#26 コーリング・ユー/ジェヴェッタ・スティール
1989年、10代のバイト時代。月曜から金曜の午前2時間生ワイドに加えて、日曜日のナイターオフ夜8時から2時間の生放送を担当していた。
土曜日も日曜日も競馬中継のオッズ書きの手伝いをしていたので、休みはなかった。日曜は午後から競馬の手伝いをして、夕方5時ころスタッフが出社してくる。しゃべり手も制作陣も女性だけという、当時としては画期的な取り組みで話題になっていた。そこに、使い走り要員兼卓操作兼ADとして、私だけ男性ひとり、お呼びがかかった。
フリーディレクターのAさんと素材の編集などをしていると、6時を過ぎスタッフがそろってくる。大事な仕事は夕食の弁当注文だ。当時、全員が美膳(びぜん)という弁当屋にハマっており、毎週のように配達を頼んでいた。揚げ物が突出したクオリティで、みんなミックスフライ弁当を頼む。ヒレカツ、イカリング、エビフライ、19歳の少年にはたまらない揚げ物全席。7時ころになるとスタジオへ移動し、到着した弁当をほおばる。この時間がたまらなく好きだった。
この番組の2名のパーソナリティ。ひとりは局アナのIさん。もうひとりのFさんはフリーの映画ライターで、TVなどにもちょくちょく出ていた。ショートカットのチャーミングなひとで毎週彼女の映画レビューも楽しみの一つだった。狸小路にあった彼女のオフィスにも時々遊びに行っては、よもやま話に花を咲かせたのを思い出す。
すすきの稲荷さんの近くにあったJABB70ホールという小さな映画館は、私にとって重要な居場所だった。89年だったか、Fさんが番組で薦めた≪バグダッド・カフェ≫を観に行く。長細いパンフレットは今でも大切に保管してある。
「バクダッド・カフェ」の激烈な砂色、あれは映画の体験だ。砂漠に屹立する1軒のカフェモーテル。黒人女性ブレンダが営んでいる。そこに、大きなトランクを抱えた妙齢のご婦人ジャスミンがあらわれる。両者ともパートナーと喧嘩別れしたところ。ジャスミンのやることがいちいち気に入らず、いつもいらだっているブレンダ。ジャスミンはトランクに入っていた手品セットで、カフェ客の評判となっていく。二人の間にいつしか友情が芽生える。冒頭とエンドロールで流れる主題歌が「コーリング・ユー」である。
“あなたを呼ぶわたしの声が聞こえる?”ジャスミンとブレンダは会うべくして出会ったのだ。ソウルメイトとなり、やっと分かり合えたところで、ジャスミンのビザが切れて国外退去を命じられる。ジャスミン不在のカフェ。カフェの近くのトレーラーハウスに暮らす老画家のルディは、ジャスミンをモデルに肖像画を描き続けていた。
ジャスミンが戻ってきた時、ぼんやりとくすんでいた空が、真っ青な空になっている。ルディはジャスミンに求婚する。アメリカ人と結婚すればここにずっといられるのだ。「ブレンダに相談するわ」。ジャスミンのこの台詞で映画は唐突にエンドロールに変わる。異邦からやってきた第三者が既存のコミュニティを再生させたり、人々を癒したり、逆に日常を狂わせて崩壊させたりする映画はたくさんある。「バベットの晩餐会」「野のユリ」「ショコラ」「テオレマ」「家族ゲーム」「ショーシャンクの空に」。人はだれも、閉塞感のある現状から脱却したいと願っているのかもしれない。
★番組情報:レコードアワー
放送時間:毎週月曜 8:00~9:00
再放送情報は三角山放送局HPのタイムテーブルをご確認ください