『ありえないミスを犯しました……』ーー倒産する出版社に就職する方法・第26回
8月19日、穏やかな日曜が終わろうとしているとき。
ふたたび長澤美穂氏からのLINEです。
『最悪はわたし東京行きます』
……。
これ、何かへの返信ではありません。
唐突かつ一方的なメッセージです。
前日の土曜日に『週明け原画全納行ける』というメッセージを受け取って安心していた私に突然届いた不穏な知らせです。
月曜日午前中に事務所にすべての原画が届くはずが、新潟在住の長澤氏が突如東京へ行くと言い出しました。
何かが起こったのは間違いありません。
『いまおもった』
……。
何かを思ったようです。
『長澤美穂がメッセージの送信を取り消しました』
『長澤美穂がメッセージの送信を取り消しました』
『長澤美穂がメッセージの送信を取り消しました』
……。
怖い。
怖すぎます。
何かを次々に取り消しています。
こんな怖いことあって、そのまま寝れる? 絶対怖い夢見て、おしっこ漏らしちゃうじゃないですか、ふつう。
すぐ電話です。何が起こっているかを究明せねばなりません。
電話口の長澤氏いわく、原画はその時間もまだ描いていて、手配するはずだった宅配便に間に合わなかった。いっそのこと明日の朝、東京まで持って行く、とのこと。
「わかりました。明日午前中、東京駅でいただきます」
とにもかくにも、残りの原画が明日手に入ることと、寝小便を回避できたことを寿ぎましょう。
翌朝、8月31日の校了に向けて、一刻もムダにできない勝負の週が幕を開けました。
朝、起きて、LINEの確認です。
『ありえないミスを犯しました……』
……。
慌ててはいけません。
緊急時においては何より状況を正確に把握することが重要です。
取り急ぎ返信します。
『ミスとはなんですか?』
……。
来ない。
返信が、、、全然、、、来ねえ。
真冬のプールに突然飛び込んだら、心臓って止まっちゃうんだって。知ってた?
万一のショックを和らげるように最悪の事態を考えておこう。
第一のヒントは「ありえない」、そして第二のヒントは「ミス」。手がかりはこれだけ。これら二つのヒントから答えを導かねばなりません。
最悪の返信・その1。「もうイラスト描くのつらすぎるので、実家に帰ることにします」
ゲームセットです。
この返信が来た時点で、アウトです。もう試合は終わりなのです。
私も三五館シンシャをやめて、葛飾の実家に帰ることにしましょう。
最悪の返信・その2。「原画7枚は描いたんですが、家に忘れてきました」
夏休み明けの子どもがよく言うやつです。
嘘です。
この返信が来たら、「すぐ家に取りに帰って」などと言ってはいけません。
家には真っ白の画用紙が7枚あるだけです。
無理に家に取りに帰らせようとすれば、「最悪の返信・その1」が送られてくることになります。
つまり、ゲームセットです。
そんな、どっちに転んでもゲームセットシミュレーション発動中の私に、ようやくLINEメッセージが……。
『手直ししようと手に持っていた1枚を、上越妙高駅のトイレに置き忘れてきてしまいました(T_T)』
よっしゃぁぁぁ――!!!
セェェェエエエ――――フ!!!!!
われわれの試合はまだ続くようです。
(つづく)
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