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沼への入り口はすでに用意されている

 障子に穴が開いていたら覗いてみたいと思うのが人間というもの。ドアがあれば開けてみるし、沼があったら中を覗き込んでみる。

 私はそうやって、これまでも色々なドアを開けては閉め、扉の向こうにある沼にずぶずぶとハマってきた。自ら深くまで潜ってしばらくその沼の中で過ごすこともあれば、思ったよりも浅いところで引き返すこともあった。


🪄


 高校生の頃、初めて『ハリーポッター』と出会った。学校の図書室で手にした分厚い物語に、頭からどっぷり飲み込まれた。下校時にちょうどいい木の枝を拾っては魔法の呪文を唱えていたのは私だけではあるまい。黒っぽいノートを購入して呪文リストを作って毎日練習していた。もしも私があと5歳若かったら、額に稲妻の絵を描いて「くっ……傷が痛む」と友人の前で傷跡をチラ見せしていたかもしれない。

 その後、映画化された際には何度も映画館に足を運んだ。小説から飛び出した魔法の世界が目の前で弾けた。ハリーと同じようにフクロウを飼いたかったけれどそれはさすがに諦めた。今でもシロフクロウを動物園で見ると「ヘドウィグ!」と心の中で語り掛けるのは私だけではあるまい。

 DVDが発売されれば自宅で繰り返し見て、映画には描かれていない部分を小説で補いながらハリーと共に成長していった。

 当時は動画のストリーミングサービスがなく、好きなコンテンツを見るにはDVDを買うか借りるか、金曜ロードショーを録画するくらいしか方法がなかった。


 魔法の世界にどっぷりつかっていた数年間が過ぎ、気がつけば、私の目の前にはまたいくつかのドアが並んでいた。魔法沼にいた時には見えなかったドアだった。


🚪🚪🚪

 開いてみると、それぞれの扉の向こうにはこれまで知らなかった沼が点在していた。ピンクの沼、緑の沼、狭いのに深い沼、向こう岸まで見えない巨大な沼……。

 気がつけば私は、海賊沼に落ちていた。ジョニーデップ演じるジャック・スパロウが魔法の杖を放り投げてかわりにいかりを握らせてくる。その真っ黒な瞳に吸い込まれ、海賊船に乗り込んだ。

 私の生活は『パイレーツ・オブ・カリビアン』一色になった。海賊風に模様替えした部屋に帰ってくると、部屋の中央で船長がこちらを見てにやりと微笑む。オウムを飼いたかったけれどそれはさすがに諦めた。

 映画のDVD発売日と同時に書店に予約した商品を受け取りに行く。この頃もやっぱりまだ、DVDか金曜ロードショーくらいしかその世界に入れるコンテンツはなかった。(私が知らなかっただけかもしれないが)

 数年間、海賊船の沼で過ごして、気がつくとまたドアがたくさん並んだ部屋に戻っていた。


🏴‍☠️

 そんなことを何回か繰り返しているうちに、世の中には動画コンテンツサービスという新しい世界が広がっていった。


安室奈美恵沼にハマった時も。
中村倫也沼にハマった時も。
高橋一生沼にハマった時も。


 扉を開けて沼の浅瀬で中を覗き込むと、そこには必ず先住民がいて、その沼の魅力を新参者にも優しく(激アツに)語り聞かせてくれる。そっと手をひいて奥底にいざなっては、過去作として数々の動画配信サービスや動画コンテンツをこれでもかと教えてくれた。

TVerと聞けばTVerへ。
Youtubeと聞けばYoutubeへ。
wowowと聞けばwowowへ。
スカパー!なら大体見れると聞けばスカパー!へ。

 沼の中で宝探しでもするかのように、いくつもの扉を開いていく。そのたびに知らなかった推しの一面や、新しい推しの姿が次々と映し出される。 ”沼”と表現するには似つかわしくない執事が白い手袋で私を誘う。「次におすすめなのはこちらの動画です。お好きですよね?」


「こんなはずじゃなかったのに──!」
 ちょっと気になって扉を開いてみたら、そこに広がる沼には宝箱のようにコンテンツが埋まっていて私たちを離さない。これ以上ハマらせないで……!と時には願うほど、息が苦しくなるくらいの幸せが続いていく。好きが加速して止まらない。追いたいコンテンツが溢れんばかりに沼の中をパンパンに満たしている。

 海を越えて海外の情報だとしてもすぐそこに扉がある。

魔法の杖を構えていた頃の自分が今の私を見たら興奮して叫ぶだろう。
「マジで!?それこそ魔法じゃん!最高!推しで放題!タラントアレグラ!」


 推しへの扉も、そしてその奥にも。
 すでに入り口は用意されている。



「あなたの推しはこちらですよ。どの扉を開きますか?」執事動画サービスは言う。

──扉はあなたが望めば自由に開く。
呪文がなくてもね。




#ハマった沼を語らせて
*タラントアレグラ=踊れ (呪文)


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本田すのう │   全力疾走
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