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【長編小説】高齢戦隊ゴールデンエイジャー

エピソード①80歳の花嫁 その3

「私は女なんだから!」
私は都会の孤独の海で、一人暮らしをしている。私は「女」ざかり、二十代のモテモテでいろいろな「男」と付き合っている……はずなのに、鏡の中にはシワだらけで白髪頭の見知らぬ婆さんがいつも自分を見返している。

「誰だ、お前!」
鏡の中のおっかない人も同じように言葉を返してくる。私の世界なら、私も「男」との恋愛をたくさん愉しめる。いつも玲於奈は
「あんたは八十歳なんだから! 歳忘れたの?」
って私の世界を壊してしまうんだ。なんでだろう?
でも、私の世界のなかで、これ以上ない「彼」に出会えたの。彫りの深い顔立ち、低い声、今までの「男」と違ってすぐに暴力を振るわない。まさに理想の人! でも、なかなか振り向いてもらえない。これまでの「男」なら、ちょっと、いや相当痛いのと怖いのを我慢すれば、「女」として受け入れてくれていたのに。どうして?

ここは私だけの世界。幼いころから父親の暴力に耐えてきたら、トリップできるようになっちゃった。母は見て見ぬふり。親からひたすら愛されたかったな。でも、愛って何だっけ。もらったことないから、わかんないや。私、今どきのメンヘラっていうのかな。二度も結婚したけど、夫が二人とも暴力をふるってきてさぁ。

「助けて!」
誰にも聞こえない心の声。トリップすれば、つらくないから。結局、「男」に失望して、二度も離婚しちゃったよ。「男」から暴力振るわれるのって普通なのかな? でも、「男」どもから「女」として求められているときだけは幸せなんだよね。
「彼」はなぜ、こんなに弱いんだろう。暴力を振るわない「男」なんて本当にいるのかしら。今までの「男」とは違う!
どうしたら、「彼」を堕とすことができるのかな。暴力の的になることでしか、愛情とやらを受けとめられなかった。だから、自分から何かをしたくても、何をしていいのかわからない。もどかしい。愛ってよくわからないんだ。

何もできないまま、「彼」と話してる。それは春の日差しのように穏やかで温かかった。半年も経ったころだろうか。「彼」から大事な話があるって。
それは、プロポーズだった。私は話しかしていないのに。私なんかでいいのか、と訊くと、
「あなたでなければダメなんです」
と嬉しい返事。今まで生きてきたなかで、一番の幸せを味わった。愛ってこのこと?
大事な大事な私だけの世界。でも、玲於奈にプロポーズされた話をすると、猛反対されてしまう。それもそうだ。この世界を玲於奈は見ていないのだから。でもさ、その反対してる人って、本当に息子なの? 私に息子なんていたっけ? 私まだ二十代だよ。やっぱり、自分が大事。だから、プロポーズを受けることにする。
私を愛して! 「彼」から「女」として求められて幸せの絶頂になった次の瞬間、一人暮らしのボロアパートの一室でたたずんでいる私。八十歳の痛々しい私。誰にも振り向かれない私。なんで? 

唯一の救いであるはずの「女」としての性(さが)。体だけでなく、「男」からの暴力を受けることが当たり前。「女」として認められるためには心の蹂躙があって当たり前、そう思ってた。でも、優しくされることも愛のひとつだったのね。
「痛くない愛もあるんだ!」
届かない想い。暴力で支配されたことのない人だったら、今までの優しい言葉を素直に受け入れられたはず。私は会いたい! あの人に! 私だけの世界に戻ろう! テーブルの上のこれ使えるかも。いつもの医師からもらった睡眠薬。普段はあまり使わないけど、一粒飲めば、トリップできる。あとさき考えている場合じゃない。「彼」に会わなきゃダメ! ぜ~んぶ飲んじゃえ。
やった、トリップ大成功! 私だけの世界のなかで「彼」は微笑んで待っていてくれた。今は「夫」になり、こちらに行こうと手を差し伸べてる。

「待って、今行く!」

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