#38 グッドバイからはじめよう/佐野元春
佐野元春のカッコよさは異次元だった。NHK-FM「サウンドストリート」は、毎日欠かさず聞いていたかというと、そうではない。夜の10時台は魅力に溢れていたからだ。民放FM、AMラジオ、そしてテレビジョン。競争相手が多すぎて、ギリギリまで悩む。
タイムシフトもないので、手段はリアタイ一択。DJのラインナップで最も想い出深いのは、月)佐野元春、火)坂本龍一、水)甲斐よしひろ、木)山下達郎、金)渋谷陽一という時期。他局のライバルは、FM東京の「サウンドマーケット」が一番の対抗馬だった。月金の帯番組でサントリーの1社提供。中学時代にはかなりお世話になった番組である。
恥ずかしながら佐野元春を知ったのは「A面で恋をして」だった。大滝詠一、杉真理、佐野元春のナイアガラ・トライアングルVol.2のヒットソングだ。「サムディ」をいつ聞いたのか、記憶がないが、「A面で~」とほぼ同じ時期にラジオでかかっていたような気がする。
最初に購入した彼の作品がLP【VISITORS】なので、以前の3枚はそこからさかのぼって聴いた。【BACK TO THE STREET】も【Heart Beat】も画期的に新しかった。サックスやホーンセクションの多用、旋律よりもビート感を意識した佐野の独特なヴォーカルや英語の使い方はリアルだったし、スポークンワーズやポエトリーリーディング、まさに80’sの幕開けを飾る、これまでになかった日本のロックを提示していた。
82年の【SOMEDAY】は3枚目のアルバムで、タイトル曲が前年にシングルで出て、ラジオでも頻繁にオンエアされていた。後追いで初期の3枚をたどった私は【Heart Beat】が好きだった。
初期の3枚のアレンジといえば、伊藤銀次+佐野元春のストリート感あふれる軽快なロックンロールを想起する。それが元春サウンドのベースとなったことは言うまでもない。しかし、初期3枚におおきな貢献を果たすのは大村雅朗である。銀次さんがかつて回想していた。
「佐野クンは、キーボードを弾いてバラードを歌うようなビリー・ジョエル的側面と、ギターを持ってスプリングスティーンのようにシャウトするロック的側面があった。ロック的側面は僕にアレンジを任され、主にバラード的側面のアレンジを担ったのが大村さんだった」。
デビュー曲「アンジェリーナ」の疾走感は革命だった。まだハートランドが結成される前なので、この演奏は羽田健太郎、矢島賢、高橋ゲタ夫、島村英二、サックスはジェイクH.コンセプション。さすがの見事なグルーヴである。佐野自身も一定の達成感があっただろうし、のちに20thアニバーサリーエディション2枚組に自分の編曲以外で、唯一「アンジェリーナ」を収録している。だがしかし、社会はまだ彼の音楽に追い付いていなかった。
佐野は「アンジェリーナ」以降のアルバムについて、自分の意図とアレンジに乖離があった旨をインタビューで語っている。Rockin‘on JAPAN創刊号の2万字インタビューにて、【Heart Beat】で嫌いな曲は「バルセロナの夜」と「GOOD VIBRATION」とまで言っている。ビリー・ジョエルの「素顔のままで」を彷彿とさせる「バルセロナの夜」、マイケル・マクドナルド・マナーのキーボードとサックスに優しい彼の歌声が絡む「GOOD VIBRATION」、いずれも大村アレンジの曲。ちなみにわたしはこの2曲が大好きだ。
インタビューの中で、当時のメインストリームとしてばんばひろふみや岸田智史の名を挙げており、佐野は同じ事務所ヤングジャパンの所属アーティストとして、彼らの前座ステージを務めることになる。
さらに、前述した彼らのヒット曲「SACHIKO」「きみの朝」はいずれも大村雅朗のアレンジである。佐野にとってはヒット曲=コンサバなムードに違和感を抱いたのも無理はない。彼の新しさを受容する環境がそこにはあったとは言い難い。しかしながら、私は断固言いたい。【SOMEDAY】よりも【Heart Beat】が好きだ。
1983年3月18日、半年に及んだ「ロックンロール・ナイト・ツアー」最終日の中野サンプラザ。アンコールにピアノ弾き語りで、ファンのために新曲「グッドバイからはじめよう」を披露した翌日、佐野はNYに旅立つ。その1週間後、この曲は10枚目のシングルとして発売された。
ビートルズは9枚目までのシングルは軽快なロックンロールで、10枚目に「Yesterday」を出した、僕も10枚目のシングルはバラードを出したかったんだと、佐野は語っている。1年2か月後、帰国した佐野元春は【VISITORS】を携えていた。ストリートの音楽、ヒップホップを日本のアーティストとして初めて血肉化していた。それはまさしく彼がNYで闘って手に入れた未来の音楽へのカギだった。
★番組情報:レコードアワー
放送時間:毎週月曜 8:00~9:00
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