遠征プログラムを終えて (寄稿)
新設の産地遠征プログラムを受講させていただきました矢作と申します!
今回のプログラムの総括を担当させてもらうことになりました。恐縮です。
宮浦さんよりバイブス高めでとのリクエストを頂いたので、私の主観強めで学んだことや感じたことを書き綴らせていただきます!
私は2024年6月〜8月までは産地の学校の10期生として蔵前の教室を拠点とし、様々な形で繊維と向き合うバラエティに富んだクラスメイトたちと座学をメインに体系的に繊維や産地について学んでいました。
すごく充実した3ヶ月でしたが、まだまだ学び足りない!もっともっと産地に赴いて学びたい!という欲を満たすべく、そのまま9月〜11月の日程で今回の産地遠征プログラムという実地メインのプログラムにも2期連続で参加することにしました。
全国の繊維産地のオープンファクトリーイベントを宮浦さんとまた新しいユニークな仲間たちと一緒に回ることになりました。
オープンファクトリーキックオフイベント
いきなり今回のプログラムに含まれていない日の話からになりますが、個人的にはこの日を語らずして総括はできません。
2024年8月29日(木)
台風が迫っている中、文化学園で行われた繊維産地オープンファクトリーのキックオフイベントが開催されました。
交通機関に影響が出るほどの悪天候の平日の夕方にも関わらず、130名を超える人が集まっていました。狂気ですね。
「そうだ、産地に行こう。」というどこかで聞いたことのあるようなフレーズを合言葉に、7つの産地の代表の方々が順番に産地やオープンファクトリーの魅力をプレゼンしてくださいました。
ご登壇された産地の方々は、
360°よねざわオープンファクトリー(米沢産地)
CHITAMOMENT(知多産地)
DENIM EXPO(備中備後産地)
ハタオリマチフェスティバル(山梨産地)
ひつじサミット尾州(尾州産地)
西脇・多可オープンファクトリー「もっぺん」(播州産地)
五泉ニットフェス(五泉産地)
とにかくみなさんの熱意がすごく、産地の魅力を伝えたい、知ってもらいたい、産地として抱えている問題を前向きに解決していきたいという想いが溢れており、みなさん持ち時間をオーバーしながらも熱弁されていました。
私も宮浦さんから授かった世界に10枚しかないといわれる「そうだ、産地に行こう。」Tシャツを着て、個別交流タイムに産地の学校ブースに立たせてもらった経緯もあり、そのままいくつかの産地の方々と打ち上げもご一緒させていただきました!
そこでもみなさんが産地の魅力、生地の良さについて、産地の課題について熱く語り合っているのが本当に素敵でかっこよくて、すっかり感化されてしまった私は、これはもう絶対にこの人たちの産地に行かねばならぬと、熱気と狂気が渦巻く台風の夜に強く心に誓ったのでした。
米沢産地
蔵前の教室での受講生どうしの初日の顔合わせを経て、9/14(土)の米沢産地の360°よねざわオープンファクトリーから産地ラウンドがスタートです。
米沢織や米織と呼ばれるほど、織物産業の歴史が長く発展してきた米沢は絹織物の産地として有名です。山形で生まれ育った母に米沢を回った話を後日したところ、米織は有名よねと言われるほどに県内の主要な産業の一つとして古くから認知されてきたことを感じます。
この日は安部吉さん、行方工業さん、行方織物さん、山口織物さんと鷹山堂、そしてnitoritoさんを訪問しました。
安部吉さんは絹の袴地の全国シェア90%を占める米沢織の老舗の織元さんです。長らく和装生地を織ってきた安部吉さんですが、国内のデザイナーズブランドや海外ブランドからの受注が増えているそうです。
マトラッセジャカード(膨れジャカード)の生地が印象的でした。二重織りで裏に強撚糸を入れることで表が押し出されて立体的で膨らみのある生地になるようです。
また、中国語が堪能な安部社長が自ら中国や台湾市場の開拓のために営業にも行くそうです。長く培ってきた技術だけではない強さを感じさせられました。
行方工業の行方社長は気さくにお話してくださる方で、お昼をご一緒させていただいたときのお話が印象的でした。生地のフィードバックを得たくともデザイナーとの間にも企業が入っており、直接コミュニケーションを取れないので、納品時に手書きのメッセージを加えるようにしたそうです。
生地の特性や失敗したけど面白い仕上がりになっていることなどを自分の言葉で伝えられるようになり、以前よりも反応が返ってきてものづくりがおもしろくなったとおっしゃっていたのがとても素敵でした。
この日は立て続けに絹織物の機屋さんを回らせていただいたことで、段々と知識が深まって解像度が上がっていく感じがあり、非常に実りある時間を過ごせました。
小分けした経糸を砂場に立ててドラムに巻き取ります。砂場に立てる理由は湿度管理(湿度が必要なときに水をまく)や、滑り落ちた生糸が引っ張られたときに下をくぐって絡まないようにするためだそうです。この日に訪れた他の機屋さんも同じように砂場に経糸を立てていました。
今回初めてシルクの製織の現場を見学させていただいて驚いたのは経糸(たていと)の細さと本数の多さです。
午後に訪問した行方織物さんは、目を凝らさないと見えないほどの細番手の絹糸を2万6千本も通しており、シルクの光沢感も相まって神々しさすら感じました。
一から経通し(経糸を織機の各部に通す作業)をすると一ヶ月以上もかかるそうです。
行方織物さんはミカドシルクという絹織物を作られており、ウェディングや正装生地の分野を得意とされています。ミカドシルクは独特の光沢感があり、ハリのある高級感を感じられる生地でした。
山口織物さんは4mの超広巾の電子ジャカード機による写真織という技術を開発し、特許を取っておられます。プリントとはまた違うジャカードの織柄での写真表現は非常に興味深かったです。
経糸を通す綜絖(そうこう)が独立して動くので細かい表現が得意なジャカード機ですが、写真を柄に落とし込んで織る技術には驚きました。
文化服装学院に通う「yoneoくん」こと息子の英太さんも当日は現場に立ち、来場者に向けて説明を行っていました。彼はイベントに登壇して米沢の魅力を発信したり、全国の産地を回って勉強していたりと、学生ながら精力的に活動しており、会って話すたびにとても良い刺激を受けます。
また、山口織物さんは鷹山堂 Fabric & Coffeeという米織のショップとコーヒースタンドを併設した空間もプロデュースされており、ユニークで多才さを感じる機屋さんでした。
最後に訪問したnitoritoさんは、ニットと織と=「knit to ori to」に由来する通り、織機だけでなく、丸編機も扱っている青文テキスタイルさんを生産拠点とするブランドです。代表の鈴木健太郎社長は、米沢の生地でも最終工程が違うと産地の名前が出ないため認知されない。米沢の名前で製品まで作るためにブランドを立ち上げたとおっしゃっていました。
産地を回っていて他の機屋さんからも同様の課題を耳にすることがありました。
その中で産地の課題を問題提起して、行動に移してこういったブランディングを行うことはとても意義のあることだと感じました。
後日、東京で展開されているところを見つけました。米沢の魅力が詰まったブランドを県内外の多くの場所で発信されています。また、鈴木社長は今回の360°よねざわオープンファクトリーにおいても中心の役割を担っておられます。
そして、もう一人今回のオープンファクトリーイベントの中心を担っていた青山さんとの出会いも個人的にはすごく刺激になりました。彼女はイベント全体のクリエイティブな部分を担っており、他のメンバーとは違い工場の人でもなく、米沢で育った訳でもないとのことです。
しかし、だからこそ違う視点で産地の魅力を発見し、産地には無かったノウハウで発信することができるのだと思いました。
8月のキックオフイベントでお会いしたときから人を惹きつける明るいパワーが印象的で、産地を盛り上げていくには前述の方々も含め、これまでの型に囚われない、こういった違うアプローチのできるプレイヤーの大切さを感じました。
備後産地
広島県福山市を中心としたデニムの一大産地である備後産地です。
産地の学校はDENIM EXPOの開催日の前日にあたる10/3(木)に回らせていただいたのですが、私は都合がつかずイベント初日のツアーに参加させていただきました。
実は今回デニムについて学ぶのを2つの理由ですごく楽しみにしていました。
1つ目はキックオフイベントの際にデニムのイトグチの湯浅さんが現れたときの衝撃の凄まじさです。藍で腕まで真っ青に染まっており、強烈な熱量でデニム愛を語っている姿に会場中がどよめき釘付けになりました。
後で本人に聞けば、デニムが好きすぎて琉球大学を中退し、原付で福山まできて住み込みで働きたいと申し出たという、彼をそこまで突き動かしたデニムについてもっと深く知りたいと思いました。
2つ目はこれもキックオフイベントの日ですが、飲み会のときにデニムは究極のB品(不良品、規格外品)だという面白い意見が出ました。たしかにデニムは一般的に染色堅牢度(生地の色落ち・変色耐性)が良くなく、わざわざ「中白・芯白」というインディゴ染料を糸の芯まであえて染めきらない染色の仕方をします。
使っていくうちに外側の染料が落ちてきて、中の白が見えてくることで生地を育てて変化を楽しむ独特の文化がありますね。一般的には避けたい色落ちをあえて楽しむ、たしかに究極のB品かもしれません。
前置きが長くなりましたが、身近なようで意外と知らないデニムについて、日本一のデニム産地である備後産地で学ばせていただきました。
工場見学ツアーに向かうバスの中で備後産地の繊維産業の変遷についてご説明いただきました。
備後産地の繊維産業の歴史は綿花栽培から始まり、その後に絣(かすり)が発展していったそうです。備後絣は久留米絣と伊予絣と並んで、日本三大絣に数えられます。しかし1960年代以降に備後絣の生産量が落ちていき、それに代わる新しい産業としてデニムの生産量が上がっていったそうです。現在は福山市内で120以上のデニムに関わる事業者がいるそうです。
今回のツアーでは山陽染工さんと関連会社である中国紡織さんを訪問しました。中国紡織さんは日本で唯一のループ染色機を持っています。
デニムの染色は糸をロープ状の束にして染めるロープ染色がメジャーとのことですが、染色槽を繰り返し通すループ染色を行っています。同じ染料を4回~5回通って染めることで、排水や染料の使用を削減できるメリットがあるそうです。
中国紡織さんは糸染めですが、山陽染工さんはインディゴの生地染めを行っているそうです。こちらも日本では他に量産できるところは無いようです。
山陽染工さんで特に面白かったのは段落ち抜染という唯一無二の技術です。インディゴで染めた生地に白い染料で柄を付けようとすると、インディゴの色が強くて上手く柄出しできないため、薬品の酸の濃度を調整して濃淡をつけながらインディゴの色を抜くことで柄を表現します。作業段階ではその違いが分かりにくく、素人から見ても職人の目が必要な難しい技術だということが分かりました。
今回のツアーとは別で特別に篠原テキスタイルさんも見学させていただきました。
今回は少人数で訪問させていただいたので、織機をじっくり見ながら教えていただきました。シャトル織機についても、これまではシャトルが緯糸(よこいと)を運んで織っていくという認識しかありませんでしたが、各部の動きをゆっくり見ることができ、とても勉強になりました。
篠原テキスタイルさんは綿織物の工場ですが、綿埃が気にならないほど綺麗に保たれていました。
産地の中心的な人物でもある篠原社長はお話していて、ものづくりへの愛や産地の発展への熱意がとても伝わってきました。以前は大正紡績で働いていたそうで原料のことにも詳しく、デニムで使用する糸の残糸やアップサイクルの原料を使用して靴下などの雑貨を作るシノテックスというブランドも展開されています。
この日は産地の展示会や交流会にも参加させていただきましたが、本当にデニム愛の強い人ばかりで、こんなにも産地の生地について熱量をもって語る人が集まっているところは他に無いんじゃないかと思えるほどでした。
実はこれまでデニムへの関心がそこまで高くなかったのですが、色々と教えてもらったことで奥深さと面白さを知り、デニムへの興味がぐっと深まった1日でした。
尾州産地
日本一の毛織物の産地である尾州では10/25(金)〜10/27(日)の日程でひつじサミット尾州が開催されました。私個人としては10/25(金)と26(土)の2日間たっぷり勉強させてもらいました。
初日はご縁あって今回のひつじサミット実行委員長である中隆毛織の木村さんにアテンドしていただき、艶清興業さん、伴染工さん、小塚毛織さん、そして三星毛糸さんでひつじサミットのトークショーと交流会に参加しました。
2日目は産地の学校の一部メンバーで、国島さん、森保染色さん、ソトーさん、タキヒヨーさん、小塚毛織さんを訪問させていただきました。
染色整理加工を見学させていただくのは今回が初めてでした。2日間も回らせてもらって本当に良かったのは、艶清興業さんで金曜に稼働している工場を見学させていただき、翌日にソトーさんで体系的に説明していただいて、止まっている機械の構造などを見せてもらったことで、ようやく知識として入ってきた感覚がありました。
米沢のときもそうでしたが複数の工場を見学させていただくことで、段々と解像度が上がって知識として定着していくのは本当にありがたいです。
艶清興業さんもソトーさんも施設が大規模で驚きましたが、その工程の多さを知ると納得でした。
生機の状態で入ってきて検反から始まり、
検反→毛焼き→洗絨→煮絨→縮絨→乾燥→染色→起毛→剪毛→プレス→蒸絨
本当に多くの工程を通ります。その工程を経るごとに生地の風合いが明らかに変わっていくので、各工程の大切さが分かります。
伴染工さんでは綛(かせ)染めを見学させていただきました。
専用の穴の空いたボビンに巻いて多くの量を均一に機械で内側から一気に染め上げるチーズ染色と比較して、糸を一定量の束にして輪のようにした綛を一つずつ掛けて染める綛染めはとても手間がかかります。
しかし、チーズ染色のように糸をきつく巻き付けないため、柔らかな風合いを残したまま染色をするのに適しています。染めムラが起きにくいという利点もあるようです。
とても意外で驚いたのが美容室で使うヘアカラーチャートも綛染めしているとのことでした。伴さんはカラーチャートの分野で国内の7〜8割という大きなシェアを占めているそうです。
国島さんは尾州で最も歴史のある毛織物メーカーです。
高密度の織物に特化されており、一般的には高密度の織物は糸同士が近いため静電気などで切れやすくなるそうです。しかし、国島さんでは糸の特徴を掴んで細かな調整を行うことで糸切れを防いでいるそうです。
また、歴史ある機屋さんにも関わらずシステム化が相当に進んでおられます。工員さん全員に携帯電話を支給して緯糸切れなどの情報を常に報告し、IOTを導入してすべての織機の情報がモニターで一元管理されています。
エンジニアの方でないと対応できないような不調がある場合は、すぐに現場の工員さんから上長に共有されて対応されるそうです。また、検反時に発見された傷から織機の情報がエンジニアに共有されるという徹底ぶりです。
いち早く自動検反機を導入されるなど、あらゆる面において効率化・自動化を進められており、非常に先進的な工場でした。
森保染色さんはひつじサミットのイベント会場となっており、岐阜の加藤繊維の森社長に柿渋染めした衣装を着させていただきました。
タキヒヨーさんでは毛紡績の工程を順を追ってご説明いただきました。
今までちゃんと意識したことがありませんでしたが、紡績とは紡=撚る、績=伸ばすという意味だそうです。今回は英式紡績という、もう日本の一部でしか使われていない毛紡績について教わりました。英式紡績はクリンプ(糸の縮れ)がかかろうとするところにZ撚りを何度もかけていくそうです。
解毛する段階から糸になるまでの工程を順を追って説明してくれるのが分かりやすく、一般の方も多く参加されていました。
そして2日連続でお邪魔してしまった小塚毛織さん。小塚さんはカナーレさんと業務提携されており、非常にユニークなファンシーツイードを織られています。
こんなのどうやって織るんだろう?というような個性の強いファンシーヤーンやテープヤーンなどを使って織った生地はとても興味深いです。織機にかければ何でも織れるとおっしゃっていたのがかなり衝撃的でした。
26日(土)はカナーレの代表の足立さんもいらっしゃり、我々が選んだ糸を使ってその場で織ってくれるという、恐れ多すぎるサービスをしてくださいました。
産地としても大きく、ウールという強い武器のある尾州ですが、個人的には産地における発信力の高さも印象に残りました。ひつじサミットはwebサイトやSNSがとても見やすく、分かりやすいです。情報が拾いにくいとそこで挫けてしまう人も多いので、人を集めるという目的においてすごく大事なポイントだと思います。
また、ひつじサミットでは期間中は毎日テーマに応じて産地外からゲストを招いてトークショーが開催されていました。音楽ライブの開催や交流会では羊の丸焼きが振る舞われるなど、イベントとしてのコンテンツ力の高さも優れていると感じました。
米沢の話でも触れた産地における違ったアプローチができるプレイヤーですが、尾州では特にものづくり以外の役割を担う多彩なプレイヤーがいると感じました。
そして、工場の方々もなぜかみなさん喋るのがやたらお上手。ユーモアもあってお話がとても分かりやすかったです。暖冬による重衣料の不振など、毛織物産地である尾州には難しい問題であると思いますが、そんなことを微塵も感じさせない活気に溢れていた尾州産地でした。
播州産地
前日に尾州で夜更けまで調子に乗ってしまった我々(ごく一部の人間だけです)は、翌朝に眠い目をこすりながら播州産地に向いました。兵庫県西脇市を中心とした北播磨地域にある播州産地は、播州織と呼ばれる綿の先染め織物を強みとしています。
西脇市のご協力もあり、tamakiniimeさん、大城戸織布さん、東播染工さん、播さんの縫製工場をバスで回らせていただきました。
tamakiniimeさんは以前から気になっており、今回行くのを楽しみにしていました。
代表の玉木新雌さんが西脇に移り住み、シャトル織機でショールを織るところから始まり、今ではレピア織機や丸編機、横編機にホールガーメントまで扱っています。しかも、職人ではなくデザイナーが自ら機械を動かして、パターンや縫製までも行うそうです。
さらに、織る・編むという作業の前の段階である綿紡績や染色までも行っており、本当に紡績から縫製して製品に至るまでを一貫してできる体制になっています。
現在は日本国内の綿産地で60の団体・農家と繋がっており、国内での綿調達に力を入れているそうです。印象的だったのは、輸入綿はコンテナで輸送するために圧縮するので傷んでおり、国内の綿は比較すると柔らかいまま調達できるというお話でした。
玉ねぎ農家さんから不要になった皮を譲り受けて染色に使用する取り組みもされているそうです。
玉木新雌さんに今後の原料調達の展望について質問したところ、これからは養蚕にもチャレンジしていきたいというお話もありました。
もしかしたら失礼かもしれませんが、強いメッセージ性もあり、第一印象は少し浮き世離れしたユートピアのような場所だと思いました。しかし、お話を伺っていくうちに土地との共生や自給自足といった人間として、動物としての循環や営みとして自然な選択を続けていった結果としてこのような形に辿り着いたのかなと感じました。
広報の藤本さんとお話した際に、綿の先染め織物でチェック柄などのイメージのある播州ですが、このようなユニークな取り組みを積極的に行うtamakiniimeも受け入れてくれるほどに播州産地の懐は深いというお話も興味深かったです。
大城戸織布さんは宮浦さんが播州のエジソンと呼ぶ機屋さんです。
行ってお話を聞いてみて納得、これほどまでに創意工夫という言葉が当てはまる方はそういないのではないでしょうか。
まずは房耳の有効活用、生地を織った際に出る房耳を捨ててしまうのはもったいないと単に有効活用を図るのではなく、そこにニーズが生まれているからと房耳を綛に巻く装置まで開発されていました。
また、綿織物の機屋さんであるにも関わらず綿埃が無く、篠原テキスタイルさん同様にとても綺麗に保たれています。綿埃が舞わないような装置を作成し、綺麗に保つのが当たり前、「埃は誇り」なんて言っている機屋は信用できないとおっしゃっていたのも印象的でした。
更には、「布トラディバリウス」と名付けている木製のレピア織機を自作されています。Instagramのアカウントで試行錯誤しながら改良していく様子を発信されています。凄すぎます。
大城戸織布さんはレピア織機ですが、シャトル織機について説明してくださったのが非常に分かりやすく面白かったです。
シャトルの木管に巻かれた緯糸の量が減っていくにつれて糸のテンションが変わっていくため、糸がパンパンに巻かれた状態から少ない状態を繰り返すので、そのテンションの差によって生地の風合いが生まれるそうです。
また、経糸が開口した際にシャトルが通るため、開き始めと閉じ終わりになる両端はシャトルと経糸が擦れてテンションがかかるが、完全に開口している真ん中は経糸に全く干渉せずに何の抵抗もなく緯糸が運ばれるとのことです。そのため、マグロに例えると両端がトロで、真ん中が生地の一番おいしいところなので大トロだそうです。とても分かりやすい!
大城戸織布さんは常に改良するために織機やミシンなどを改造し、自社で撚糸もやられており、独自のアプローチでものづくりに向き合う本当にかっこいい機屋さんでした。
東播染工さんは日本で唯一の染色・サイジング・織り・加工まで一貫で行うテキスタイルメーカーです。この日は日曜のため休業日ですが、特別に設備を見学させてくださいました。
チーズ染色の際に糸を巻くコーンです。中から染料を通すために穴が空いています。ワインダーで糸をチーズに均一に巻き直すのが肝とのことです。
東播染工さんでは経糸のビーム染色も行える体制になっています。経糸を1,000m巻いて同様の仕組みで染めるそうです。そのため、チーズ染色よりも大量に染められるとのことです。
播州では整理加工を行えるのは東播染工さんを含めて2社のみとのことでした。この日は染色と整理加工をメインにお話を伺いましたが、織りなども含めて一貫してできる強みを活かして、jisetsuというブランドを展開されています。
そして最後は産元商社である播さんが新設した縫製工場を訪問させていただきました。播州織の生地であっても、産地内で縫製しなければ播州の製品にはならない。メイドイン播州の製品を届けるために「西脇ファッション都市構想」事業を活用して設立に至ったとのことです。
米沢でnitoritoの鈴木社長から聞いたお話とも重なる、産地を大切にする強い想いを感じました。
国内の先染綿織物の7割以上を占めるという一大産地である播州ですが、個性豊かな会社が多く、藤本さんのおっしゃっていた産地としての懐の深さという言葉を実感できた1日でした。
播州織のシャツを着ていきましたが、残念ながら誰にも気づいてもらえませんでした。
五泉産地
ここまで絹織物の米沢、綿織物の備後と播州、毛織物の尾州と織物業が発達した産地を中心に回ってきましたが、最後は日本一のニットの産地である五泉です。
五泉も元々は絹織物に強い産地だったそうですが、戦時中に金属である織機が回収されてしまったことなどもあり、戦後に新しい産業であるニットの一大産地として発展したそうです。
今回は五泉市のご協力でニットフェス開催前日にあたる11/15(金)に産地の学校バスツアーとして、共同精練さん、高橋ニットさん、ナックさん、そして五泉ニット工業協同組合の施設であるLOOP&LOOPで交流会にも参加させていただきました。
私は個人的に一部のクラスメイトたちと五泉に泊まり、翌日からのニットフェスでサイフクさん、ウメダニットさん、塚野刺繍さんを訪問させていただきました。
糸の染色加工を行う共同精練さんは、地元の絹織物の機屋さんとニット組合の共同出資で始まった会社だそうです。共同精練さんはチーズ染めも綛染めも両方できるそうですが、圧倒的にチーズ染めが多いそうです。
化学繊維は前提として染色するために開発されているので、天然繊維の方が染めるのは難しいというお話は非常に納得でした。
色ムラや色落ちの簡易検査を工場内で行い、色ムラはボビンの最内側と外側で比較検査するとのことです。染色にムラがあったときは一度脱色してから染め直すそうです。
高橋ニットさんは5G〜16Gまでの横編機が稼働しており、ローゲージからハイゲージまで幅広く対応できるニット工場さんです。ホールガーメントもあります。
高橋ニットさんは編み立てた生地を基本はロックして本縫いするそうです。
工場さんによってはリンキング(ループ同士をチェーンステッチで繋ぎ合わせる横編特有の縫製方法)ばかりのところあるそうです。
個人的にはウールのスケールは刈った後も湿潤して放湿を繰り返すというお話が興味深かったです。
ナックさんは元々は整理加工業から始まったそうですが、現在では原料手配から整理加工、製品の製造に至るまでを一貫してできる唯一の工場になったそうです。
そして初めて見ました。チーゼルの起毛機です。チーゼルとはマツムシ草科の植物で、写真の通り太く尖ったトゲが特徴です。
実際に起毛作業を体験させていただきました!思ったよりも引っ張られる力が強く、また綺麗な風合いに起毛させるのが難しかったです。
サイフクさんにはニットフェスのイベントとして一般の参加者の方々と一緒に工場見学させていただきました。
リンキングの作業などを間近で見学させていただきました。
今回はニッターさんをメインに回らせてもらいましたが、ニットフェスの中で塚野刺繍さんも訪問させていただきました。
塚野刺繍さんは刺繍体験などを行っており、工場見学ではなかったのですが、勝手に刺繍機を覗き込んでいたら声をかけてくださって丁寧に説明してくださいました。
また、上糸と下糸の調整で立体にする技術など、今までの刺繍での表現に対しての固定概念を覆されます。そもそも私は刺繍や縫製についての知識が浅いので、説明していただいたお話がとても興味深く、これから深く勉強してみたいと思いました。
ウメダニットさんでは見学コースが選択制で、恐れ多くもエキスパートコースに参加させていただきました。通常の工場見学に加えて企画をどうやってニットに落とし込むかという視点でのお話はとても興味深く面白かったです。
3DCADを使って立体的に可視化することでイメージの擦り合わせを行うそうです。ニットシミュレーションというシステムでは、編み目までモニターで配色できるそうです。糸の情報は島精機のヤーンバンクから引用できて、番手や糸本数まで調整できるそうです。
たまたま一緒に参加していたのが米沢の山口織物さんご一行だったこともあり、自分たちにない視点での質問があったりととても楽しい時間でした。
横編機のニードルベッドには埃が溜まって編んだ際に針筋ができてしまうので、年に一度はベッドを外して針を一本ずつ洗っていたらしいのですが、全自動洗浄機を導入されたそうです。
今回2日間で色々なニッターさんを回らせてもらう中で不思議だったのが呼び方です。身頃などを形作りながら編んでいく「成形編み」は共通の呼び方なのに、四角の生地に編んでいくことを「四角編み」や「ニットソー」、「パターンドニット」など呼び方がそれぞれ違っていたことです。もしかしたら私の解釈がズレていて少しずつ意味が違うのかもしれませんが、次に五泉に伺う際は各社さんに詳しく聞いてみたいと思います。
ニットの五泉、印象深かったのはそれぞれのニッターさんが自社のファクトリーブランドで直営店を持っていたことです。
工場を見学させていただいて編立から裁断、リンキングなどの工程の多さを学びつつ、製品まで一貫して作れるニットだからこそ、ニットの産地には強いファクトリーブランドが多いのだと思いました。
産地遠征を通して学んだこと
今回のプログラムでは産地の学校のメンバーと米沢、備後、尾州、播州、五泉を訪問させていただきました。
個人的に行こうと思っていた知多と富士吉田ですが、今回はどうしても日程の都合がつかず行けなくて残念です。知多は一度も行ったことがないので次のCHITAMOMENTでのリベンジを狙いたいです。
富士吉田は毎月第3土曜にオープンファクトリーを開催しているという情報を得たので近いうちに足を運ぼうと企んでいます。3年前に訪問したハタフェスにもまた行きたいし、FUJI TEXTILE WEEKがすごく良いと尾州で聞いたのでぜひ行ってみたいと思っています。
今回は3ヶ月という短い期間で5つの繊維産地を回りましたが、知多や富士吉田以外にもまだまだ行けていない産地ばかりです。この文章を書いている間にも、産地の学校で出会った仲間たちと桐生産地や滋賀の高島産地と湖東産地に行って勉強させてもらいました。
まだまだ国内の繊維産業のほんの断片しか見れていないと思いますが、そんな中でも本当に多くの学びを得ることができたと思っています。
私は実際に産地に赴くまでは、日本各地の繊維産地にこんなにも面白くて貴重な技術があるなんて知りませんでした。
昔はなんとなくのイメージで次の担い手がおらず、伝統工芸のようなものが途絶えてしまうというような認識でしかありませんでした。その一方で日本でものづくりをしているブランドの服を好んで着ており、どうしてもそこがリンクしていませんでした。
しかし、繊維・アパレルの業界に従事するようになって産業構造が見えるようになり、自分でも調べたりすることで次第に関心が強くなり、そして昨年に一つのきっかけになる出来事がありました。2023年の4月にD&DEPARTMENT TOKYOで開催されたd SCHOOLという勉強会で、八王子の奥田染工場の奥田社長から日本の繊維産地は気候や河川などの地理的要因と街道などの歴史的要因によって形成されてきたというお話を聞いて、初めて日本の産地というものを明確に意識しました。
そして、その1年後に産地の学校に通うようになって学習することで、こんなにも魅力的な技術が日本各地にあるということを知りました。
ただ、以前の私がそうだったように関心はあるのにどうやって情報を得たらいいのか分からない人も多いのではないでしょうか。
本当に素晴らしい技術があるにも関わらず、知ってもらう機会が少ないばかりに正当な価値で取り引きされない、次の担い手がおらず技術が途切れてしまうという問題があります。
ありがたいことに今回のプログラムをきっかけに各地で色々な方とお話する機会に恵まれて、技術を継承する担い手が必要なのはもちろんですが、様々な問題に立ち向かうためにはそれ以外の役割を担う色んなプレーヤーが産地の内外に必要なんだと知ることができました。
繊維産地に関わる仕事がしたいという想いだけでなく、実際に自分に何ができるのか、その答えを探すために産地の学校に通い始めた私にとっては一番の学びでした。
技術を継承する人、産地の中から魅力を発信する人、産地の中でデザインする人、産地を横断した動きができる人、産地のものづくりを理解した生産管理、産地の生地の魅力を知るデザイナー、営業、バイヤー、MD、行政、産地の魅力を広める人… そして、繊維産業に従事している人間だけでなく、産地の魅力を知って買ってくれる人。
斜陽産業のような言われ方をすることもありますが、すごく可能性に満ちていると思います。課題は多く大変だとは思いますが、このようなオープンファクトリーイベントなどを通して、ブラックボックス化していた産地が開かれ始めている今こそ変化の時期だとおっしゃっている方もいました。
今回の産地遠征プログラムを受講して学んだ我々がそれぞれの役割でできることからアクションを起こしていけたらと思います。
これだけ日本中の繊維産地を回って発信して、産地の学校を開校して我々にもたくさんの機会を与えてくれる宮浦さん。本人はこんな言い方は嫌がるかもしれませんが、これからも日本の繊維産業の発展に寄与していく重要人物だと思います。
しかし、この産地遠征プログラムを通して、そんな宮浦さんのような存在を唯一無二にしてはいけないとも思いました。宮浦さんってすごいよねって言葉で終わらせてしまうのではなく、また違った動きをする第2・第3の宮浦さんが登場していく必要があると思います。私も自分にできることを常に模索して行動していきたいと思います。
産地の課題の話ばかりしてきましたが、こんなに夢中になって各産地を回れたのは、それぞれの繊維産地のものづくりが本当に魅力的で面白く、そこで頑張っている人たちがすごく素敵だったからです。
我々が今回のプログラムでオープンファクトリーイベントを回るにあたって、各地でたくさんの方のご厚意とご協力がありました。この場を借りて感謝を申し上げます。本当にありがとうございます。
そして、一緒に学んで知識や想いを共有できる仲間と出会えたことも産地の学校で得た大きな財産です。ここまで長々と書いてきましたが、実際は各産地で教わったことのほんの一部しか書けていません。
私たちが見て感じて学んだことの1%も伝えきれていないと思いますが、それこそ百聞は一見にしかず、もし産地に関心を持っている人がいたら、ぜひオープンファクトリーイベントなどを通して現地に足を運んで肌で感じてほしいと思います。
産地遠征プログラムの課程は修了しましたが、産地の学校を通して出会った人たちとの繋がりを大切に、これからも継続して産地に足を運びたいと思います。
それでは、この濃密で充実した3ヶ月を終えて、最後はあの言葉で締めたいと思います。
そうだ、産地に行こう。
矢作和歩