しく、珈琲豆を売るバイトというのがあった。

喜連瓜破(きれうりわり)という場所の、山本珈琲という喫茶店の前で、珈琲豆を売るのだ。

売るのだとゆっても、そこは住宅地で、人の往来どころか目の前に大きなマンションがあるだけなので、子供ながらに「マネキンなんかやっても効果あるのか?」と思っていた。

でも仕事なので、一応「珈琲豆はいかがですか〜」等と声を出したりしていた。

一人だけおじさんが「うるさくてたまらないから来た」と言って、珈琲豆を買ってくれた以外、お客は来なかった気がする。

何日かいったが、朝行くとそこのおじさんが熱い珈琲を飲ましてくれた。

私は珈琲が大好きなので、凄く嬉しかったのを覚えている。

昼休みになると、近所のスーパーでおにぎりか何かを買い、近くの公園で食べた。

おじさんはそれを見ていたのか、「昼はうちの店の中で食べなよ」と言ってくれ、熱いおでんをおばさんが出してくれた事もあった。

私の事を苦学生だと思ったのか、出身地を聞かれて、岡山だといったら、おじさんも津山出身だったので驚いた。

もっと驚いたのは、その喫茶店以外に、おばさんが歌声スナックみたいな店をやっていて、喫茶店が終わると夜はそこをやるから、ちょっと手伝いに来ないか?と言われ、これも何かの縁だと思い、行ってみたことがある。

おばちゃんの作ったポテトサラダやなんかを小鉢に盛り付けて、カウンターに並べて、4〜5人程のおじさんや、おばさんがカラオケで歌うのをただ聞いているだけで、「お〜学生か!!頑張れよ〜」と言って、チップがもらえた。

おばさんにそれを出すと、「あんたがもらったんだからしまっときなさい」と言って、それとは別に給料までくれて驚いたのを覚えている。

そんなお金の貰い方をした事が無かった私は、何だか申し訳無く、「何処か掃除して欲しいとことか、やっといて欲しい事は無いんですか?」と聞いたが、「おそうならんうちに帰りなさい」と言って、おばさんと別れた。

大阪という所は、そうゆう人がたまに居る。

まだ元気にしているのかな?



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