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"気遣い"してる?

このツイートのオチはどっちもいいところがある。と終わらしている。

どっちがいいかなんて立場や場面によって様々なので、中庸に考えると、自分と同じが一番良く、できれば相手に気づかれない気遣いも大事ではなかろうか。
焼肉の席で、肉を焼いてくれたなら、その人が食べている間にこちらが焼く。
2人以上のお会計なら、誰かがトイレ間や隙をみて先にお会計をして、後から送金や次回お支払いをしてもらえれば、待機の時間なく次に移動できる。

勿論、上記の2つの私なりの気遣いも違うと感じることさえある。
前者なら、1度休憩入れようとしていたかもしれないし、後者なら送金できる術をもっていないかもしれない。

だから、自分が"気遣い"はしないが、期待されることや考えに対して"相手に合わせる"ことをしている。


P.S.
最初のツイートの話で私は前者であるが、父は後者である。
幼稚園を3日で辞め、小学校の友達作りに失敗した私の幼い時の休日はいつもその父と一緒であった。あるときは、居酒屋の注文で異なる商品を運ばれたり、所望の商品がお店にないと、いかなる場所であろうと責任者を呼びつけ説教していた。またあるときは、苦情の電話の問い合わせを、私に苦情の点を説明し、私が代わりに苦情の電話をいれさせることもあった。そんな幼い時期から加害者と客観的な見方が育ったので良い教育であったと思う。前者である私が、後者の考え方がわかるのは、おかしいところを疑問なく私にぶつけていたところだ。ありがとうパパ






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