Topic 2. Systemic Change ✖️ イニシアティブ運営
本記事ではシステミックな変化を促すための社内外の組織運営について、2007年のMIT Sloan Management Reviewに掲載されている論文 "Collaborating for Systems Change" (Senge, et al.)を取り上げて考察したいと思います。
論文は古いですが、1990年末に運営されていた欧米企業によるサステナビリティ・コンソーシアムなどからの学びを共有しているため、今日の日本におけるサステナビリティ関連のイニシアティブにも活きる内容だと思います。
概念 ーSystemic Changeを起こすためのコラボレーションの在り方
著者Peter Senge氏は、Society for Organizational Learning (SoL)という、非営利組織、企業、個人間のネットワーキングを促進することで組織的な学びを支援するNPOの設立者です。SoLは1997年に米国で設立され、組織横断的な学びのための様々なプログラムを提供するほか、参加組織のニーズに合わせたカスタムのプログラムの開発も支援しています。
1990年代後半から、SoLの参加組織は様々なサステナビリティ課題への協働的なソリューションに焦点を当てた、いくつかのイニシアティブを立ち上げました。これらのイニシアティブは、Systems Thinking(前回記事で紹介)の応用、複雑なサステナビリティ課題に対応するための個人および組織の共通ビジョンの形成などを目標としていました。
SoLはこれらサステナビリティ関連のイニシアティブの活動を通じて、
成功するコラボレーションは、
1. 概念的 (Conceptual)
2. 関係的 (Relational)
3. 行動的 (Action driven)
という3タイプの相互に関連する作業を包含しており、これらが一体となって組織横断的な学びの場を形成しているということを学びました。
以降では1〜3の三つのポイントを取り上げたいと思います。
1.概念的な作業: 複雑な課題のフレーミング(Conceptual Work: Framing Complex Issues)
サステナビリティのような複雑な問題を理解するには、Systems Thinkingのスキルが必要であり、より効果的なコラボレーションを目指すのであれば、概念的な「システム感覚」を参加組織間で共有することがより重要になります。
例えば、1999年にShell, HP, Nikeなどが設立したSoL Sustainability Consortiumでは、様々なサステナビリティのフレームワーク(自然資本、ISO 14001, LCA、エコロジカルフットプリント、WBCSD指標など)を巡り、何のフレームワークを使用するのが正しいのかという議論が起きていました。
そこでSustainability Consortiumはフレームワークの整理を行うサブグループを形成し、
1. サステナビリティを説明する概念には、3つの異なる世界観(合理主義、自然主義、ヒューマニズム)があること
2. 様々なサステナビリティフレームワークは、各々異なるレベルの経営システムに関係すること
を特定しました。
複雑な課題に直面すると紐解きをアウトソーシングしたり、一部の専門家に任せがちですが、そのように形成された概念には関係組織の深い理解やコミットメントが欠けてしまいます。概念的な思考作業および共有をイニシアティブのメンバーが共に行なうことでコミュニティができ、発展的な応用や検証を促すのです。
メンバー組織の一人は、本作業を通じて「サステナビリティについて混乱していたのは自社だけでないことが分かった。また、アウトカムや戦略におけるサステナビリティの意味するところを自社にあった方法で他社に伝達するのに役立った」と言います。
Systems Dynamicsやストック・フロー図を活用し、シンプルにかつ要点を落とさないよう概念を可視化することも、共通認識を形成する上で重要な点といいます。例えば、以下は様々なサステナビリティのフレームワークを経営レベルごとに整理した図です。このような具体的なアウトプットをアセットとして持っておくことも、その先のソリューション開発を円滑に進めるために重要です。
2.関係性の作業: 対話と共同的探求(Relational Work: Dialogue and Collaborative Inquiry)
組織間のコラボレーションを成功させるにあたり、次に重要なことはパーソナルなレベルから始まる関係性を築くことです。
女性リーダーによるサステナビリティ推進を促すためのイニシアティブ、Women Leading Sustainabilityでは、サステナビリティ推進に関する成功ストーリー、個人的な課題、子どもの目線から学んだ教訓を共有する対話の場を提供しました。このような対話を通じて、参加者はサステナビリティに取り組むモチベーションが、ビジネスの利益向上のためだけでなく、家族や自身にも絡んでいることを認識し、サステナビリティに取り組む目的意識を持つことができるようになったと言います。
今日では「とりあえずやってみる」精神が強く、行動と内省の時間があまり設けられていません。コラボレーションは、様々な人を交えた計画されていない対話から始める必要があり、そうすることで結果的に意味のあるシステマチックなイニシアティブや実践の方向性が見えてくるのです。
対話における深い問いや議論は、個々人の関係性の上で、意図せず浮上するものです。予め深い問いを設定することはできませんが、個人ごとのチェックイン(1-on-1ミーティング)を設定し、その中で余白の時間を作ることはvulnerableな対話を促すことにつながります。
3.アクション・ドリブンの作業:共同的な変革イニシアティブの構築(Action-Driven Work: Building Collaborative Change Initiatives)
三つ目に重要なことは、具体的なアクション・イノベーションを起こしながら、コラボレーションを進展させていくことです。
概念構築の作業、関係性の作業、アクション・ドリブンな作業を効果的に融合するためには、従来の計画立案型のアプローチではなく新たな、より個人的かつシステミックなアプローチが求められます。
Unilever, Oxfam, Kellogg Foundationなどが設立した、40名の中上級、シニアレベルのリーダー層を中心としたSustainable Food Lab は、新たなコラボレーションのアプローチを取った例です。参加リーダーは、
(1)現状と新たな現実に対する理解を共有するための共同センシング(cosensing)
(2) 新しい知識とコミットメントを共有するための共同的な触発(coinspiring)
(3)プロトタイプを設計し、ラボチームが考案した少数のイノベーションを試験的に実施するための共創(cocreating)
を行うことにコミットしました。
ブラジルでフードシステムの現実を知るための5日間の「学びの旅」を行い、8日間の振り返りと企画のリトリートを実施、うち2日間は個人ごとに内省する時間を設けました。
最終的に、農家、買い手、金融組織が健全な生産慣行を促し合えるよう、共通の持続可能な食品生産の基準を策定するプロジェクト、中小規模農家と漁師の機会を増大できるよう特定のサプライチェーンを再構築するプロジェクトなど八つのプロジェクトが考案されました。
Sustainable Food Labの設立メンバーは新規プロジェクトの実行に際し、2年以上かけて自社を取り巻くシステムの関係者(農家など)を集めたそうです。多様なステークホルダーからインプットを得て、時間をかけて彼らを巻き込むことがシステミックな変化を実現するための鍵であると指摘しています。そして従来とは異なる、様々なステークホルダーによる大規模な対話、ナレッジシェアリング(ワールド・カフェのようなもの)も必要です。
以上、システミックな変化を促すコラボレーションに必要な三つのポイントを解説しました。まとめると、参加者間で共通概念を形成し、公私混合な対話を通じた関係性を構築した上で、システムを取り巻く様々なアクターを巻き込んでアクションを起こすことがポイントと言えます。
考察 ーイニシアティブ運営およびチーム形成と絡めて
本論文を読んでいた際に、コンサルが運営するイニシアティブ、フォーラムや、社内のオフ会を思い出しました。
特に気づいた点は、二つあります。
①個々人の内発的動機がコラボレーションの原動力になる
通常会議では公私は分け、運営者・参加者ともに「公」の顔で語ることが多いと思います。特に日本ではプライベートに触れることは慎重になる傾向があります。しかし、敢えて「公」の場でワークショップなどを実施し、お互いが「私」の面を曝け出し、対話をすることでこれまでとは異なる深さの相互理解や信頼関係が醸成され、より良い関係の構築につながるのではないかと思いました。会議外でラフな飲み会をするのも同様な役目がありますが、本会議の中で全員が「素を出す場」を設けると、その先の会議の空気感も変わるのではないかと思いました。
また、社内のチーム形成でも同じことが起こっていると思います。業務外の時間でサステナビリティに取り組むようになった動機などをざっくばらんにシェアすることで、異なる視点であっても共通のゴールを目指していることを再認識でき、協働作業により意欲的になることができます。
内発的動機に基づくコラボレーションは、よりエネルギーに溢れ、持続すると思いました。
②サステナビリティ課題の解決のためには様々なステークホルダーを巻き込むことが必然であり、時間をかけて形成したネットワークがシステミック変革の基盤となる
サステナビリティ課題は、様々な部署、上流の生産者・取引先、下流の顧客、事業を営む地域の社会、資源を採取・排出する環境など様々なステークホルダーと地理的領域が絡み非常に複雑です。故に、サステナビリティ課題に対するアクションも、本質的なビジネス変革を伴う内容であればあるほど、必然的に様々なステークホルダーを巻き込むものになります。
企業を取り巻くステークホルダーをSystems Thinkingに基づき可視化する作業を行う中で、アクションを起こす際にこれらステークホルダーを巻き込む必要性があることを認識することになります。イニシアティブの参加企業がこれらステークホルダーに丁寧に働きかけ、協力関係を構築し、共同することが重要であり、その結果できたパートナーシップがシステミック変化を起こすための基盤になるのだと理解しました。
以上、システミック変革とイニシアティブ運営に関する考察でした。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
参考文献:
Senge, P.M, Lichtenstein, B.B., Kaeufer, K., Bradbury, H., Carroll, J.S. (2007). Collaborating for Systems Change. MIT Sloan Management Review. Cambridge 48.2: 44-53. Society for Organizational Learning
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