僕はエンギデモナイをフザケルナァ!と思う: 札幌ジョブキタ北八劇場の観劇記録
札幌はつくづく芸術に力を入れていると感じる。世界三大国際音楽祭に数えられるPacific Music Festival (通称PMF)はレナード・バーンスタインが創設した代々的なイベントだし、夏にはジャズフェスティバルや舞台用のキタラコンサートホールが出来たりしている。残念ながら最近、劇団四季の札幌劇場は閉鎖してしまった。
札幌駅の再開発が進み、ラーメン共和国が消えたことに悲しみを覚えるが、札幌駅北東方向に通路が伸び、そこから直接アクセスできる場所に新しい小ぶりな劇場が出来た、それがジョブキタ北八劇場。今回は、北八劇場で2024年12月6日から15日まで上演している「エンギデモナイ」の観劇記録を記す。本作品の「エンギデモナイ」はチームが黄・青・赤と3チームあり、黄色チームの劇を鑑賞した。その中で「フザケルナァ」は特別な意味、かつ、重要な布石となっているので興味を持った人は是非鑑賞してみること。
演劇「エンギデモナイ」はジョブキタ北八劇場の芸術監督である納谷真大が主宰するイレブン☆ナインが2005年に初演した作品。今回は、ジョブキタ北八劇場オープニング企画ということで、若手とベテランが混在したキャスト構成になっている(らしい…)。
あらすじ
設立12年目の千石が主催/演出の劇団内部では、古き良き時代を体現するかのように千石が舞台俳優に厳しく当たり散らしていた。しかし、今回の演劇では千石がなかなか台本を書き上げられず苦悩し、いつもより周りに当たり散らかしていた。主演役の矢部は千石の作品が好きだからこそ、暴言に屈せずついてきていたのに、とうとう堪忍袋の緒が切れて出ていってしまう。劇団員のメンバー内に不穏な雰囲気が漂う。実は今回の千石が台本を書いている作品は、自信の彼女との関係性や才能の限界に思い悩み、自らの関係性や立ち位置を演劇に落とし込もうとしていた。劇の進行と共に劇中と現実の区別が曖昧になり物語は交錯していく。果たして、劇の結末は、千石と夏美の関係性はどうなっていくのか!?
・ホームページ: https://kita8theater.com/stage-schedule/2024engidemo/
・上演時間: 1時間50分
ジョブキタ北八劇場の感想
ジョブキタ北八劇場オープニング企画ということで、北八劇場の感想から書いてこうと思う。といっても、この記事を書いている著者は、ロンドンでの膨大な予算をつぎ込んだミュージカル作品 (Les MiserableとかHadestownとか)を近頃見ているせいで、それと比較したら、勝てるはずもない。でも、北八劇場でも勝てる部分があって、それは舞台と観客との近さではないだろうか。今回の「エンギデモナイ」を見て、ミュージカルよりも人の感情の機微や感情の直接的な訴えを浴びることが出来た。最前列から2列目に座って役者の顔や仕草をつぶさに見れた。役者たちの声も十分すぎるくらい届いた。なんだったら届きすぎて少し声量を調整した方が良いんじゃないかと思うくらいだった。小ぶりな劇場なため、音の反響はかなり良く、音が逃げていく感じはなかった。
エンギデモナイの感想
ジュリア集合などの幾何学的な形は僕的には好きなのだが、舞台の床の作りが不思議な通路を描いていて個人的なツボだった。その不自然な細さや曲がり道を用いて、場面ごとにそれぞれの区画が個室や稽古部屋であることを伝えられていた。
今回は黄色チームの劇を見たので感想は黄色チームの役者に関して。主演の鈴木次郎役の明逸人の演技力が高く、ダメな兄のプライドが高く意地っ張りな様子を見事に演じていた。周りから距離を取られるようなガツガツ関係性を構築していく系の工事現場で働いてそうなおっちゃん役を表現すると共に、プライドが高く、優しい言葉を素直に言えない可愛いところを併せ持ち、緊張した際の手の震えや手ぬぐいの使い方など、細やかな仕草の演技まで息が通っていてプロだなぁと感じた。
個人的に好きなキャラは、マキノシンジ役をやった有田哲さん。有田さんは制作主任ながら演劇に掛ける思いがふつふつと伝わってくる演技が好きだった。特に、演劇のことを嫌い嫌いと言いつつも演劇で人を楽しませることを辞められないという想いを赤裸々に語っていて良かった。一方で、最後にその叫びがピークになる直前にブレーカーが落ちる演出で盛り上がり切らなかったのは個人的にはちょっと残念。盛り上がりの場だと思うので叫び切って欲しかった。
出演していた役者さんたちの演技は皆さん上手くて、感情がビシバシ伝わってきて、泣きそうになる場面も幾つかあった。演劇の進行も、上田慎一郎さんの「カメラを止めるな」と少し似ていて、演劇の内部のシーン自体が最後への布石になっている点は構成として好きだった。
時代の移り変わりを感じる
役者さんの問題よりも、劇の台本の問題な気がするが、正直、時代は移り変わった結果、今の僕と同年代には作品自体が響きにくくなってきている感じはした。初演が2005年ということもあって、今のパワハラ、男女平等、働き方と随分ずれているなと感じる部分があった。
男女の性差別について、矢部さんのマネージャーが男女平等を意識しなきゃと述べるシーンを入れながらも、「やっぱり男性からプロポーズをすべきだ」、「男性が家族を養わなければいけない」という父が大黒柱として家を支える構造が全面的に押し出されていて、少し時代錯誤だと感じた。演劇を上演する部分部分で時代的なアンカーを入れられると良いのかもしれない。例えば、スマホじゃなくてあえてガラケーを使うなどして2005年当時の劇の雰囲気を再現するとか。参考までにスウェーデン人と日本人の「家計維持への責任意識」の比較を載せておく。
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千石義彦が怒鳴り散らすシーンにしても、自分と同世代の20代の人たちは、カリスマ性があったとしてもあんな怒鳴り散らす人に自分が傷つきながらもついていこうという気持ちは出てこない気がする。これは恐らく、情報化社会に伴い、YouTubeなど情報へのアクセスが向上しトップレベルの演技などを簡単に勉強出来る環境が整ってきた影響なのかと思う。個人的には自分が思い描くトップ像とかけ離れていてなかなか共感し辛かった。でも、ちょっと記憶を漁ると確かに、怒鳴り散らかす優秀なトップの人いるな、接点がないだけかもしれない。
細かい演出で好きな点だったのは、
富山君。タイ人だけど皆名前を覚えられないから、トムヤンクンから連想して富山君という名前にされちゃった人。ネーミングセンスが非常に良い。ふざけるなぁの仕込みは最高。ナレーター的な役だと思っていたが意外とセリフが多く尺を取っていて笑った。
音楽・作曲担当の山木将平がちょくちょく演劇の中に巻き込まれていて良かった。音楽舞台も劇中の人と一体となって進行を進める点は、ロンドンのミュージカルのHadestownと共通していて個人的な流行となっていた。
さいごに
久しぶりに演劇を見てめちゃくちゃ楽しめた。役者さんたちと距離も近く、ほぼ特等席状態で見れたのも新鮮だった。演劇としての構成も良かったし、役者さんたちの演技も上手く、人の感情の揺れ動きに触れることが出来た。
12月15日まで上演しているから、まだ見てない札幌在住の方はレッツゴーです!