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大学併設ファブスペース2カ所で働いてみて

【近況】

ファブアカデミー卒業に向けた成績評価は、評価対象となる自分の理解度を示す課題取組み状況をすべて文章化し、ウェブサイト上で閲覧できる状態にすることです。しかも、そこで作ったデータも、ダウンロード可能な状態でアップする必要があります。これらを「ドキュメンテーション」と呼んでいます。

日本国内の評価者によるローカル評価の締切が6月末だったので、すべてのドキュメンテーションはそれまでに終える必要があります。それまでに評価者からは多くのコメントがあり、その対応も適宜行いながら、ドキュメンテーションの完成を目指しました。6月最後の週末、ファブラボまで出向いて最後の実習課題を片付け、これを文章化して、ようやくローカル評価の全項目をクリアできました。

次に、海外のファブラボのインストラクターによるグローバル評価が行われます。その対応締切は7月15日です。しかし、この海外評価者のコメントはまだほとんど来ていないため、こちらも動きようがなく、この記事を書いている7月4日朝の時点で、達成度は20%にすぎません。

嵐の前の静けさ―――。

おかげで、ファブアカデミーを優先したばかりに後回しにしてきた他の仕事を順次片付けながら、これまでより多めの睡眠を楽しむこともできたこの数日間でした。しかし、正直、土壇場になってから難題が降ってきたらどうしようかと、かなり不安な毎日であることも間違いありません。


ところで、今、私は、アート系の某大学に併設されたファブスペースで、運営スタッフとして働いています。ファブアカデミー受講中、そうそう頻繁には横浜のファブラボにまで行くことができなかったので、思い付いたときにすぐに工作機械を動かせるような場所に、身を置いていたかったというのが就職の大きな理由です。契約期間は12カ月です。

やっている仕事は、ブータンのファブラボCSTにいた頃ラボ専属技師のテンジン君がやっていた内容と大きくは変わりません。利用者が来れば機械をスタンバイさせ、何か機械に不具合があれば対応し、原料や備品を在庫管理して必要なら買い足し、1日が終わればメンテナンスを行います。

一方で、機械の新規導入の決定権限まではありませんし、プロアクティブにイベントを企画立案する権限もありません。

アート系か工学系かの違い、日本か開発途上国かの違いはあると思いますが、大学併設のファブスペースを2カ所経験してみて、ファブラボCSTにいる間にこうしていればよかった、次に行く機会があったらここはこうするといった、反省点・改善点が多く見えてきました。

正直なところ、ブータンに行く前に、日本の大学併設のファブスペースで1~2カ月修行してから赴任していたら、CSTでの活動の仕方も随分変わっていたでしょう。(今頃言うなと怒られそうですけど…)

今回は、開発途上国のファブスペースでもきっと役立つ運営上のハウツーを、少しだけご紹介したいと思います。ブータンで言えば、大学併設のファブラボである「ファブラボCST」や「CNRバイオファブラボ」、首都の「チェゴファブラボ」を見るときには、こうしたポイントを踏まえて見るとよいのではないかと思います。



1.機械予約や相談・作業予約はGoogle Formで行う

ファブラボCSTでは、「Fab-Manager」という、ファブスペース運営用ソフトウェアを利用して、ウェブサイトを新たに制作し、プラットフォームとして運用しました。その時に大変だったのは毎年卒業や入学をする学生の新規登録と削除で、ウェブサイトを利用した機械予約や相談・作業予約等の利用法を、1,000人近いCSTの学生に周知徹底するのは至難の業でした。

感覚として、Fab-Managerは、利用者の顔が把握しやすい、せいぜい100~150人程度のメンバーの交流プラットフォームとしては使い勝手がいいと思いますが、CST学生を全員利用者として想定して常時1,000人以上のメンバーを管理するには相当難しいプログラムだと思いました。

一方、今勤めているファブスペースは、同じ大学併設ラボですが、全学生を利用者として事前想定しておらず、利用したい学生だけがその都度利用します。事前のメンバー登録は不要で、機械利用予約は所定のGoogle Formへの入力だけで行われます。この方が、スタッフとしてはいつもルーティンとして何をチェックしていればいいのかがわかりやすいと思います。


2.3Dプリント出力は受注制

CSTでは、3Dプリンタの使用は学生に任せていました。それも1つのやり方だと思いますが、一方で、①スタッフ側でフィラメントの残量の把握がしづらい、②マシンの動作に不具合があっても、学生が放置するか、気付かない、③課題提出期限に近づけば近づくほど、学生が台数の限られた3Dプリンタに殺到して、順番待ちの行列を作る、ファブラボの営業時間を過ぎても帰らず、居残りたい、使わせてほしいと懇願してくる、といった事態に直面しました。

今勤めているファブスペースでは、FDMを3台、SLAを2台持っていて、造形関係で出力を希望する学生が結構多いのですが、出力依頼はすべて上記1と同様、Google Formで依頼を受け、これをスタッフが逐次内容確認して、出力条件を整えてからプリント開始するようにしています。

このメリットは、日中で出力完了できるものは日中に行い、出力に時間がかかる造形物はあえて夜間作業に振り向けて、機械の稼働率を最大化できるところにあります。利用したい学生はGoogle Form上で必要事項を記入し、STLファイルもそこにアップロードし、申込みます。出力開始と出力終了は自動送信メールで連絡を受け、あとは取りに来るだけです。(サポート材を除去する作業は本人にやってもらいます。)

基本的に先着順で出力しますが、この出力時間の関係で夜間作業に後回しにすることはあります。その差配はファブスペース側でやっていて、学生に「そこをなんとか」と言わせる余地はありません。特別な時間的制約がある場合は学生も相談に来ますが、その場合も本人たちの話を聴いて、どういう日程ならできそうなのかを一緒に考えます。


3.機械の点検はもっと頻繁に

商売道具ですから、当然、機械のメンテナンス修理や、材料の残量把握、在庫管理等は、ファブスペース側で日々行っています。工学系の大学と違い、アート系の大学は大きなものを3Dプリントで一括出力したいというニーズも多いので、積層可能エリアが大きいFDMプリンタもあります。これに不具合があると一大事です。だから、メンテナンス修理はスタッフが行い、学生の雑な使用には委ねないようにしています。

この様子を見ていて、私がCSTで勤務していた頃、出社時も退社時も自分1人しかおらず、毎日のルーティンがちゃんとできていなかった部分があったのではないかと深く反省しました。今の職場だったらこじんまりとしたファブスペースなので、そのあたりは毎日ちゃんとやっても負担感はあまりないですが、ファブラボCSTは広大なフロアスペースで機材の台数も多かったので、これをちゃんとやるのは大変だろうとは思います。


4.想定利用機材によりメリハリを利かせた運営

今働いているファブスペースは、アート系の大学生が主力で、レーザーカッター、3Dプリンタ、カッティングマシンの利用者が多く、ごくたまに3Dスキャナの利用がある程度です。木工や金属加工工房は大学構内の別のところにあるため、ここはデジタルファブリケーションに特化したプロトタイピング工房です。

従って、配備機材のウェブ上での説明や予約システムも、これら主要機材に特化して掲載されています。特に、レーザーカッターやカッティングマシンは、一度機械を立ち上げてセッティングを終えると、あとの使用は学生に任せることになるので、取扱説明書は事前に学生が読めるよう、情報整理し公開されています。

ファブラボCSTではこれらの他に、ミシンや大型CNC等も取扱説明書をウェブサイトで掲載していますが、取扱説明書をすべからく細かくウェブ公開するより、本当に学生に事前に知っておいて欲しい情報だけに的を絞って掲載するのでもいいのではないかと考えるようになりました。


5.学生アルバイトの活用

学生で機械操作に習熟した子に、空き時間にファブスペースでスタンバイしていてもらうようなアルバイトを、今の職場では取り入れています。特に、レーザー加工に関しては、素材の知識や条件設定など、何度も使っている学生の方がよく知っているので、学生から寄せられる相談を別の学生がさばいてくれる方が、「利用者間の教え合い/学び合い」というファブラボのあるべき姿に近いのではないかと思っています。

また、スタンバイしている間に自分の作りたいものを作っていても、後述するように機械使用料はタダなので、自分のプロジェクトに専念することができます。

CSTでも、学生に利用者対応を任せたらどうかという議論はあり、「運営チーム」を作るところまではなんとかたどり着きました。しかし、学生に高額機械の管理を任せるのはいかがなものかとの根強い反対論があり、運営チームが彼らだけで行動するところまではなかなか認められませんでした。

また、日本とブータンとでは日中の学生の拘束時間の長さが異なり、CSTの学生はよくて15時15分以降でないとラボに来ることができませんでした。しかも、大学側都合による学生動員が突然かかったりして、とかく彼らの行動には、特に外国人の私にとっては読みづらさがありました。


6.伝票は、大学経理担当へ

今の職場では、フィラメントやレジン、機材の保守点検、備品の購入等は年間で予算計画を立て、その範囲内での発注はファブスペースで月単位で行い、請求書を大学の経理担当に回すというスタイルを取っています。最初の発注を私たちができるので、納品がタイムリーで在庫が切れる事態に直面することはほぼありません。

これはファブラボCSTではなかなかできません。ラボで発注して請求書だけ大学の経理担当に回すというスタイルが許されておらず、発注自体を大学の調達担当にやってもらわなければならなくなり、しかもそれが政府の公共調達のルールに準じるのでとかく時間がかかります。

JICAの技術協力プロジェクトが行われていた間は、私が経理担当を務めていたので、大学の経理とは切り離して、スピーディーに調達をやっていました。ファブラボCST名義の公金口座が別途開設され、利用者から徴収した利用料や外部からの生産受注の代金等をここに入金し、この残高の範囲内ならファブラボの独自判断で支出ができるような道筋は作りました。

それでも、積み上げてみたら大した収入にはなっておらず、ファブラボCSTには大学からの予算投入は必要不可欠の要素です。しかし、その経理の手続きに時間がかかる点をなんとか克服しないと、ファブラボCSTの財務は安定しないだろうと思います。


7.材料費は誰の負担か?

ファブラボCSTでは、フィラメントやレジンなど、ラボで所有している原材料を使って3Dプリントする際には、機械使用料と材料使用料を利用者から徴収していました。但し、学生の場合は機械使用料は免除で、材料使用料はプロジェクト終了後に利用記録を集計し、ファブラボ側でまとめて請求書を切り、学生はこれを支払った後、他の立替払い分も合わせて、大学側に一括請求を行うことになっていました。

レーザーカッターの場合は、材料(合板など)は利用者が自己負担、ないしはファブラボの在庫を使用する場合は使用した面積分だけ材料使用料の対象として計算・請求していました。

このプロジェクト単位での使用管理は結構大変でした。学生への周知徹底もなかなかうまくいかず、また学期末が近づいてくると、請求漏れがないか管理するのに気を遣いました。しかも、学生が精算支払いに来たら来たで順番待ちの行列を作り、それを捌くのに苦労した記憶があります。

それでも、料金表を明示していないファブラボが多いブータンで、そこをしっかりやっていた唯一のファブラボがCSTだったと自負はしています。

現在の職場では、学生からは料金は一切取っていません。つまり、学生が機会を使用する分と3Dプリントの材料費、その他必要な備品類はすべて大学側負担として処理されます。スタッフは支出だけ管理していればいいわけです。これは、教務に充てる予算がそこそこ潤沢にある日本だからこそなせる業といえます。

でも、カートリッジ1本2万円以上するレジンを、一発で半減させるような試作を何度も要望されると、学生にコスト感覚を持ってもらうことも必要なのではないかとちょっぴり思う面もあります。


8.教員が事前に3D CADを教えてくれている

CSTにはFusion360を使う教員がおらず、ファブラボの方でFusion360の操作講習会を私が主催していました。おかげで、今の大学に勤め始めても、私は学生からの相談にはだいたいアドバイスすることができ、新しい職場で働き始めた際のプレッシャーの軽減につながりました。

こちらでは、正規の授業の中でFusion360の操作を軽く教えて下さる先生がいます。そこからの応用編は、学生が何をデザインしたいかによって変わってきますが、基礎ができているのはラボ運営側としてはありがたいです。

別に、教員が教えてくれていなくても、Fusion360のチュートリアルならYouTubeに豊富に上がっており、CSTの学生もそれを見て覚えていきます。でも、教員で使っている人がいると、学生が同じCADソフトを使用するモチベーションにはつながると思います。教員をもっと巻き込みたかったというのが以前も述べた私の反省点です。


9.共通点もある

  • 営業時間:CSTに配属されていた頃、私は勝手に、理想が「24 x 7」だと思っていました。インド・プネ工科大学のファブラボがそうだったので。いろいろな議論を経て、ファブラボCSTは19時まで開けることになりましたが、誰がそこまで居残るのかで悩まされました。ブータンには「超過勤務手当」という制度がないので、テンジン君に19時まで残業させることが難しかったのです。でも、今の職場で働いてみて、18時で閉めても十分利用者満足度は確保できるのだというのがわかりました。

  • 多忙な主任職員:どちらもファブスペースの主任管理者は教員ですが、業務多忙でなかなかラボに来れないのはいずこも同じと感じました。また、ラボ専属技師のテンジン君があまりイベントを自ら企画立案しなかったのも、今私自身が彼と同じ立場になってみたら、よくわかりました。そういうのは今のポジションでは期待されていないのです。でも、本来それを企画立案するべき人が誰なのかもよくわかりませんが。

  • 「実寸模型を縮小すれば3Dプリントできる」との思い込み:どちらも建築学科があり、どちらの学生もやりがちなので、建築学科生の万国共通の「あるある」なのではないかと思います。自分がデザインした建物の模型縮小して3Dプリントしたいと言ってデータを持ってこられて、実は実寸大の模型を1/100に縮小しただけだったというケースです。そうすると、直径5mmの柱は0.05mmになり、厚さ1mmの壁は0.01mmになります。3Dプリンタではとても出力ができません。

  • 大学広報の目玉施設:これも共通です。子どもの大学見学に一緒について来た両親に、大学側で最初に見せるのはこのファブスペースだし、他に来訪者があっても、たいていここは案内されます。ファブラボCSTも同様でしたが、「なんだかわけのわからぬ技術」だと来訪者が感じる施設を見せて自慢したいという意図がCSTにはあったでしょう。日本の場合は、来訪者もそれなりに予備知識を持っていて、「あうん」で話せる余地が相当あるように思います。

  • 「シェア」は徹底されていない:ファブラボCSTで使っていたウェブプラットフォーム「Fab-Manager」には、「プロジェクトギャラリー(Project Gallery)」という機能があり、自分がファブラボの施設を利用して作った作品の制作記録を、デザインデータとともに残すことができるようになっていました。これを使わせようと学生には相当仕向けたのですが、学生の反応は鈍く、私が離任した後、まったく使われていないことがわかっています。同様に、現在の職場もピアの教え合い/学び合い以外に、あまりドキュメンテーションらしいことは行われていません。芸大ですので学生は常に「ポートフォリオ」を気にしています。だから、個人レベルでのドキュメンテーションはしている学生が多いと思われますが、一方でうちの施設を利用して学生が何を作ったのか、完成品を展示するような場がなく、結局我々が誰の何を助けたのか、意外とわかりにくいと感じました。厳密に言えば今の職場は「ファブラボ」ではないので、「シェア」の要素が薄めであることは仕方がないとは思いますが。


10.プロマネに、一度見せたい日本のファブスペース運営

結局、JICAの技術協力プロジェクトが実施されていた間、当時のプロマネだったカルマ・ケザン先生には、研修で日本に来て、日本のファブスペースを見てもらう機会がありませんでした。

今、もし彼女を1週間でも招聘できるのであれば、上で述べたようなポイントを踏まえて、今働いている職場か、あるいはもっと東京から近いところにある大学併設のファブスペースを見学させたいところです。「ファブラボ」と名乗ってなくても構いません。主要な利用者が学生であるようなファブスペースが、どのように運営されているのかを、1日か2日間ベタ張りで見てもらえたら、彼女の今後のマネジメントにとても参考になることでしょう。

今、私は、そういうのを提言したり、具体的に計画するような立場には自分はないので、以上はあくまで独り言に過ぎません。でも、もし今でもブータンと往来し、CSTとも何らかつながりをお持ちで、かつファブラボにご理解をいただいているような奇特な方がもし本稿を読まれたならば、是非ご検討いただけないかと祈っています。




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