「Hamilton」はアメリカ人うけする歌劇だった | ロンドン観劇記録その1
ロンドンのウェストエンドにあるVictoria Palace Theatreでアメリカ革命とアメリカ国立銀行の設立に多大な貢献をしたAlexander Hamiltonを描いたミュージカル「Hamilton」を鑑賞してきたのでその感想を書く。
最初から余談なのだが、ミュージカルを観に行く直前に自室の扉が確率的オートロックドアに進化し、閉め出されてしまった。幸い閉め出されたタイミングでロンドン観光に来ていた知人は携帯、僕は携帯と財布を持っており、二人とも外に出ていける服装だったのでミュージカルを見に行くことが出来た。だが、ミュージカル中も帰宅したら自分の部屋にどう入ろうかと不安になって鑑賞への集中力は落ちてしまっていたと思う。ヨーロッパ旅行の際には、突然トイレに閉じ込められても、自室から閉め出されても良いように携帯は肌身離さず持つことをお勧めする。
端的な感想
僕がHamiltonを見た一番の感想は、これはノンネイティブには非常に厳しい…というものだった。僕はHamiltonがアメリカで評判が高い一方でHip Hopがメインで聞き取りが難しいという情報を得ていたため、ミュージックアルバムを何周もして物語の背景や演劇の展開もかなり丁寧に勉強してから観劇した。しかし、結構準備していたにも関わらず、怒涛の英語ラップの嵐と場面展開の早さに圧倒された。リスニングの負荷に加えて、そもそも日本語であったとしても疲れるほどの喋りの速度と場面展開で疲弊をした。また、事前に何周も聞いていたにも関わらず、実際の観劇中にはネイティブの人たちだけが笑う場面が幾つもあって、笑うツボが分からず歯痒い思いをした。
また、Hamiltonでは舞台が大きく模様替えすることはなく、かつ、コンパニオンと呼ばれるダンサーたちが場面や情景をダンスで演じるのだが、そのダンスは場面進行の理解に貢献することは少なく、情景の描写に使われることが多い。つまり、物語を理解するためには難しめの単語が頻用されている高速英語ラップを聞き取る必要がある。かつ、アメリカ独立辺りの歴史の知識も持っていることが前提として必要に感じた。
以上のことを考えると、アメリカンジョークで笑えるほどのリスニング能力とミュージカルの予習をかなりしっかりやった人にはお勧め出来るが、そうでない人にはあまりお勧めできないミュージカルと言える。また、sung-through形式という歌で全ての物語が進行するミュージカルだが、Hip Hopの部分が演劇のようにただ早く喋るだけの場面もちょくちょく見かけたのでミュージカルメインで演劇が少し混じっているという認識で観に行った方が良さそうだ。作品としての完成度は非常に高いが、客に求められるレベルも非常に高かった。
Hamiltonの前情報
Hamiltonを調べると以下の見所を挙げている人が多い。
アメリカで2016年にTony賞で最多ノミネートかつ最多受賞し、アメリカ中で話題沸騰となったミュージカル。
取り上げるテーマがアメリカ独立戦争で壮大、かつ、ミュージカルのテーマとして「人生の遺産」や「歴史はどう語られるか」といった現代と過去のアメリカ社会を同時に象徴したミュージカルとなっている。
Hip Hopが全体の基調となっており、老若男女問わず惹きつける作品となっている。(結果、ノンネイティブスピーカーは置いてけぼり)。
Repriseと呼ばれるメロディーが少し違う形で何度も出現する演出技法が、曲全体で様々な形で綿密に練り込まれている。
ダンスが独特で格好いい。
Lin-Manuel Mirandaという人が作詞/作曲/主演を全て担当した。
初演時に登用したキャストは非白人がメインだった。白人の物語を非白人が演じる点で非常に挑戦的。
「upturned gem」が非常に解説として良かった。一つ一つの曲の解説と共に場面展開やHamiltonに留まらない背景の解説を懇切丁寧にしている。第二幕の途中で解説が止まってしまうが、そこまで読めばその後の理解の解像度はかなり上がる。
ちなみに、僕がHamiltonを観に行こうと思ったきっかけの一つは、ロンドンのウェストエンドのプロデューサーがCameron Mackintoshであったことだ(ブロードウェイでの初演はJeffrey Seller)。Cameron Mackintoshはキャッツ、オペラ座の怪人、レミゼラブル、ミスサイゴン等を手掛けており、ミュージカルのプロデューサーの界隈で化け物中の化け物なので、これはHamiltonも見なければならないな、と感じたのだった。
以下、要素ごとに感想を挙げていく。
コンパニオンのダンス
Hamiltonでは劇中を通してコンパニオンと呼ばれるダンサーたちが劇の進行を助ける。このダンスがHip Hopに合わせて相当苛烈な振り付けとなっており、情熱的かつ独創的だった。特に最後のHamiltonとBurrの決闘のシーンが良かった。アルバムを聞いているときにはHamiltonが一人で立って彼の一人語りが始まるシーンだと勝手に思っていたが、実際は、一人語りの後半になるにつれてコンパニオンたちが言葉に合わせた激しいダンスを展開して感情を湧きたてる。この場面のダンスだけでも一見の価値あり。また、BurrのI want songである「The Room Where It Happens」の不可思議なダンスの広がる様子にも是非着目してほしい。
激しいダンスが印象に残る一方で静的な要素も強い。ダンスも踊らずに舞台の袖で眺めているコンパニオンが多数いる場面も少なからずある。舞台効果として不思議な影響を持っており、劇のテーマである「歴史は誰が語るのか」に合致するように感じた。つまり、当時生きている人たちが、メインキャストたちの行動を見ていて将来的な語り手になることの暗喩だと僕は読み取った。
演者に求められる演技の幅とレベルの高さ
僕がロンドンのウェストエンドで見たからなのかもしれないが、やはり、初演時のアルバムで聴いていたラップや勢いを期待していただけあって、実際見たら少し劣っている部分もあった。これはどうしようもない点だと思っていて、Hamiltonでは難易度の高いラップをこなしたかと思いきやバラード調のいわゆるミュージカルの伸びて響き渡る声を突然求められる。アンジェリカの「Satisfied」はそれを象徴していて、一曲の中にラップや異なる曲調が入っており、更に複雑な感情を込める必要のある曲だ。もちろん、各キャストごとに才能が伸び伸びと発揮される見せ場はあって、ウェストエンドのレベルの高さを感じられた。だけども、ミュージカル全体を通して一貫して高いレベルでこなしきる人は少なかった。
良くも悪くも台本が求める歌唱力、演技力が異常に高いので、トップの中のトップの人をかき集めた公演ならば感動も一押しかもしれないが、そうではない場合には少し気になる点が出てきてしまうかもしれない。ピーキーなミュージカルということ。そうはいっても、僕が見た時の「Guns and ships」のラファエルの見せ場の超高速ラップはめちゃくちゃ格好良かった。最高。
オーケストラの音量
僕が見たミュージカルだけかもしれないが、少々、オーケストラの音量の調整が露骨だったかなと思った。確かにYorktownなどは劇中で盛り上がる部分だから他の場面よりも音量を上げるのは分かるのだが、露骨すぎて耳が痛くなるくらいだった。もうちょっと抑えめでも良かったのに、という…
ちなみに、第一幕の最大の見せ場である「Yorktown」の曲の始めに「Immigrants, we get the job done」というセリフがあり、ブロードウェイではその後に熱いコールが観客側から浴びせられると聞いていた。だから、僕も声を上げる準備をしていたのにロンドン公演では華麗にスルーされていた。やはり、Hamiltonのテーマはアメリカにしか響かないのか… 確かに「Yorktown」のThe world upside downは敗走するイギリス兵が語ったというから、イギリス人としては屈辱的な歌にみられてそこを騒ぐのはプライドが許さないのか…?
終わりに
さて、ここまで様々な視点から、Hamiltonの感想を述べてきたが、僕は見終わった後に、「この演劇はずるい!」と思った。というのも、このミュージカルを評価してくださいと言われてチェックシートを渡されたら確かに物凄い高得点がつく。曲はHip Hopで斬新、ダンスは激しく格好いい、扱っている題材はアメリカ革命で壮大かつ、人生における遺産とは何か・歴史は誰が見て誰が語るのかといったテーマを取り扱っているし、アメリカ人が好きそうな仕事と私生活のバランスというテーマも出てくる。非の付け所がないように思う。けどなんだか全体的なまとまりとしては粗さを少々感じてしまった。場面展開は特にテンポの速さで繋ぎの粗さをごまかしているような気はして、全体的な調和の取れた演劇というより、一つ一つの場面の質が高いスナップショットを繋げたミュージカルという印象だった。
満足度は高いしミュージカル作品としての完成度が高いことも分かる。アメリカで発狂する理由も分かったし、アメリカ以外ではそんなに熱狂的なファンは出にくいだろうな、という理由も分かるミュージカルだった。もし、僕がアメリカ人だったら熱狂していたと思う。
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