「Hadestown」ギリシャ神話とジャズの融和 | ロンドン観劇記録その3
ロンドンウェストエンドのLes Miserableで衝撃を受けてからミュージカルに嵌り、オペラ座の怪人、Wicked、ライオンキングと有名どころを大体押さえたので、次に見る演劇をtktsで片っ端から調べていたときに見つけた作品。
Hadestownは2019年にブロードウェイのTony賞を受賞、2024年にはロンドンのOlivier賞を受賞している最近の演劇だ。Sung-through形式という歌で全ての物語が進行していく形を取っている。OrpheusとEurydiceに関するギリシャ神話が元になっており、冥界から地上に歩いて帰る際にOrpheusが振り返ったらEurydiceが冥界に連れ戻されるという条件の試練を課されたが最終的にOrpheusが振り返ってしまうというストーリーだ。他のミュージカルと比較してもストーリー自体はかなり単純な部類に入る。本ミュージカルではオーケストラは舞台下ではなく、舞台上におり、Jazz曲がメイン。ピアニスト件キーボーディストが舞台上で演奏と指揮を同時に担う。
今回は舞台の前から見たいと思って前から2列目のB席を予約した。しかし、なぜかLyric Theatreに到着して席を探すとA列が消滅しており、最前席に座ることになった。最前列からの景色はこんな感じ。
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僕が見た際のCast/Production teamはこちら。こちらの動画 (Hadestown performs 'Wait for Me' | Olivier Awards 2024 with Mastercard)に出てくるキャストたちがほぼ全員出てきており、めちゃくちゃテンションが上がった。
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Hadestwonは徐々に熟成されていっているミュージカルで、初演の2006年から10年以上かけてようやくTony賞を受賞している。Apple musicでHadestownのアルバムを探すと、2017年版とブロードウェイでの2019年版の録音を見つけられる。しかし、僕が2024年の9月に見た公演の音楽の方がこれらの録音よりも明らかに歌詞や歌が良かった。生で見た迫力もあるのかもしれないが、歌詞や歌うキャストがかなり違っていた印象がある。ミュージカルは生もので進化し続けるものだと改めて感じた。
さて、序文が長くなってしまったが、以下で感想述べていく。
端的な感想
見た後の満足感が最高だった!Hadestownは全体を通してJazz調の曲が取り入れられているが、第二幕の始まりでオーケストラの各楽器の紹介パートがあったり、トランペットの人が一番前に来てソロ演奏をしたりとJazzやバンド文化が好きな人が盛り上がれるポイントが目白押しだった。
もちろん、ミュージカルの歌の迫力、役者の立ち回り、舞台の美しさ、最後のDoubt comes inでランプの光の用い方など全体的に芸術点が非常に高い。ストーリーも非常に単純ながら解釈に関して物議を醸す部分が多くあり、知人との考察にも花を咲かせられる。
個人的に一番好きなミュージカルはLes Miserableだが、HadestownはHamiltonを抜いて次点に来た。ミュージカルとの構成はHamiltonの方が確かに良かったが、僕とはJazzとの相性が良かった。
Jazz曲の良さ
Jazzの曲が格好良い。僕はミュージカル鑑賞前には物語を頭に入れ、アルバムがあれば一回全部通してから観に行くようにしている。初めてアルバムを聞いた時点で目の前に神聖で美しい風景が広がっており、このミュージカルは芸術点が高いのは予想がついていた。しかし、実際のミュージカルを見たら、もっとJazz文化を尊重した軽めの楽しい感じでありながら、感情が込めに込められた演出と音楽のmixとなっていた。冥界の世界観は滅茶苦茶驚いた。
曲の例を挙げていけば、Chantの"Low, keep your head, keep your head low"の後にくる"クッ"というクラップがめちゃくちゃ格好良い。更に後半でWorkerたちを奮い立たせる場面でChant (Reprise)が入るのだが、ここで"Low"を歌わずに切ってブルースに切り替えてくる部分も作曲力が非常に高いと感じる。
Hades役のZachary Jamesのバスの声が格好良すぎて惚れてしまう。"Why We Build the Wall"の最後の部分には、魂を全力で入れてきて顔が真っ赤になる激しい歌い方をしてきていた。こちらの心を渾身の力で振るわせてくる。
Fate三姉妹がメインの"When the Chips are Down"も典型的なノリの良いJazz曲。Hadestownの序盤の曲たちはリズムに乗れる曲が連続して、体を思わずリズムに乗せて動かしたくなる。
もちろん、テーマ曲の"Wait for you"も良き。是非、冒頭のOlivier Awardsの際の曲を聞いて欲しい。一般的なミュージカルのような曲の最後に声を張り上げて盛り上げるタイプの曲は少なく、最後には落ち着く曲が多いにも関わらずこちらのテンションを徐々に上げていけるのは、Hadestownで素敵な点だ。
役者に求められる素養の高さ
元々、他のミュージカルを見ていて役者の歌唱力のレベルは異常に高いことは分かっていた。しかし、Hadestownでは役者が楽器を弾いていた。メインキャストのOrpheusはエレキギターの弾き語り。もちろん、彼の担当のギータ部分はそんなに難しい訳ではないが、それでも高い歌唱力を発揮しながらの弾き語り(+演技)は決して簡単ではないし、Orpheus役はエレキギター弾けないと担当する人がいなくなるということ。Orpheusだけではなく、Fate三姉妹はアコーディオン、打楽器(タンバリン、鈴)、バイオリンを演奏していた。
僕は最初、演奏する振りだけして音は違う場所から出てるのかと思ったら全然そんなことなく、音も味付けとして入れるどころか役者の音がメインになる箇所は多々あった。ロンドンのミュージカルの役者の質の高さと人材の層の厚さを強く感じる。
ミュージカルを見た後の勝手な解釈
Road to Hellをなぜ繰り返し歌うのか?
これは知人と一番論争になった部分。Road to Hellは一番最初とカーテンコール前の最後で歌われる。歌の中でOrpheusとEurydiceが出会う場面が演じられると共に、"It's a old song"と"It's a sad song"と繰り返し出てきているにも関わらず、"We're gonna sing it again!" とする。なぜ悲しい物語なのに繰り返し繰り返し歌う必要があるのか? 特にミュージカル全体を通してHermesは全てを知っているような素振りを見せながらも悲しい表情を浮かべることが多かった。そこで以下の2つの解釈で戦っていた。
Hermesは物語の結末を知っていて、それでも限りある楽しい時間を楽しみ、貴重なものとする。Sad storyが待ち受けていても短く幸せな時間を大切にする。
Hermesは神からメッセージを伝えるだけであって、物語の進行を変えることが出来ない。結末を知りながらも眺めることしか出来ないHermesは一つ一つの存在が輝く瞬間に大切な価値を見出している。それでも何度も繰り返すことで、いつか悲しい結末が回避されることを祈っている。
それかもっと単純に、神は人間の愚かな姿を長く見ていられるのでOrpheusとEurydiceのような愚かな行動をする者は多く、嘆き悲しんでいるという説。ただ、元々のギリシャ神話だとOrpheusもEurydiceも人ではなく神の子と森の精霊のため、少しこの解釈には無理があるようにも思う。
また、Road to Hellというテーマは冥界にOrpheusやEurydiceが下っていく道を表していると共に、最後にOrpheusがEurydiceを救えないイベントを象徴しているようにも鑑賞後には思えた。
20241012追記: 作詞・作曲・ストーリー制作者のAnais Mitchellさんのへのinterview記事があったので、載せておく。
なぜOrpheus/EurydiceにHadesは試練を課したのか?
Orpheus/EurydiceとHades/Persephoneの関係性には対比関係がある。OrpheusもHadesも相手に惚れて口説くことで手に入れることが出来た。HadesはPersephoneをその後に呆れさせてしまったし、OrpheusもEurydiceを冥界に逃してしまった。おそらく、Hadesは自分自身が相手を本当に信頼出来ず疑念の心を持っており、Orpheus/Eurydiceへの試練を課すことで自分自身の疑念の心を振り払って欲しいという想いがあったのではないかと考えている。("Hiss Kiss, The Riot"の最後がHadesによるDoubt Comes inであることからも推察。)
考察の余地がある点
なぜRoad to hellの部分でEurydiceはロウソクを灯しているのか?
なぜHermesは伝令役なのに悲しい顔をいつもしていたのか?
Orpheusは最後の試練でなぜ振り替えったのか?
HadesとWorkerの関係性は、産業革命の構造を象徴しているのか?
最前列から見た感想
なぜか2列目の席を取っていたはずなのに、最前列の席になっていた。あまり最前列を取ろうと思う人はいないと思うのでメリットとデメリットを並べておこうと思う。以下はメリット。
Hadestownでは舞台ステージの中心で演技をすることが多く、最前列でも楽しむことが出来る。
役者たちのマイクを通す生声を時々聞こえることが出来る。
Eurydiceの寒がる演技で体が小刻みに震えるところが見える。また悲壮に漂っているときの目に涙が溜まる姿もばっちり見える。
Persephoneが目の前の観客に対して誘惑するシーンがあるから、役者さんと視線がばっちり合う瞬間がある!
音の大きさは少し大きいと感じるけど、問題ない。Hadestownだと舞台上に奏者が居るから大丈夫だったのかも?
悪い点は以下。
時々重要人物が見えないときがある。(一方で見える人はめちゃくちゃ良く見える。)
舞台の全体像は捉えられないから、せわしなく視線を動かす必要はある。(でも、自分で探している感じは結構楽しい)
最後に
この文章を書いている間にも、Albumを改めて聞き直して、もう一回観に行きたくなっている。おそらく、Jazzの性質もあって曲の感じや楽器のソロプレイも公演ごとに違うんだろうなと思う。他のブログで好きじゃなかったという感想も見たことがあるが、Jazzやバンド文化が好きなだったら是非是非という感じだ。
比較的最近のミュージカルということで、個人的にはHamiltonと良い対比が出来るように感じる。
HamiltonもHadestownも最初の曲で登場人物たちの解説がなされる。
20世紀後半 ~ 21世紀の最近の曲を取り入れている。HamiltonはHipHop、HadestownはJazz。
回転台を効果的に使っている。
個人的には、Checklistを用意したらHamiltonは点数が物凄く高くなるけど(例えば、ミュージカルの題材、全体を通した曲の構成、ダンスの質など) 後味はかなり濃いめでゲッソリするが、Hadestownはもっと軽めに楽しめるし、歌詞も聞きやすいので初見でも話を追えるし考察も楽しめた。
他のロンドン観劇記録はこちら。