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法律の実務家ほど対話を重視していることを改めて感じた話(JES通信【vol.187】2024.10.11. Mr.榎本の徒然ダイアリーより)
今回は当社社長、榎本正己が半年に1回JES通信に執筆しておりますコラムを転載します。
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Mr.榎本の徒然ダイアリー──法律の実務家ほど対話を重視していることを改めて感じた話
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皆さまこんにちは。
ジャパンEAPシステムズの榎本です。
4月と10月は、私が徒然なるコラムを執筆しております。
先日、東京の蒲田で開催された日本産業保健法学会第4回学術大会に参加してきました。
蒲田は羽根つき餃子と「かまたえん」が有名だそうです。「かまたえん」は、蒲田駅直結のビルの屋上にあり、レトロ可愛い(が故の怖さがある)観覧車からは富士山らしきものも見えます。はい、でも話はそっちじゃありません。
ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、この学会は、
・産業保健を、法的側面からも推進すること
・産業保健にかかる法的問題をリファーできる専門家を増やすこと
・産業保健実務者に法を踏まえた問題解決能力を高めて頂くこと、高めるための手法を探究すること
・法を予防的に活用する流れを作ること
などを目的として、弁護士・法学者を中心に、産業医、社会保険労務士、保健師・看護師、カウンセラー、人事担当者なども参加し設立されました(同学会ホームぺージ)。
当面の検討課題として、以下10項目が掲げられています。
1)様々なステークホルダーによる連携的な産業保健を促す法制度の在り方
2)多様で濃密な働き方の行き先、生じ得る健康問題と法的規制の在り方
3)兼業者や雇用類似の契約者の増加等に対応する安全衛生の確保策
4)これからの化学物質管理と法
5)診断学や病理学等の進化を念頭に置いた、脳・心臓疾患及び精神障害の労災認定や治癒の判定基準
6)脳心臓疾患や精神疾患以外の健康障害への労災補償の射程
7)健康情報の適正な取扱いの在り方
8)適正な休職・復職判定の在り方
9)パーソナリティや発達の問題が窺われる従業員への適正な対応の在り方(合理的配慮のありようを含む)
10)ハラスメントへの実効的対応策
大会では、休職命令や復職判定、合理的配慮、ハラスメント、副業兼業など多様なテーマが取り上げられていました。中でも「模擬裁判」はとても勉強になる取り組みです。最近は他の学会でも行われていますが、実際の裁判例を基にした事例を取り上げ、原告側と被告側に分かれて定められた時間内でそれぞれの主張を展開し、聴衆はどちらの意見を支持するかを拍手で表明するというのが大まかな流れです。
原告側は「ここに注目して、こう考えたから、こう思う」、被告側は「これに基づき、こう考えるので、こう思う」と、それぞれが事実と根拠に基づき、信念を交えて主張します。ルールを守って主張しあうことで、情報は増えて複雑にはなりつつも、状況の理解は進みます。裁判ですので勝訴を目指して論を重ね、ふんわりでも勝敗をつけるところまでいくわけですが、正直どちらにも頷けてしまい優劣を決めかねることが殆どです。
懇親会などでそんな感想を弁護士の先生と話していると、「民事では判決で勝敗をつけるより和解への落としどころを常に探る」「どちらの主張にも頷ける部分があるからこそ、要求を100%通すことに固執するのではなく、互いの事情を汲みつつ双方が納得できるゾーンに落としていく。そういう対話の精神がないとうまくいかないし、法はそのためのガイドや環境だと思う」と教えてくださいます。ドラマなどでは、裁判や弁護士といえば法律を駆使して「戦う」イメージですが、実際には「対話」を重視し相手を理解しようとする姿勢がカウンセラー顔負けの弁護士の先生も多くいらっしゃいます。
ただ、生兵法とはよく言ったもので、ちょっと聞きかじった時ほど、「法令指針にこうあるのだから従え」と、自らの要望をただただ強く主張し、時に相手を非難する武器にしてしまうリスクもあるように思います。ここに「こだわりの強さ」「視野の狭さ」「共感力の弱さ」といった認知・思考の特性が加わると事態はさらに悪化してしまいます。そして相談者の中にそういう方は一定数いらっしゃるわけです。
本来、個人と組織が「対話」を通してよりよい職場・働き方を目指すための枠組みであるはずの安全配慮や合理的配慮が、職場内でさながらルールの無い泥沼の法廷闘争のような状況を作り出してしまうのはとてももったいないことだと思います。
「個人が権利を主張するのに法律の裏付けは大切」それはその通り。「個人と職場では発言力が違う。結局個人が我慢するのか」それも望むところではありません。さりとて、例えば安全配慮や合理的配慮の検討に際して、職場が全て無条件で受け入れることを前提とするのも健全なコミュニケーションとは言えません。法には弱者を守る盾の側面も確かにあると思いますが、ここのバランスは本当に難しいとは思います。
さらに言えば、答えが出ない状況に相談者と共に立ち続けることが多く、ネガティブ・ケイパビリティ(曖昧な状況に耐える力)が求められるカウンセラーという職種には、法律や権威のようなわかりやすい強制力が魅力的に映ることもあります。だからこそ、個人と組織の共存共栄を目指し、両者のコミュニケーションを促進すると謳うJESは、法律という「力」との距離感、使い方、使われ方には自覚的でなければなりません。
産保法学会のホームページには以下のような記載もあります。
・ただ「法」に使われていては、現場問題の解決は果たされません。
・労使の健康に関わる試行錯誤と対話に基づく自己決定の支援を重視します。
カウンセラーとして、EAPに従事するものとして、法律は対話のための補助であり安全装置だという意識を持っておきたいと、改めて感じた学会参加でした。
■日本産業保健法学会第4回学術大会
10/31までオンデマンド配信中(申込みは10/28まで)