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「夢幻回航」28 酎ハイ呑兵衛

「すげーな」
世機が感嘆の声を漏らした。彼が術師の術に感心することはあまりなかったが、それだけクロードの術場見事だったのだ。音も無く消えて見せたのだから、本当に素晴らしかったのだ。普通なら、これから消えるな、という感覚があるものだからだ。
沙都子も頷いて、「味方になってくれるかな?」と、少し不安そうに言った。

クロードのような実力者が味方についてくれれば、こんなに心強いことはない。
これからどんなことになってゆくのか、わからない事だらけだったから、本当に切実にそう思ったのだ。
世機は、
「大丈夫さ」と、根拠もなかったが答えた。クロードは自分と同じ匂いがする。
スタイルは違っているが、根っこのところで性格は似ている。世機はクロードのことをそのように感じていた。
沙都子もそう思ったから、味方になってくれれば、と言ったのだが、本当に味方が欲しいのは真実の、心の声だった。
これまでのない、と言うかいつもの仕事とは違った大きな敵であることもわかっていたので、少しでも味方が欲しいと言うのは本当だった。
連盟はなんだかあてにならないこともある。組織の上層部とつながりが有るわけでも無いから、全面協力は得られないかも知れない。事件だどういった方向に行くのかわからないが、組織が動くとなればもっと大がかりな事件に発展してからだろうから、そうならないことを祈るとともに、そうならないうちに解決しなければならない。

沙都子はなんだか言い知れない不安と、これから起こる事件にふるえるかのように世機に身を寄せてきた。
世機はそっと沙都子を抱き寄せると、肩に手を回し、思いついたように沙都子に呟いた。
「物干し竿、いるかもな」
物干し竿とは、宮本武蔵と名勝負を演じた巌流島で打ち負かされた伝説の剣豪である佐々木小次郎の得物。長剣「物干し竿」のことである。
ある事件で偶然手に入れた魔剣だが、師匠の知人だった人が住職を務める寺見厳重に保管されている。魔剣の力を使わなければならない事態になるかも知れない。世機はそう感じていた。
沙都子もゆっくりと頷き、それに同意した。
世機の霊感も沙都子の霊感もそれを感じていた。
珍しい事だ。魔剣物干し竿を手に入れてから、一度もそういった事態に接したことがなかったから、今回は本当に大変な事件なのかも知れない。2人の感はそう伝えているのだ。

世機はもう20年もタバコをやめていたが、なんだかタバコを欲しいと思った。

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