ある依存症患者の告白ーー倒産する出版社に就職する方法・第27回
ええ、最初はほんの出来心だったんです。
何年か前ですね。「こんなのあるんだぜ。やってみないか?」って、当時付き合っていた仲間が教えてくれて。どんなものなのかな、という興味もありました。ちょっと刺激的だし、なんかドキドキするっていうか。
初めは、「ああ、こんなもんか」って感じで、効いたんだか効いていないんだかよくわからなくて。でも、なんかスカッとするような気持ちもあったものですから……。
そのあとは、1カ月に1~2回だったり、もっと間が空いていたりで、気が向いたときだけっていう感じでした。
やめようと思えば、いつでもやめられるって思っていました。最初は。引き返せないところまでは行かないって。自分だけは大丈夫だって。私みたいになっちゃった人、みんなおんなじこと言うのかもしれませんけど。
このところ、ずっと忙しかったんです。
9月に出さなくちゃいけない本があって……絵本なんですけど、原画がなかなかあがってこなくて、進行が予定していたとおりに行ってなくて。どうしても刊行予定に間に合わせなくちゃいけないっていうプレッシャーもあって。
ええ、言い訳だっていうことはわかってるんです。もっとプレッシャーがある人なんてたくさんいるし、私とおんなじ状況の人がみんなやるかっていったら、そうじゃありませんから。最終的には自分の弱さなんだと思います。
8月の上旬から、本の制作が佳境にさしかかってきて、作業がどんどん立て込んできて。
最初は1週間に1回くらいでした。でも忙しくなってきて、やればなんとなく気持ちが軽くなった気がして作業に集中できるから、どうしても「また」ってなっちゃうんですよね。3日に1回になり、2日に1回になり、毎日になっちゃって。自分が自分じゃなくなっていくっていう怖さもありました。やっぱり忙しいし、もう麻痺してきちゃうんですね。そういうことも含めて、やっぱり依存なんでしょうけど。
見つかった日のことですか?
ええ、はっきり覚えていますよ。8月20日です。
藤原ひろのぶさんってご存じですか?
食べ物や環境を見直すことがわれわれの身体を守る最良の方法だという考えにもとづいて、砂糖の害など社会の問題点を身近な視点からレポートする「健康のすすめ」という人気サイトの管理人です。
『買いものは投票なんだ』っていう本の著者なので、原稿内容のやりとりをしている最中でした。当日、本文の仮レイアウトが出てきて、それを送ることになっていたんですよ。そしたら、「ちょうど近くにいるので、今から取りに行きます」って。講演会で日本全国飛び回っている人だから、こっちに来れるなんて思っていなかったんです。
「どうしよう?」って思ったんですけど、もう捨てるにも隠すにも時間がなくて……。
いつもは机の上に放置したままにしているのを、とりあえずそっと足元のゴミ箱の中に入れて。もしかすると、心のどこかにもう見つけてほしい、誰かに止めてほしい、という気持ちがあったのかもしれないです。
藤原さんが事務所に入ってきて、本の内容話してても、見つかるんじゃないかと気が気じゃなくて。そのうち、私のデスクのパソコンで一緒にレイアウトを確認しなければならなくなって、こちら側に回り込んできたときに見つかっちゃって……。
時間が止まったというんでしょうか。そこからあとは、夢の中の出来事みたいでしたね。
藤原さんですか? いえ、怒ってはいなかったです。
むしろ穏やかな目で。静かに「これ、なんですか?」って。
それがかえって心に染みた、というか……。
もう言い訳してもしょうがないですからね。
すぐに正直に言いました。
「モンスターエナジーです」って。
藤原さんが憐れむような目でこっちを見て、
「買いものは投票なんですよ」って。
なんにも答えられなくて……。
そしたら、藤原さん、少しだけ微笑んで、
「写真、撮りますね」と。
シャッターを切られた瞬間、ただ自然と涙が溢れてきたんです。
哀しいんじゃないんです。悔しいってわけでもなくて……。どうしてこうなっちゃったんだろう、って思えたら、涙が止まらなくなって。
でもなんだか、これでよかったんじゃないかって。変な言い方ですけど、見つかってほっとしたっていうか……。
え? 今ですか?
はい、それ以来、すっぱり縁を切って、今は本作りに充実した日々を過ごしています。今でもたまに欲しいって誘惑にかられることがありますけど、自分の弱さとは一生向き合っていくしかないんだと思います。
今、ちょうど今月31日に校了する新刊の制作に没頭しているところです。ようやく原画が揃ったので、あとはキャプションの作成とか、レイアウトの調整とか、色校とか……あと1週間を切ったのでもうてんてこ舞いです。(笑)
やっぱ気合入れなくちゃいけないんで、今は毎日毎日レッドブ……【以下自粛】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?