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厚生労働省の飲酒ガイドライン案を受けて(JES通信【vol.174】2023.12.11.ドクター米沢のミニコラムより)

 先月のコラム(JES通信vol.173)ではアルコール関連問題啓発週間に合わせ、職場のアルコール問題を取り上げました。今回は、厚生労働省が示した国内初の飲酒ガイドライン案(資料1)から、適切な飲酒や減酒の目標などを考えます。


▼国内初の飲酒ガイドライン案

 ガイドラインでは、酒量はより少ない量が望ましいとしたうえで、1日当たりの純アルコール量が男性40g以上、女性20g以上になると生活習慣病のリスクが高まると示しました。また、男女とも1回の飲酒で純アルコール量60g以上を摂取すると、急性アルコール中毒などが起きる可能性があり避けるべきとしています。
 
 私は20年以上、アルコール専門外来を持つクリニックの責任者を務めましたが、ガイドラインを読み、アルコールの害が非常に多岐に渡ることを改めて感じると共に、年齢、性別、体質など個人差の大きさから一律の基準を示す難しさも感じました。委員の方々の苦労が偲ばれるのですが、情報が多く散漫な印象もあり、アルコール対策の難しさを象徴する一側面のように感じました。

▼日々の飲酒量を確認しましょう

 純アルコール量は、以下で計算できます。0.8はアルコールの比重です。
  酒類の量(ml)×アルコール度数(%)÷100×0.8
 
 また、純アルコール量20gは以下に相当します。

表 20g相当の酒量(%はアルコール度数)
・ビール5%:500ml(ロング缶1本、中ジョッキ1杯)
・日本酒15%:180ml(1合)
・チューハイ7%:350ml(缶1本)
・ワイン12%:240ml(グラス2杯)
・ウイスキー40%:60ml(ダブル1杯)
これらを参考に日頃の飲酒量を計算してみてください。

▼40g、20gが意味するもの

 40g、20gという数字は、専門家には以前から知られていましたが、国のガイドラインで健康に配慮すべき飲酒量として示されるのは画期的です。
 
 しかし、この案を受け、アルコール問題の対策などに取り組むNPO法人ASKは、9月22日と11月22日に緊急要望書を出しました(資料2資料3)。要望書では、健康日本21で「節度ある適度な飲酒」が約20g(女性はそれ以下)、第二次健康日本21では「生活習慣病のリスクを高める飲酒量」が男性 40g 以上、女性 20g 以上と記されていることから、20gを「低リスク飲酒」、40gを「リスク飲酒」と明示すべきとしています。ASKの今成代表は、「40gは記載せず、リスクの低い量として20g、できればそれより少ない量にしましょうとシンプルに呼びかける方が良かった」と話しています(資料4)が、これは多くの国で低リスク飲酒の目安が30g以下であることを踏まえた発言です(資料2)。
 
 一方、東京・新橋の焼き鳥店で取材を受けた会社員は、「これでは少ない。個人差がある」、「全く気にしない。飲み慣れている年配者は何も変わらない」などと言います(資料5)。ある飲食店の店主は、「1人3杯(60g)くらいが平均的な飲み方。ビール1杯では店が潰れてしまう」と表情を曇らせたとのこと(資料4)。このギャップはどう考えればよいのでしょうか。

▼大前提は、飲酒量が少なければ少ないほど安全

 WHOは「安全な飲酒量はない」とし、飲酒量は少ないほどよいと繰り返し訴えています(資料6)。私は、国の長期的な政策として「低リスク飲酒」を推奨し、飲酒量は少ないほど安全であることを学校教育の段階から徹底すべきと考えます。
 
 タバコについては、ニュージーランドに続いてイギリスも2009年以降に生まれた人へのタバコ販売を禁止する法律を導入予定と伝えられています(資料7)。法律が成立すると早ければ2040年には若い世代の喫煙がほぼなくなるそうです。アルコールもやがて「低リスク飲酒」から「飲酒ゼロ」を目指すことになるのでしょうか。1920年代のアメリカには禁酒法がありました。しかし、工業用アルコール(消毒用など)は製造が認められたため密造酒が増え、禁酒法は失敗に終わりました。
 
 お酒は文化とも言われますが、生きるために欠かせないものでしょうか。私は飲酒しますが、アルコールがなくても人と出会い、会食はしたと思います。私の場合はアルコールがなくても人生はさほど変わらなかったような気がしますが、人生に欠かせないという人もいるでしょう。各国が将来的にどのような政策を採るのかはわかりませんが、しばらくの間は嗜好品としてのアルコールがなくなることはないように思います。だとすれば、現在多量飲酒し、やがてさまざまな酒害が現れると思われる人に対し、健康リスクを抑える飲み方も伝えねばなりません。

▼酒飲みに向ける合言葉は、「1日2合以内。多い日でも3合まで」

 私はこれまで数千人のアルコール依存症の方を診てきました。一方、依存症には至っていない減酒(節酒)指導の対象者も数百人指導してきました。彼らは「自分は飲み過ぎだと思う。どうしたらよいか」と相談にきます。そのような人に、「酒量を減らしましょう」だけでは答えになりません。程度や方法がわからないから相談にきているのです。
 
 そこで、飲酒は1合(20g)までと伝えると、9割方が「できない!」と答えます。しかし、2合(40g)までと伝えると、「できるかなあ、どうかなあ」となる人が多いのです。こうしたことから、私は「とりあえず1日2合以内。多い日でも3合まで」という目標と、毎日の飲酒記録(飲酒日記)を指導の基本としました。結果、半数近くの人の飲酒量が低減し、さらにその半数は1回の飲酒量が2合未満となっていました(資料8、9、10)。減酒によって人生が変わったという話もたくさん聞きました。また、減酒がうまくいかなかった人も、「2合ですよね」と数字は覚えています。何年か後、「やはり飲み過ぎかな」と思った時に実践してくれるかもしれません。
 
 飲まないのが最善、飲んでも20g以内が望ましいという科学的根拠があるわけですから、「1日2合以内」と掲げるのは勇気がいりました。しかし、短時間の診察で多量飲酒者のリスクを下げるにはこれが最も現実的と考えて実践してきました。ですので、私はガイドラインに「低リスク飲酒(20g)」しか基準がないと、多量飲酒者が「できない!」と諦めてしまうことを案じます。病気になる前に気づくためにも、「リスク飲酒(40g)」の基準も伝えてほしいと思っています。
 
 いま飲みすぎかなと思っている方、心配な人が身近にいらっしゃる方、「とりあえず1日2合以内」を念頭に減酒を試してみませんか。何かよい変化が起こるかもしれません。

資料

1)https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000202961_00030.html
2) https://www.ask.or.jp/wp-content/uploads/2023/09/da758abc24a9eb64c8d9f9dc95e87c02.pdf
3) https://www.ask.or.jp/wp-content/uploads/2023/11/8c19afd7711819d0cd85ff02cdd2070c.pdf
4)https://digital.asahi.com/articles/ASRCQ6Q70RCQUTFL019.html?pn=5&unlock=1#continuehere
5)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231122/k10014265721000.html
6)https://www.who.int/europe/news/item/04-01-2023-no-level-of-alcohol-consumption-is-safe-for-our-health#:~:text=The%20World%20Health%20Organization%20has,that%20does%20not%20affect%20health.
7)https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/5b6dd5cf2a7b87e44fe5195eea5be34da567bfb1
8) 米沢宏:プレアルコホリックに対する節酒指導;アルコール専門外来における簡易な指導マニュアル作成の試み.日本アルコール・薬物医学会雑誌,53(2):65-75,2018
9)米沢宏:健康診断の事後措置等で行う簡易な節酒指導法の提案.第92回日本産業衛生学会,2019
10) 米沢宏:アルコール使用障害の減酒指導に関する研究;減酒成功例・失敗例から見た減酒指導の適用基準.第55回日本アルコール・アディクション医学会学術総会,2020

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