正誤表の作り方--倒産する出版社に就職する方法・第35回

アイヤァァ。


本作りが決着した安心感でぬるま湯気分にたゆたっていた私に、給水口から熱湯が噴きつけました。油断していた分、落胆と驚きが入り混じった奇声が漏れます。
指定された15ページをあわてて開き、端からイラストと文章を追っていきます。
いったい「やばい間違い」とはなんなのでしょうか。


『なたねが危険な油になってる(T_T)』


私が見つけるより先に長澤氏からLINEメッセージが届きました。
14~15ページの見開きは、2種類の商品を左右に対比させ、読者の方々に「どっちを選ぶ?」と問いかける内容です。その中の「油」の項目にはイラストとともに次のようなキャプションが置かれています。


左「サラダ油、菜種油は危険な油」
右「アマニ油、エゴマ油、魚油、からだは油でできている」


左側のキャプションで「なたね油は危険」と説明しているのに、右側のイラストには「なたね油」が描かれているのです。つまり、なたね油はイラストでは「好ましい油」、キャプションでは「危険な油」と表記されているわけです。
本書内の情報については、藤原氏と私とのあいだでLINEメッセージを使って最後の最後まで加筆・修正作業が繰り返されました。そのやりとり中の手違いにより生じた誤りです。


理由はどうであれ、明らかに読者を混乱させる、問題のある表記です。
とりあえず、すぐに3人で集まり、対応を協議することになりました。


この時点で本文はすでに刷りあがり、製本所に回され、製本の加工に入っています。製本をストップ、該当箇所を修正し、刷り直すとすれば、たいへんな費用がかかるだけでなく、予定されている14日の取次見本にも間に合わなくなります。


(正誤表で対応するしかない……)


打ち合わせに向かう道すがら、私はある決断を下していました。
間違いを訂正する「正誤表」を作成、印刷し、製本所で初版分すべてに投げ込んでもらうのです。これなら予定どおり14日の取次見本に間に合わせることができ、読者の方にも内容的な誤解を招かずに済みます。



ふたたび東京駅のルノアールに駆け込みます。こんなに血走った目で連日ルノアールに駆け込んでくるのは私くらいのものでしょう。
すでに藤原氏と長澤氏は席についていました。
15ページの修正箇所を再度確認します。
正確には、油は化学薬品を使って抽出されたものと、低温圧搾法など化学薬品を使わずに絞られたものとに分かれます。「なたね油」についてもそれ自体が良い悪いというより、この抽出の仕方がポイントとなるのです。
イラストはそのままで、キャプションのほうを化学薬品使用の有無に焦点を絞った内容に修正する――。私は正誤表について説明、それを初版分すべてに挟み込む旨、出版社としての善後策を報告しました。



藤原「それじゃ、つまんないですね」
長澤「うん、可愛くないよね」



か、可愛くない……?
この緊急時に、この人たち、何を言っているのでしょう?
間違いを詫び、訂正し、正しい情報を読者に周知する――これが正誤表の役割であり、それ以上でもそれ以下でもありません。
「カワイイ」とか、何? 自らの不明を恥じ、深い悔恨に彩られた、武骨かつ質実剛健なる世界、それが正誤表ワールド。「カワイイ」などが足を踏み入れてよい世界ではないのです。
そもそも「カワイイ正誤表」などという言葉自体が語義矛盾でしょう。「強制ボランティア」とか、「やさしい悪魔」とか、「小さな巨人」みたいなもんです。そんなもん、この世の中に存在しねえから!
私は苛立ちを抑えつつ、尋ねました。


「……そうですか。それじゃあ、具体的にどう対応しましょう?」


藤原氏が口を開きます。


「EARTHおじさんが説明するんです。油のところで、本当はこう言いたかったのに、言葉足らずでスマンって。無味乾燥な正誤表じゃなくて、EARTHおじさんが直接読者に説明してる紙を一枚、挟み込む。これなら初版分にだけ封入される特典にもなるでしょ」





「うん、そうする」


ハローキティみたいな表情で深くうなずく私。


こうして、当日急遽、長澤氏によりルノアールの机の上で描き下ろされたEARTHおじさんイラストがカラーで印刷され、見本日直前に『買いものは投票なんだ』の初版分すべてに挟み込まれたのでした。


(つづく)

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