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34.戦争はビジネスチャンスだ。

2001年9月11日に起きたアメリカでの同時多発テロというのは、私は鮮明に覚えているが、そうでもない方も多いかもしれない。現在のアメリカの体制ができてから領土が直接攻撃されたのは太平洋戦争時に日本軍が行ったもの以来である。
当然アメリカは激怒し、テロとの戦争が始まるわけだ。しかしテロ組織アルカイーダの首魁オサマ・ビン・ラーディンは全然捕まらない。ターリバーン政権下のアフガニスタンに潜伏しているとして米軍がどんどん投入され、アフガニスタンでは彼は見つからず、イラク戦争にまで発展していく。
結局彼がパキスタンの寒村で殺害されたのは2011年になってからであった。

そもそもアルカイーダが武装テロ組織であったというのも怪しい部分がある。私の知りうる範囲ではあるが、少しお話しておこう。
このオサマ・ビン・ラーディンなる人物、そもそもサウジアラビアのゼネコンの御曹司でアフガニスタンにはソ連のアフガニスタン侵攻に対抗する義勇軍の関連で来たのだという。そのままアフガニスタンに居ついたらしいが、サウジアラビアからの資金供給のフロントとしての役割もあったのだろう。
その後イスラム過激派が反米化するにつけ、やはり資金供給のフロントは彼であったようだ。

アルカーイダという組織自体は過激派の緩い連合の調整役であり、反米テロなどを計画して実行役を集めたり、逆に反米テロをしたい過激派が作戦や資金の相談に行く先であったとの話もある。彼はイスラム過激派業界の象徴的重鎮といった趣であったらしい。

さてこのアフガニスタン戦争からイラク戦争終結まで、いくらなんでもだらだらと長く続けすぎといった部分はあった。オサマ・ビン・ラーディンを国際指名手配して、なんとしてもやっつけるのだとして、始めた戦争ではあるが、彼が全然捕まらない中、徐々にその意味は変化していく。

アフガニスタンをテロ支援国家だと言ってボコボコにしたあたりで終わっとけばいいものの、今度はイラクが大量破壊兵器があると言って、イラクに侵攻し始める。

このイラク戦争が曲者で、結果終わってみればサダム・フセイン政権を倒しただけで、大量破壊兵器は見つからず大儀らしい大義もなかった。この戦争自体何だったのかを理解している人は多分いない。それぞれの立場から私見で語ることができるだけだ。

アメリカ側の事情とすれば、戦争となれば多くのカネが動くのは当然だが、今回は民間軍事会社を大量投入して兵站業務などを委託したという特徴がある。これには主戦派議員たちの後押しがあった。
そもそもあの砂漠地域で戦線を維持するのは米軍が得意とする大型拠点基地を少数建てるやり方では無理があり、小型の基地をたくさん作り衝突があれば近隣基地が集結して対処する分散型のほうが向いている。ただし、兵站コストは上がり、民間委託をせざるを得なくなる事情もわかる部分ではある。
とにかくも、兵站が民間委託となれば、資材や用品の調達はBtoB取引となるわけで軍に納入するよりも柔軟な取引で、多彩な参入チャンスということになる。民間の活力を最大限活用すると言えば聞こえはいいが、利益誘導的な側面も大いにあったことだろう。
さらに、親イスラエル派の支持や、石油利権にかかるものなど戦争することにポジティブな思惑はいくつもあった。それがどこからかもたらされた「イラクには大量破壊兵器(≒核兵器)がある」という説と結びつき戦争を後押ししていった。

一方のイラク側としても、大量破壊兵器の存在をハッタリとして使っている部分はあったので、ここまで派手に攻められるというのは想定外ではあったが、さっさと降参したフリをしてみんなで地下に潜りゲリラ的な戦術を展開するという戦術で、正規軍同士の戦闘は終わったはずなのに、米軍に犠牲者が増え続け、だらだら終わらないという状況を作り出している。
また、イラクの一部地方で虐げられていた少数民族が立ち上がるきっかけになったという意味では、イラク国内にも米軍歓迎の態度を示した部族もあったようだが、結局占領政策の失敗から無法地帯化、あるいはイスラム国なるものの台頭につながってしまったりしている。

結局それぞれの立場の人がそれぞれの思惑と利益の最大化を狙って動いた結果、戦争が終わらなかったということなのだろう。戦争は儲かるからな。


※助手からひと言
サンドバーグさんもこの一連の戦争でかなりの儲けがあったらしい。それがアメリカ側陣営に関わってのものなのかどうかは明言してくれなかった。

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