髪を寄付する
コロナの影響で、世界がまるっきり変わってしまったとき、あなたは何を考えましたか?
「髪を伸ばそう」と、私は考えました。
どうせロックダウンでろくに人とは会えないでしょうし(まさか何も考えず友人に会えるようになるまで3年もかかるとは思いませんでしたが)、風貌が特に変わったとて気にする人はもとよりおらず、染めてもよかったのですが、イメチェンした姿を見せる人も機会も残念ながら存在しませんでした。
「カツラ」を必要としている人は、意外と世の中にいるようです。手軽にボリュームアップしたい人、薄毛で悩んでいる人、そして抗がん剤治療の過程で、自らの髪とさよならをしなければならなかった人。
日本でもあると思いますが、ドイツにも、特にこの最後のカテゴリーに属する人たちに髪を寄付するシステムがあります。非営利団体が全国から寄付された髪を集め、カツラを製造しています。
ドイツに住んでいる多くの人と比べて「毛の量が多く太い」と言われるサンチェス。理髪店によっては、使用しているハサミで歯が立たないなんて冗談みたいなこともありました。うちにある万能バサミでは、問題なく切れるのですが?
肉体を構成するもので最後まで残るのは骨ですが、髪も負けず劣らず残るそうです。それが、石油由来の人工毛ではなく、人毛が好まれる所以なのだとか。
2020年初頭に決心し、もうそろそろいいんちゃう?とかみさんに相談したのが、2022年半ばでした。ただ、その時はところどころ25~30センチぐらいいったかな、という程度。寄付に回す際は、結んだ状態で30センチないといけません。
うーん、このままでは丸坊主になるし、そもそも基準に満たない髪の毛ではカツラは作れないじゃないか、ともう少し伸ばすことにしました。
満を持して2023年6月。気がつけば3年半、今の髪とは苦楽を共にしていました。もともと髪が伸びるとウザったく感じてしまう質なので、伸ばし始め半年から1年あたりが一番苦しかったです。耳にかかるかかからないかで「あーっ!」と。ただその時期が過ぎると、「おお伸びてきたじゃない」と喜ぶ余裕もでてきました。
これまでにも、髪を伸ばしたことはありました。留学していた1年間はとにかくいらない出費を削ることを第一に考えていて、理髪店に行きませんでした。
成田空港に降り立った瞬間、1年ぶりに再会した友人に「どこの仙人だよ
」と突っ込まれ、そのまま1000円カットに連行されたのは、苦いのか甘いのかよくわからない思い出です。
さて、やりきりました、サンチェス。
なにもできなかったコロナ禍を越えて「髪を伸ばした。そして寄付した。」と堂々と語ることができます。
これまでの人生を振り返ると、恥ずかしながら何かを「やりきった」と言う経験はあまりないように感じます。どれも中途半端で終わってしまっているような。
もちろん、まだ三十数年の人生です。そんな短期間でなにかを仕上げたいというのはおこがましい話なのかもしれません。しかし、「完結」はとても魅力あるワードです。
今思えば、今回の髪の寄付チャレンジは、自分の中で「なにかを変えたい」という思いの発露だったのかもしれません。
曲がりなりにも30センチ髪を伸ばし、断髪まで終えることができました。
寄付する髪に関しては、ネット上で登録することができます。そこで生成されるHSナンバーを追跡すると、自分の髪がどう世の中の役に立ってくれるのかチェックすることができます。
今回、カットに協力してくれた理髪店の主人の好意で、30センチに満たない長さの髪も寄付に回すことにしました。短髪仕様のカツラには15センチくらいの髪でも重宝するそうです。
逃れることができない運命であっても、せめて自分の気にいるヘアスタイルで生活を楽しみたい。そんな思いに応えることができたなら、サンチェスなりの本望です。