銭湯に行きたいな
飲食店に入ったがここはご飯おかわり自由ではないらしいので出た。道路では車たちが踊り狂っており、正面衝突もしていたような気がする。ここはサバンナだ。人間たちのサバンナ。ちょっと細い路地に入るともう家からピアノの音が聞こえてくる。可愛い椅子が弾いているようなピアノの音なのだ。温泉に行きたい。この道をまっすぐ行ったところに温泉があったはずです。
ありましたね。温泉です。入ったら、受付に人が座っていたので会計を済ませた。醤油団子のようにのっぺりしていた。ふと休憩所の本棚に目をやると、太宰治の「人間失格」が置いてあったので注意した。「銭湯に人間失格を置くのは変ですよ。銭湯ではもっと鶏肉みたいなお話を読みたいな。君、撤去しなさい。私がいる間だけでいいから。」「ああ、本当だ本当だごめんなさい。」受付の人は本棚まできて撤去した。素直でよろしいのでチップをあげた。450円あげた。
「お、ありがとうございます。」と言って受け取っていた。いいね。銭湯はいいね。気持ちがいいね。自動車が踊り狂っていないしね。まず第一に踊り狂うスペースがないからね。銭湯で自動車が踊り狂っていたらその場所は元銭湯になってしまうだろうからね。銭湯さん、車に踊り狂われたらもう、素直に店を閉まったほうがいいと思う。国からの支援金に頼って店を持ち直そうとするべきではない。元銭湯として存在し続けるべきだと思う。ところでここは銭湯なので、湯船があります。鯨は浮かんでいません。おもちゃの鯨も。さっとシャワーを浴びて風呂に入ると、先着の客がシャワーをこっちに向けてお湯を飛ばしてくる。顔にかかる。能面みたいな顔でこっちにシャワーを当ててくる。股間はタオルで隠されている。仁王立ちで右手にシャワーを持っている。つぶつぶ当たってリラックスできない。リラックスしたいのに。リラックスしたくて銭湯に来たのですが。得体が知れない男に邪魔されてるのですが。得体が知れないから丁寧に注意しよう。
「すみません。リラックスしたいのでシャワーからの水を私に当てるのをやめてくれませんか。」
「すみません。花の水やりが好きなのでクセでやってしまいました。」
「あら、そうでしたか。」
男はやめてくれました。この人にもチップをあげようかな。
「私は実家が太いのであなたにチップをあげますよ。」
「ありがとうございます。」
私は10分ほど湯船浸かってリラックスした。男はずっと坊主頭にシャワーを浴びせ続けていた。
頭のおかしなシャワー男と2人で共有する時間は奇妙だが心地よいものだった。シャワー男がいたことでより充実した時間を過ごせたような気がする。私は先に脱衣所へ戻り、服を着て外へ出た。ああ、そう言えば男にチップをあげるんだったな。振り返るとシャワー男が玄関からこっちを見ている。しかしよく考えると私がシャワー男にチップをあげる義理はないじゃないか。チップをあげると言ってしまったから、それが義理なのかも知れないが、いくら実家が太いからと言ってあいつにチップをあげるのは嫌だな。絶対に嫌になってきた。シャワー男がこちらに歩き始める。私は逃げた。どこまでも、どこまでも逃げた。どこまでも、どこまでも。サッカー部助けてください。