
旅立ちの身支度について(エンバーミングのはなし)
こんにちは、燦ホールディングスnote編集部の祖父江です。
2000年頃を境に、ご葬儀の形式の主流が
「一般葬(数多くの人たちで、盛大に)」から、
「家族葬(身近な人たちで、温かく)」へと、
徐々に移り変わってきました。
習俗的な側面においても、これまでの
「経帷子を着せ、頭陀袋に六文銭を持たせて」
という、伝統的な旅立ちの身支度から
「お気に入りの服を着せ、お化粧を行い、好物だった食べ物を棺に納めて」
といったスタイルを選ばれる方も多くなっています。
今回は「故人の旅立ちの身支度」について、さまざまな側面から掘り下げてみたいと思います。
故人のお姿を整え、安らかなお別れを提供することが、私ども葬儀社の使命です。
私ども葬儀社の仕事として「通夜・葬儀の手配および進行」や「故人の搬送」が注目されがちですが、目立ちにくいながらも非常に重要な使命が、
「最後のお別れの時まで、故人のお身体の変化(腐敗)を遅らせること」
です。特に一部の地域においては、需給バランスの崩れによる「火葬待ち」がしばしば発生し、場合によっては亡くなってから10日以上待たされることもございます。
さらに夏場は気温が上がることや、逆に冬場は室内の温度を上げることによる影響から、お身体の変化もより早く進行するため、私どもも一層気を遣います。
このような場合においても「最後のお別れのときまで、お身体の状態を保ち続けられる」よう、私ども葬儀社では最善の努力を行っています。
「専用の施設で安置する」のがベターな選択肢ではあるものの…
お身体の変化を遅らせるためには、葬儀社や火葬場に備え付けの「霊安室(冷蔵室)」に、通夜・葬儀の直前まで継続してご安置することが、選択肢の一つとなります。
しかし、ご遺族の一部からは、
「霊安室にずっと閉じ込められているなんて、かわいそう」
「通夜や葬儀の当日まで、自由に面会ができない」
「最後はどうしても、帰りたがっていた自宅で過ごさせてあげたい」
…というご意見を伺うこともしばしば。このような場合には、ご遺族のお気持ちを優先し、常温の環境下で保全することとなります。
常温にて保全する場合、お身体にドライアイスを補充しながら当て続ける処置を通常行うのですが、常時冷えた霊安室(冷蔵室)ほどの腐敗抑止効果は期待できません。
「エンバーミング」という技術について
お身体を長期間保全するために「冷やすこと」とは全く別のアプローチとして、「エンバーミング」という科学的処置があります。
古くはエジプト文明のミイラもエンバーミングの一種と言われていますが、近代的なエンバーミング発展のきっかけは19世紀中頃まで遡り、アメリカ南北戦争の際に「戦死した兵士を、なるべく状態を保全したまま、遺族のもとへ届ける」ために行われたことが始まりと言われています。
エンバーミングを施すことで、お身体の長期間の保全が可能となり、適宜処置を繰り返すことで、技術的には年単位での保全も可能となっています。ちなみに、旧ソ連の指導者であったレーニン(1870~1924)や、中国共産党の首席であった毛沢東(1893~1976)は、エンバーミングによって保全され、現在も拝礼することが可能らしいです。
※ なお日本国内では、海外へ移送する場合を除き、死亡後50日を超える保全は行わないよう、一般社団法人日本遺体衛生保全協会(IFSA)にて自主基準が定められています。
具体的なエンバーミングの処置は、おおよそ次のような流れとなります。
体の表面の消毒
整顔や髭剃りなど
血液や体液の排出、および保全液の注入
保全液の注入箇所の縫合、お身体の洗浄
お化粧やお着替えなど
エンバーミングでは、こんなことも可能にします。
ここまでは「お身体の変化(腐敗)を遅らせる」という観点から、エンバーミングの説明を行いましたが、エンバーミングでは、生前の元気だった頃のお姿に近づける処置も同時に行われます。
①お化粧を施したり、お気に入りのお洋服を着せることができます。
いわゆる「納棺師」が行うような一連の行為を、エンバーミングでは処置の範囲内で行われます。また、元気だった頃のお写真や、故人がお使いになられていた化粧品をお預かりし、ご希望のお姿へできるだけ近づけます。
②病気で瘦せてしまったお顔をふっくらとさせ、元気だった在りし日の姿に近づけます。
エンバーミングを施したお肌は、赤みがさした自然な肌色になります。また、必要に応じて、美容整形で行われる"ヒアルロン酸注入"に似た処置を行うことで、元気だった頃のふくよかな面影に近づけます。
③外傷の修復を試みます。
不幸にも事故死をされた方などについては、外傷をなるべく元通りにするような処置を行います。
エンバーミングのデメリットは?
このように、メリットの多いエンバーミングですが、デメリットを挙げるとすると、主に以下の2つとなります。
(※私どもがご提案差し上げた際にお断りされる理由も、この2つが大半です)
①費用がかかる
エンバーミングにかかる費用として、処置を行う施設への往復、およびその施術代として、20万円前後の費用がかかります。決して少なくない負担のため躊躇されるご遺族もおられますが、以下のような場合においては、とても有効な選択肢となります。
安置期間が長期になる場合
ドライアイスや安置施設の利用料は、日数に比例して加算されます。火葬待ちの他にも、例えば「遠方からご遺族が到着するまで、葬儀の日程を延ばしたい」など、長く時間を確保しなければならない場合には、結果としてリーズナブルな選択となります。
納棺師のご依頼を検討している場合
「整顔やお化粧・お着替え」に加え「防腐や殺菌・消毒」といった付加価値を提供。故人のお身体を冷やすことなく、お別れの日までをお過ごしいただけます。
②故人に、これ以上の処置をしてほしくない
エンバーミングの処置には、保全液を注入するために小切開を施すこととなります。特に、手術を伴う病を患っていた方については「亡くなってからも、まだメスを入れられるのか」という心理的な抵抗から、エンバーミングを拒まれるご遺族もいらっしゃいます。
湯灌との違いは?
古来より伝わる「湯灌」とは、棺に納める前に、ぬるま湯でお身体を清めたのちに、身支度を整える行為のことを指します。
「故人のお身体をきれいにする」という点については、エンバーミングと共通していますが、どちらかというと儀式的な要素が強く、変化(腐敗)を遅らせるためには、ドライアイスによる処置等に頼ることとなります。
さいごに
今回は「旅立ちの身支度」という観点から、エンバーミングのお話をさせていただきました。
日本国内における、2023年のエンバーミング処置数は75,890件(IFSA調べ)であり、同年の国内死亡者数(157万5936人)と比較すると、まだ4.8%と少ない割合ではありますが、近年では認知度の向上とともに、需要が供給を上回る勢いで増えています。
公益社では、エンバーミングの技術を高水準で提供できる体制を、自社で整え管理しています。また、一般社団法人日本遺体衛生保全協会(IFSA)の会員でもあり実績も多数。実際にご相談いただいた方の約半数から、エンバーミングのご依頼をいただいております。
この記事をきっかけに、より良いお別れを望まれる際の選択肢として「このような手段もあるのだな」と、ぜひ頭の隅に留めていただければ幸いです。