リボ地獄と丸坊主
2回目の転職では、正社員として自動車の整備工場の仕事をした。
その時の私は頭を坊主にしていた。理由はただしてみたかっただけ。
中途半端が嫌いだったのでスッキリしたくて自分でバリカンで頭を丸めた。
それを見た母もびっくりしていたが、慣れてくると
「あんた、頭の形いいから坊主似合うね~」と私の坊主を撫でながら笑っていた。母にはカミングアウトしていなかったが、そんな私を見ても母は好きにしたら~という感じだった。うちの母はなんでも自由にさせてくれる人だった。今になるとそれだからよかったのかもしれない。
周りから見たらこの人とうとう出家でもしたのか?とか、あんたなんか悪さでもしたのか?と思われてたかもしれない。でもこんなわけのわからない性別不詳の私をその会社の社長はなにも聞かず入社させてくれた。
もしかしたら私が同性愛者だと気づいていたのかもしれない。
しかし、21歳になっても、いつもお金がなかった。相変わらず貯金もなし。
19歳の時に作ったカードのリボ払いに終わりを感じれずに利子だけを払いながらまた買い物をするという悪循環な日々を過ごすことになる。
その時にはカードの借金だけで30万はあったと思う。リボ払いを5千円から1万円に増額し、中古で50万円で買ったマーチを月々2万円返済、車の維持費、保険などの支払いと飲み食い、友達との交際費やその時から飲み始めたお酒とタバコなどで毎月の給料はすぐに消えてなくなっていった。
その自動車整備工場の給料は手取り17万。これだけじゃ全然やっていけなかった。
夜はバイトでゲイ会話
20代は体力もあり、全然眠気知らずのパワーがあった。
そんなこともあり、夜にもう一つバイトを始める。
レストランのバイクデリバリーで、夕方から時給900円の仕事だった。
私は整備工場で朝8時から5時まで働いた後に、一度帰宅してからまたバイトに向かい、夜の7時から11時までの4時間を週5日働くことにした。
そこのバイトは高校の時のゲイ仲間の仲良しだったオネエの斎藤も一緒にバイトしていた。このバイトの時間だけはとても楽しかった。仕事が暇なときは斎藤とよく恋話や、好きな音楽の話、悩み相談をしていた。
バイト中は、ちょうどお腹の空く時間で二人でよくから揚げなどをつまみ食いしていた。忙しい時はバイクで掛け持ち3件分の配達を行かされたり、時には駅近くの風俗のお店に配達など世の中の裏仕事をチラッと見れたりして楽しかった。夜のバイトの4時間はあっという間だった。
そしてバイトのあとは家に帰らずそのまま斎藤の家に行って一緒に曲を作ったりしていた。斎藤は自宅にシンセサイザーを持っていて、それで簡単にリズムを作ったり歌詞を書いたりして音楽に長けている人だった。
斎藤はたくさん本も持っていて、洋楽のCDもたくさん持っていて私はよく借りていた。斎藤はオタク気質な人だった。好きになるとすべて調べ始める感じだった。私はいつもこの人頭いいな~と思っていた。
だから、斎藤には何でも相談できたし、私も色々と相談されていた。
たまに斎藤と一緒にいて、勘違いされた事があって、そんな私たちのことを端から見ると仲のいい男女?とかカップルに見えていたようだが、自分自身がそうであるから思うようになったことが、
人は外見だけで判断してはいけないんだということ。
私たちのように男の体で女の心を持つ人もいるし、女の体で男の心を持つ人もいる。
自分がそうされるのが嫌だから、
私は人を見ただけで決めつけないようにしている。
自分の思うことと相手の思うことは全然違うかもしれないんだから。
世の中にはいろんな人がいて、
家では普通の50歳のお父さんが嫁と息子には言えないけど実は趣味が女装だったり、幸せな家庭をもっていて普段は専業主婦をしている奥さんが実はバイセクシャルで旦那以外に女性と付き合ったりしていたり・・・そういう人もいた。
人は目に見えるものだけで判断する人が多いから仕方ないけど、それは人間のキャパを広げれば大きくなるのかもしれない。それにはいろんな人と会うことで広がるんじゃないだろうか。
斎藤とはよく新宿2丁目に行ったことがあるが、そこのショップにはどこにでもいそうな普通のサラリーマンがゲイ雑誌を見ていたり、男にモテそうなキレイなお姉さんが生粋のハードレズビアンだったりと、私の中の想像を見事に裏切ってくれてその時人間の二面性をとても感じられたし、その反面、自分にも可愛い彼女を作れる可能性もあるかもしれないと自信を付けられた。
人の心は話してみないとわからないものなんだと思う。
それから世の中にはいろんな人がいていろんな価値観があっていいんだと思うようになった。
仕事で失敗し殴られる
朝から晩まで頑張って働いてやっと20万円を超えた。
でも1日の大半を労働で終わることになる。正社員とバイトで時間的には14時間は働いている。
それだけ働いて20万円稼ぐというのはとても大変なんだと身をもって理解した。
ある日、私は寝不足の状態で朝八時に整備の仕事に出勤した。
その日は車のナンバープレートの変更依頼の仕事を任された。
早速、お客の駐車場の地図を渡され、書類などを経理の人に説明されてから出発する。
「お客の車のナンバーを外して、それを持って陸運局に持って行ってね!」と言われた。
私はすぐにお客の駐車場に向かい、シルバーの車と聞いていたので、その駐車場には、そのシルバーの車一台だけしか停まっていなかったので私はこれのナンバープレートを外せばいいんだな!少し疲れた頭でマイナスドライバーを使って、その車のナンバープレートのコインバッチをこじ開けて前後のプレートを外した。
そして、それを陸運局に持って行った。
受付のお姉さんに書類とナンバープレートを渡した。
しばらくするとお姉さんが「これ、書類に書かれているナンバーと違っていますけど・・・」と言われた。
私「え?違いますか?」
そういえば私は書類を確認せずにナンバーを外してしまった。。
もしかして、大変なことをしてしまったのかもしれない・・・
会社に取り合えず連絡を入れた。
私「あの今、陸運局にいるんですが、書類に書かれてるナンバーと違うナンバ持ってきてしまったみたいなんですけど、どうすればいいでしょうか?」
経理「え?そうなの?ならそのナンバーを元の車に戻してきて」
私「はい、わかりました。」
私は何となく、それで本当に大丈夫なの?と思いつつ、素直に元の間違って外してしまった車の所に戻った。
そして、その車にまたマイナスドライバーでナンバーを付け始めた。
その瞬間、
「コラ~!!!!!!このクソ坊主!人の車に何してんじゃ!ボケェ!!!」
デカイ罵声が聞こえ、そのあと
私は首根っこを掴まれ狭い倉庫に引きずり込まれた。
私は突然のことで意味が分からず足をバタバタさせていた。
その時の状態はまさにこんな感じだった。
恐怖だった。何もできなかった。
ねこづかみされた状態で軽々と引きずられていく。
そのコンテナ倉庫で壁に頭をゴンゴン打ち付けられ、足蹴りもされ、胸ぐらを掴まれ
「お前!泥棒や!どこの小僧だ!バカやろーーが!」と強面のおじさんがいう。
私は「すいません!すいません!仕事中に間違ってナンバーを外してしまいました。」
おじさん「どこの会社だ!このクソ坊主!今すぐ社長に連絡しろ!」
私「ハ、ハイ!すみません・・・」
その時の私は会社に連絡したくても恐怖で気が動転して携帯を持つ手が震えて、うまく会社の番号が探せない状態だった。その間もおじさんの怒りは止まらない、何回も蹴りと頭にパンチが入る。
人は恐怖に駆られると震えが止まらなくなる。ブルブルブルブルしておもうように手が使えない。
何とか会社に電話がつながりおじさんが怒鳴りながら
「あんたの会社のバカ社員がウチ車のナンバーぶっ壊したんだよ!どうしてくれんだよ!」と社長に伝えた。
その後社長がすぐに現場に来てくれて、そのおじさんに土下座して平謝りしていました。私も一緒に土下座し、やっとおじさんは気持ちが落ち着いてきたのか、会社が全責任を負うという事で許してもらえました。
その後会社に戻り、社長とは話して私は大変なことをしてしまったことに反省しましたが、社長も「なんできちんと確認しなかったんだ!」と怒り始めて、損害が10万円以上かかることを言われて、その金額を給料天引きでいいのですみませんでした、と言ってこの会社を退職することにした。
次につづく・・・