あの日見た、虎の檻でーー倒産する出版社に就職する方法・第23回

2018年8月14日。
今、私の手元には、法生(ほう)こと長澤美穂氏が描いたB4画用紙6枚分の原画があります。
一枚、二枚、三枚……。たしかに6枚です。
9月刊行予定の『買いものは投票なんだ』はB5判・40ページの本。B4画用紙一枚が本の2ページに相当するので原画は20枚必要です。
電卓を叩いて、20-6=14。
あと原画が14枚必要になる計算ですね。


絵本作りの作業工程は次のとおりです。


①原画UP
 ↓
②デザイナーが解説文、キャプションなど文字の置き方、彩色などをレイアウト
 ↓
③作者が確認(場合により修正)
 ↓
④色校
 ↓
⑤作者が確認(場合により色の修正、再校)
 ↓
⑥校了


絵本は、原画が納品されて完了、ではありません。
①で作者が描きあげた原画は、印刷所がスキャニングしてデータ化したうえでデザイナーの手に渡り、デザイナーがレイアウトを行なっていくことになります。活字フォントを配置し、ページ番号を置いたり、背景に色をつけたりする作業です。これが②です。
デザイナーがレイアウトしたものは、作者がチェックし、キャプションの強弱とか配色などを確認、時に修正などをほどこします。③です。
今回の作者は、画用紙に色鉛筆で描いています。
その繊細な色を、書籍(絵本)用の用紙に、印刷所のインクで再現することになります。
作者のイメージどおりの仕上がりになるかどうか、実際に一度、印刷する用紙に刷ってみて、色合いとか濃い薄いとか、絵の印刷の具合を確認しないといけません。これが④の「色校」というものです。
「色校」が一発ですんなり行くことは稀です。どうしても原画とのあいだで微妙な色の違いが生じます。原画に近づけるよう、色校に指示を入れて修正をしていきます。場合によってもう一度、色校をとって確認しながら、理想系に近づけていくことになります。
これらの作業を経て、ようやく⑥の校了を迎えます。
今回の本では、ここまでを8月31日までに終えなければなりません。
今日から3週間弱のうちに、①から⑥までをこなすことになるのです。


もう一度、冒頭に戻りましょう。
今、私の手元には6枚の原画があります。
何かの間違いではないかと、もう一度数えなおしてみました。


一枚、二枚、三枚……。



間違いありません。やはり6枚です。それより多くも、少なくもありません。相違なく6枚です。
工程でいうと、①~⑥のうちの、①です。しかもそのうちのまだ20分の6です。



うーん。
心配になってきたので念のため電卓を叩いてみました。


20-6=14
……。


小学生のころだったか、父親に連れられて動物園に行ったことがあります。
虎の檻の前でなかを覗いてみると、虎が忙しなげにずっと同じところをぐるぐると回っているのです。
不思議な行動をしばらく眺めた私は、父に尋ねました。
「ねえ、なんで虎はおなじところ、ぐるぐるまわってるの?」


「……あれは…………鍛えてるんだ」


鍛えてる?
虎が、、、鍛えてる?


子ども心に、おとなにはこれ以上踏み込んではいけない一線があり、自らがその線上に足をのせていることを察知した私は二の句をぐっと呑み込み、虎の檻を背に猿山へと踵を返したのです。


動物園で狭い檻に入れられた動物たちが、同じところを行き来したり、首を左右に振りつづけたりする異常行動は「常同行動」と呼ばれ、行動欲求が満たされないなど過度なストレスが別の行動に転化したものであることを知るのは、もっとずっと後の話です。


あのときの虎のようなうつろな眼差しで、私もまた今朝から原画を何度数えなおし、電卓を何度叩いたことでしょうか。
念のため、もう一度……。


一枚、二枚、三枚……。
ああ、やっぱり6枚……。
身も蓋もなく6枚。


ええ、心配しないでください。大丈夫です。
ちょっと鍛えているだけなんで……。
(つづく)

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