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これはワイドに運用可能かも~アイデアソン

11月28日(月)、私たちは、ファブラボCST単独主催による初めてのオープンイノベーションイベントとして、アイデアソン『ラボのためのファブ(Fab for the Lab)』を開催しました。この取組みについては、JICAの日本語ホームページ用の原稿も別途作ったので、いずれそちらでも紹介されると思いますが、先んじてもう少し詳細なレポートをnoteでもまとめておきたいと思います。

アイデアソンとは、異なる背景を持つ人々が集まり、新たなアイデアを創り出したり、ビジネスモデルを構築したりすることを目的に、短時間のグループディスカッションなどを通じて、アイデアをブラッシュアップしていくイベントです。

11月28日のアイデアソンには34人が参加

1.背景① 課題解決へのアプローチは1つだけではない

専門家として赴任してきてから1年半、ブータンの人々を見てきて、ネット情報や口コミなどを通じて得た知識や情報は豊富だけれど、「おっ」と思わせるような独創性に溢れたアイデアがなかなか出てこないという課題も感じていました。教えられたとおりに覚えるのが正しくて、決められたパターンに従ってやるのが正解だと長年意識に刷り込まれれているのか、自由に発想してよいと言っても、思考停止を起こしてしまう姿を何度か見かけました。

例えば、COVID-19感染拡大期の安全措置として、JICA関係者が首都から離れた任地に入らせてもらえず首都留置きにされていた2021年7月頃から、私は、同じく大学に入れず首都からオンライン講義受講を余儀なくされていたCSTの学生を集めて3Dデザインの講習会を主宰していたのですが、そこでエレベーターのボタンの写真を見せて、「このボタンに触らなくても行き先階のボタンを押せるにはどんな小物があるといいか」という演習課題を学生に提示したところ、学生からは明らかに困惑する表情を見せられました。同席していたCSTの先生から、「学生は先生から教わるのに慣れているので、「自由に考えていい」と言われてもどうしていいかわからない」と説明されました。

また、同じく3Dデザインの講習会で、やたらと私を呼び止めて、「これでいいか」とこまめに尋ねてくる学生も多く見かけました。目標到達までのアプローチの仕方は人それぞれであっていいと思いますが、そのアプローチが講師の考えるそれと合っているのかどうかを、やたらと気にする子が多いという印象を受けます。「自分がいいと思ってやってみなさい。正解なんて1つではないのだから、あとから振り返ってもっといいやり方がなかったか、考えてみてほしい」と答えるようにしています。

とりあえずやってみて、うまくいかなければ理由を確認して、別の方法を試してみる―――PDCAサイクルを回すとか、繰り返し(iteration)とか言われる実践を期待したいところですが、ブータンの人って、失敗が嫌いでとにかく最短距離で成功に到達したい、そんな印象が強いです。

話が少し逸れました。このように、問題解決にたどり着くためのアプローチには正解が1つしかないと思いがちなブータンの若い人たちに、いやそんなことはない、いろいろなバックグランドの人たちが一緒に物事を考えたら、1人だったら思いもよらなかったアプローチが存在することに気付けるかもしれない。私たちのプロジェクトで「オープンイノベーション」を強調しているのは、そうした認識に基づくものです。

そのために、10月にはメイカソンをやってみました。ただ、その時点では多くの参加者がまだファブを経験していなかったため、事前のワークショップなどで主催者側でも多くの時間を費やし、当時ファブラボCSTで1人留守番をしていた私自身も相当疲弊しました。また、その当時から、こうした数週間がかりの大きなイベントではなく、短期集中型のオープンイノベーションイベントをいずれやってみないと、という思いがありました。プロトタイピングを伴わない、アイデア出しだけのアイデアソンなら、1日で開催できるのではないかと考えました。


2.背景② 学内でのエコシステムづくり

さて、アイデアソンをやろうと考えた時、もう1つ考えなければならなかった要素があります。それは、オープンイノベーションの指導のためにブータンに派遣されるプロジェクトの短期専門家のCST滞在期間中に、どうしてもそれを開催せねばならないという制約条件でした。

専門家のブータン派遣期間は11月19日から12月2日まででしたが、CSTでは11月7日から学期末試験の期間に突入し、学生は課外プログラムに参加する余力がありません。期末試験は11月25日が最終日でしたが、早めに試験を終えた学生から、どんどん荷物をまとめ、里帰りに旅立っていきます。

早朝のCST正門前。スーツケース抱えてタクシー待ちする学生がチラホラ

教員は教員で、当番制で試験監督を務めますし、試験期間が終了すると今度は採点と成績評価に追われます。今年の場合はさらに、大学機構改革が全国的に進められており、シンガポール人のコンサルタントが入ってきてさまざまな注文がされているようで、私たちのプロジェクトの行事に関与する余力はほとんどありません。

こうした制約条件がある中で、何ができるだろうか―――私は悩みました。CST側のカウンターパートも、何しろアイデアソンなどやったことすらなかったわけですから、企画立案もままならない。結局、私が1人で素案を作って関係者に投げたわけですが、少なくともカウンターパート側ではそれに乗るしか今はないといった状況でした。

私が考えたのは、大学にある5つの学科に所属するラボの間での協力関係を作れないか、ファブラボCSTが、これらのラボの直面する課題解決に協力できないか、また逆に、ファブラボCSTだけでは応じきれない課題解決のニーズに、他のラボと協力することで応えることができるようになるのでは、といったことでした。プンツォリンやブータン南西部全体でのものづくりのエコシステムづくりはまだまだ先が長いけれど、少なくともCST学内でのエコシステムは、ラボ間で協力することで早く作れるのではないかと。

教員はいつも忙しそうですが、その教員が忙しい間、各学科のラボの専属技師(Lab Technician)は意外と暇そうにしています。ラボ専属技師は、学期中は教員の指示の下で午後の個別指導(tutorial)や実習(practical)のアシスタントを務めますが、基本的には各担当ラボの維持管理を担当しています。

しかも、期末試験期間中は基本的に個別指導や実習はありません。この時期なら、ラボ専属技師を捉まえることは比較的簡単なのではないかと考えたのです。(このように、教員とラボ専属技師の間には明確なヒエラルキーがあるので、教員不在の時にラボ専属技師に代わりを担ってもらおうとすると、技師本人が戸惑います。なかなか難しいですね~。)


3.当日までの準備

そこで、プロジェクトでは、学内にあるラボの専属技師と学生が参加する1日イベントとしてアイデアソンを計画し、11月28日(月)に開催することにしました。

ラボ専属技師については参加者確保の目途は立ちましたが、学生の参加については不安だらけでした。なにしろその前の週末で多くの学生が退寮して里帰りに向けてスーツケースを引きずっている姿を大勢見てますから。しかも、ファブラボCSTのウェブサイトや学生メーリングリストでの応募勧奨も奏功せず、一般参加の学生の応募状況はほぼ壊滅状態でした。期末試験を終えたらファブラボでインターンをしたいと希望してきていた学生3人もノーレスでした。しかし、そこはプロマネのカルマ・ケザンさんが個別勧誘を相当行って下さったようで、彼女自身はその部分はほとんど心配していなかったようです。辛うじてですが、期末試験後も別のプログラムへの参加のために構内に残っていた学生がいたようでした。

アイデアソンに先立ち、CSTに到着した短期専門家には、11月23日(水)に5つのラボを個別訪問してもらい、それぞれのラボにおける専属技師のファブラボに関する認知度を確認し、彼らの抱える問題点についてヒアリングを行いました。

専属技師の間での人的ネットワークはそれなりにあって、すでにファブラボCST担当のテンジン君に相談をもちかけていたケースがあることもその時にわかりました。ファブラボCSTが開所してからすぐ、スタッフ向けのハンズオン研修も開催したのですが、確かにそれに来ていた「スタッフ」というのに教員は少なく、圧倒的にラボ専属技師だったような気がします。「こんなのできないか」といったアイデアが、個別訪問時にはかなり寄せられました。私たちからは、アイデアソン当日には、各ラボより最低2つの課題をピッチするよう要請しました。

土木工学科ラボ専属技師との意見交換
電気工学科ラボ専属技師との意見交換
IT学科ラボ専属技師との意見交換

4.アイデアソン当日① 午前の部

こうして迎えたアイデアソン当日。午前9時の時点で、ラボ専属技師17人と学生15人が参加しました。主催者側に回った私ともう1人のJICA専門家を除き、プロマネのカルマ・ケザンさんと電気工学科の先生が1人、投票には参加して下さいました。

朝の最初のプログラムは「イグナイト・トークセッション」と題して、JICAの別の専門家に日本からオンラインでご登場いただき、「日本におけるカイゼンと生産性向上活動」について話題提供してもらいました。

イグナイト・トークセッションはZoomで行われた
全参加者がJICA専門家による日本からの講義を聴く

その後、各ラボから「課題ピッチ」をしてもらいました。ファブラボCSTを代表して、私もピッチしようかと一時は考えましたが、外国人専門家が加わるとそのピッチに票が集まってしまうような気がしたので、やめることにしました。土木工学、電気工学、電気通信、IT、科学人文の5学科のラボに加えて、学生が1名、ファブラボCSTを代表して、課題ピッチをしてくれました。

パワポの使用は任意、小道具の持ち込みも可としてみたところ、簡単な写真スライドや小道具を使ってピッチした技師も見られました。「ソリューションではなく、プロブレム(課題)をピッチして欲しい」と冒頭で念を押したものの、実際には「こうしたものが欲しい」という、どちらかというとソリューションに近いものをピッチしたグループもありました。また、1グループ最大15分という持ち時間を想定していたのに、各々5分程度で終わってしまったため、余った時間で急遽質疑応答を入れるという対応を主催者は強いられました。

6つのグループから出された課題は16項目にも及びました。その中から、全参加者34人の無記名投票により、優先取組み課題として、「ゾンカ語キーボード」「コード・検査器具類整理」「壁時計」が選ばれました。その際、課題の数の多さと、参加者が34人であったことから、1人2件投票していいことにしました。

土木工学科ラボ専属技師による課題ピッチ
IT学科ラボ専属技師による課題ピッチ

5.アイデアソン当日② 午後の部

ブータンでの習慣として、午前に1回、午後に1回、ティーブレークを入れますが、今回はそれらに加えて、昼食も提供しました。特に休み期間中に参加してくれる学生に対するインセンティブ措置といえます。その間に、主催者側では、午前中に選定された3つの優先課題に対して、6つのグループに分けるグループ分けの作業を行いました。各グループにはその課題をピッチしたラボの専属技師が必ず入ることとし、それ以外の参加者は主催者側で配分を行いました。なるべく、同じ学科の技師や学生で固まらないよう、グループ分けでは注意しました。

そこから2時間は、6つのテーブルに分かれてのグループワークの時間です。1つの課題について、2つのグループがソリューションの検討に取り組みます。念のため、クラフト用紙やスケッチブック、付箋、マーカーなどを各テーブルに用意しましたが、使用していたのは1グループだけでした。このあたりも、ラップトップの使用に慣れ過ぎているからなのかもしれません。ビジネスアイデアピッチなどは頻繁に行われているので、各参加者はすでにピッチ用のパワーポイントの書式も持っていたようです。中には早々に検討作業を終えてしまったグループもありましたが、念入りに検討作業を行っていたグループは2時間でも十分とはなりませんでした。そうしたグループは、アイデア出しの段階から3Dモデリングをすでに始めていたようです。

グループワークになると俄然学生がやる気を見せる
プレゼンは学生にとっては手慣れたもの
ラボ専属技師が中心になってソリューションをまとめるグループも
ここの中心もラボ専属技師。課題ピッチをした本人は強いオーナーシップがある

しかし、時間は時間。15時からは午後最後のセッション「ソリューションピッチ」が始まりました。各グループから、その課題をどのようなアプローチで解決するか、その際、ファブラボや他のラボの設置機材をどのように組み合わせて活用するか、発表してもらいました。

主催者側で期待していた通り、同じ課題であっても2つのグループから提案されたソリューションはまったく違いました。また、中には、午前中の「課題ピッチ」で挙がっていたけれども得票が多くなかった他の課題も取り込むという、意欲的なソリューションもありました。6グループからのピッチが終わると、30分ほど質疑応答の時間を設けました。ここは興味深い時間帯でした。私自身、面白そうだなと思った提案に質問が集中し、あらを探すようなアクションが他チームに見られたのです。自分のチームを優位に立たせるために、あえて他のヤバそうなチームのあらを目立たせようとするのは、戦術的にはあり得ると思いました。

ソリューションピッチ開始。「ゾンカ語キーボード」
2つめの課題は「コード・検査器具類の整理法」
3つめの課題は「ブータン時間」、壁時計が各所に設置されていれば…

そして、最後は再び全員による無記名投票が行われました。ここでも、同点が生じないよう、1人2票の投票権を付与しました。どうあってもその課題を取り上げてもらいたい時には、その課題に取り組んでいた2つのグループ両方に票を投じることも可能なのです。

そして、開票の結果、最も秀逸なアイデアとして、「3Dプリントによるゾンカ語キーボードキーの複製」を提案した2つのグループのうちの1つが選ばれました。この取組みに必要な材料費はプロジェクトより支弁することとし、さらにこのグループのメンバーに対しては、ファブラボCSTの機械使用料及び材料費を免除するとの特典を付与することとしました。

JICA短期専門家による講評

6.闘いが終わって

さて、こうして1日イベントとしての初のアイデアソンは終了したのですが、私たちの目的はこれら学内のラボとファブラボCSTの関係を深めることにあるわけですから、イベントが終わったからそれで終了というわけにはいきません。意欲がまだ高いうちに次の行動に移してもらうためには、「課題ピッチ」で挙がったその他の課題についても、何らかの行動を起こす必要があると考えられます。

アイデアソン終了後、プロマネのカルマ・ケザンさん、ファブラボ専属技師のテンジン君、それにJICA専門家の私たちとで、アイデアソンの振り返りと、次に取るべきアクションについて議論しました。初のアイデアソンに、何をやっていいのかわからないという風情だったプロマネもラボ専属技師も、「これならできそう」との確信は得られた様子でした。また、実際に学内に存在する問題点を洗い出して、その解決に取り組むというアプローチ自体、CSTにとってはやりがいのあるものだとの認識が示されました。

特にプロマネが次のステップをかなり強力にリードして下さっているのが大きな収穫だったと思っています。プロジェクトでは、アイデアソンで1位となった「ゾンカ語キーボード」に加え、「課題ピッチ」で挙げられた他の3つの課題についても、IT学科、電気工学科のラボ専属技師に働きかけ、さっさとプロトタイピングを実現させようと動きはじめています。これには、12月からファブラボでインターン実習を開始した学生4人が加わりました。

本稿執筆時点では、先ず手はじめに3Dモデリングの習得を図ろうということで、テンジン君が、ラボ専属技師とインターンを対象に、Fusion 360の基本操作の講習会を開いてくれたところです。

Fusion 360の操作説明会、フォローアップははじまっている

7.アイデアソンの適用可能性

最後に、このアイデアソンをやってみて、今後の運用にはいろいろなバリエーションが考えられるなとも思ったので思い付くところをいくつ挙げておきます。

第一に、元々この時期にやろうとしていたのは学内のラボ間の交流促進イベントではなく、近隣の中期中等学校に通う障害児の父兄からのヒアリングを受けての自助具のアイデア出しであったということを述べておきたいと思います。残念ながら、この企画は、キーパーソンだった父兄が親戚のご不幸があってプンツォリン不在となってしまい、すぐに実施できなくなってしまったのですが、改めて実施したいと考えています。

第二に、最近、首都ティンプーで増えてきた「100円均一ショップ」で売られている、わけのわからない品物をどう使うのかを考えるアイデアソンです。ダイソーあたりから仕入れてきて、3倍から5倍の価格で当地で売られているのですが、ラベリングは日本語のままなので、何のために売られているのか、ブータンで誰が買っていくのか皆目イメージできない品物も多くあります。そういうのをハックして、「あなたならどう使う?」というのをみんなで考えてみるというのも面白いかもしれません。

第三に、これも元々考えていたことではあるのですが、うちでストックしているMESHブロックやmicro:bitを用いたワークショップを地元の小中高生向けに実施する際に、アイデアソン的な要素を加えてみることが考えられます。実際にプロトタイプのシステムを組んでみて動かしてみるところまでやってもらうとしたら、もはやアイデアソンというよりもハッカソンに近い建付けかもしれません。特にMESHブロックはグループでのアイデア出しにはものすごく適したツールだと使ってみて強く感じたので、基本操作をひと通り体験してもらった後、彼ら自身が日頃感じている課題をピッチしてもらって、それをMESHで解決できないか考えてみてもらってはどうかと、考えはじめたところです。

MESH IoTブロックを使ったアイデア出しはすでに試行がはじまっている

第四に、同じく冬休みの近隣小中高生向けのプログラムとして、KeyTouch(キータッチ)の使い方を考えてもらうアイデアソンができないかとも考えます。KeyTouchは、日本で開発されたSTEAM教育用デバイスで、9月に日本を訪問したJICAの技術研修参加者がファブラボ長野さんを訪ねた際、何台かお土産にいただいて帰って来ました。全部が回収されたわけではないのですが、「取扱説明書が日本語で書かれていて私は読めないので」と私に投げられたものが1台あります。私は日本にいた時に少しだけScratchコーディングを勉強したので、取りあえずは簡単なプログラムを組んで楽器演奏に使うことはできますが、CSTの学生も教員も、Scratchはやったことがないそうなので、使いこなせる人が近場にはいません。

KeyTouchのプログラムをScratchで組んでみた。これが私の今の能力の限界(涙)

ところが、先月近隣の中等学校から中高生を受け入れた際、KeyTouchを見た生徒さんたちから、「僕たちはScratchを習いました」と聞かされました。今、ブータンでは、2021年7月からプログラミング教育ではCode Monkeyが正式採用になりましたが、それ以前はScratchが使われていたらしく、使える子はかなりいるようです。そういう子たちに集まってもらい、KeyTouchの使い方を検討してもらうようなイベントができたらと思っています。

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