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【雑感】3Dプリンター導入が先なのか?

先週、ブータンの首都ティンプーにある3Dプリント出力サービスのスタートアップ企業を訪問した際のレポートは、すでにご紹介しました。

私自身の経験上、3Dプリンターを個人で購入しても、1人で使用する頻度はそれほどでもありません。使用頻度をどう上げるかはずっと悩ましいところです。仕事上必要だと思って1台買ってみたけれど、毎日使ったわけではありません。だからこそ、必要な時だけ3Dプリンターを利用させてもらえるような地域の公共財として、ファブラボは位置付けられるのです。一種のシェアリングエコノミーとも言えるでしょう。また、ファブラボであっても、フィラメントの使用量に合わせて料金は取るだろうから、民間の出力サービスがあれば、そこも選択肢の1つとなり得ます。


1.教えても、使われていないTinkercad

JICAの技術協力専門家として2021年5月にブータンに派遣されたはいいものの、パンデミックの最中だったので、JICAの方針で、私は本来の任地であるプンツォリンではなく、首都ティンプーで無期限の留め置きとなりました。その際、プンツォリンでの配属先である科学技術単科大学(CST)の学生も同様に実家で留め置きとなっており、その多くはティンプーにもいたので、私は彼らがオンライン授業のない毎週土曜日にJICAの事務所の会議室をお借りして、3D CADの研修を行い、実際にプリンター操作もしてもらうという活動で、お茶を濁しました。

ただ、それだと月曜から金曜までは3Dプリンターの稼働頻度が少ない。そこで、私は潜在的な需要がありそうな障害者自助具のカスタマイズ製作に焦点を当て、首都に事務局がある障害者団体や障害児特別教育学級のある指定校「SENスクール」、教育省特別教育課などに営業活動を行い、団体スタッフやSENスクールの教員向けの3D CAD研修を主催したりもしました。

団体スタッフやSENスクールの教員向けの3D CAD研修ではおおよそ3時間のフォーマットで、Tinkercadを用います。印刷に時間がかからない小さな平面図形の押出しがいいと思い、キーホルダーをデザインするという演習を定番として使っていました。3Dプリントを全員に体験してもらう場合は、人数としては最大4~5人の受入れに留めます。それ以上の場合は、Tinkercadの操作の紹介だけにならざるを得ません。

毎回必ずTinkercadのアカウント作成で手間取るので、途中から、Tinkercad Classroomという機能を利用して、あらかじめ私の方でアカウントを作り、当日はあらかじめ各人にメールで伝えたURLとニックネームの入力だけで、作業平面にまでスムーズに到達できるようにしました。Tinkercad Classroomを使用すると、教師側から演習課題のベースとなるデザインを生徒と共有することも可能ですし、生徒のデザインに教師がコメントしたり、教師が自分のPCでダウンロードして、自身のPCに入れてあるスライサーソフトを使って、3Dプリントにつなげることもできます。

また、私の研修を受講したあと、その受講者がTinkercadをどれくらい使用しているのかも把握できます。そして、その結果、多くの受講者はその研修の時だけしかTinkercadを使用していないという、悲しい実態を突き付けられました。せめて、Tinkercadのホームページにある「Learning Center」のチュートリアルぐらいは自分で取り組んで欲しいと思い、毎回研修の最後にこのチュートリアルのことは伝えるのですが、研修の後、それすらやってくれた人は多くないというのが現実です。

私はSSブログ「サンチャイ★ブログ」の方でも、研修の有効性についてたびたび疑念を呈しています。ほぼ毎日のようにどこかで誰かが研修を主催し、修了証書を手にした参加者が、得意顔の主催者のおじさんを囲みながら写っている集合写真がソーシャルメディアや新聞上で掲載されています。これだけの数の人材育成プログラムをやっていたら、この国は数年後に相当発展しているに違いない。でも、現実はそうなっていない。主催者の意に反し、多くの場合、研修が終わればその研修で言われたことなど忘れ、反復学習は行われず、すぐに次の研修に関心が移っていく―――そんなことが長年繰り返されています。

Tinkercadを使った3D CAD研修を行う際、私は、その研修会場の近くにある、一般利用者がアクセス可能な3Dプリンターのロケーション情報も受講者に提示します。なるべく使用料金がいくらぐらいなのかも伝えるようにしています。個々人で3Dプリンターを買う必要はない、組織で1台持つ必要も当面ないかもしれない、当面の間は、何か思いついた時にデータ出力ができる近所の出力サービスを利用すればよい―――特に、首都であればスーパーファブラボ(JNWSFL)だってあるし、3Dプリンターが配備されたユースセンターが2ヵ所ある。3Dプリントの出力サービスを請け負ってくれるスタートアップも出てきた。その気になれば、自分のアイデアを形にできる環境は、特に首都の場合相当整っているように思えます。

しかし、最近、私が想定していたこうしたシナリオに、揺らぎを感じる出来事がありました。


2.普及が進んでいない自助具の3Dプリント

ブータンに赴任してきてから相当早い段階で、私は同国の障害者団体5団体にお声かけして、3Dプリンターを使って自助具を作る取組みを一緒に広めていかないかと呼びかけました。これに最も積極的に反応して下さったのは、ブータン脳卒中財団(Bhutan Stroke Foundation、以下BSF)の創設者のDさんでした。「細かいニーズに手が届くような自助具は、この国の多くの脳卒中回復者の生活において必要不可欠だ。多くの人に知ってもらわないといけない」と言って、他の団体にも声をかけ、また財団のスタッフの方々にもTinkercadによる3D CADの研修を受けるよう勧めて下さいました。2021年9月のことです。

でも、前述の通り、Tinkercad Classroomにおいて過去の受講者のその後の活用状況を見ると、同財団と他の組織の受講者の間に、ほとんど差はありません。自分たちでの探求は進められていないのです。

先週、私は、この財団と共催で、ファブラボ品川の濱中直樹さん、林園子さんを招いて、ファブラボ品川のご活動を、ブータンの人々に知ってもらうようなオンラインミートアップを開催しました。濱中さんがミートアップにご登壇下さるのは、2021年9月に続いて二度目です。司会は、Dさんが務めて下さいました。

二度もお手間を取らせることについては、やや複雑な思いもあります。あれから1年4カ月、結局何も変わっていないのではないか。自助具の3Dプリントに対して、その時には高い期待感が表明されるものの、Thingiverseやファブラボ品川のカタログあたりにSTLファイルとともに掲載されている自助具を、一度でもダウンロードして近隣のファブ施設に持ち込んで3Dプリントしたという実績すらありません。


3.出力サービスを利用できるように本当になるのか?

実は、Dさんからは、たびたび、「こういうのが作れないか」とSNS経由で問合せが来るのですが、私はその時点でプンツォリンに拠点を移しており、こう回答せざるを得ませんでした。

「作れる。けれど首都にもファブラボはあるので、一度出かけてそこで相談してみて欲しい。必要なら担当者を紹介する。」

Dさんも超多忙です。財団の本来業務の他に、保健省から急に呼び出されて2~3時間の会議への出席を求められたり、市民社会組織(CSO)の代表の1人として、援助機関や労働人材省あたりが行うCSO向けの研修や会議に毎回呼ばれたり、グローバルファンドの国内調整メカニズムの委員を務めたり、直近の彼の働きぶりを見ていると、頭が下がります。

1月だけで二度も体調を崩して寝込んだ私は、何も言えません。

でも、そんな状況なので、リハの器具とか自助具とかでアイデアがあっても、次の近隣のファブラボに出かけていき、スタッフに手伝ってもらってデザインし、実際に出力してみるというところまでには至らないのです。

ここで、勘のいい読者であれば、「ブータン脳卒中財団って、他にスタッフはいないの?」という疑問は当然湧くでしょう。そう、いるのです。しかも、私の3D CADの研修を受けたスタッフばかり。だから、Dさんの都合がつかなくても、誰かが代わりに行ってファブラボで相談して来ればいいはずです。つまり、近くにデザインへのアドバイスや出力サービスをやってくれる組織があるにも関わらず、実際にそれらとなかなかつながろうとしないのは、多忙だけが理由ではないのではないかということです。

「この国は連携が苦手」という愚痴は、むしろブータン人からよく聞きます。確かに、各省庁がバラバラに動いて、調整もせずに現場で同じような活動を行っているという姿は、たびたび目にします。(研修の数が非常に多い原因も、そんなところにあるような気もします。)でも、そうした現状分析をしているご本人も、連携に積極的に動くわけではない。明らかにこことここをつないだらうまくいくのではないかと思い、つなげようとちょっと働きかけても何も起きないというケースはかなり多いです。

話が脱線しますが、ファブラボCSTが、同じCSTの構内にある他の学科のラボと連携するのですら制度的な制約があるそうで、上から命令されないと連携しようとはならないと聞きました。こうして共通の「上」がある場合ならまだましですが、これが地域の学校や産業界、公的機関となると、命令してくれるような「上」もいないわけで、どちらかの側に相当積極的に動いてくれる調整役がいないと、ファブラボCSTの活用につながっていかない可能性があります。これは、相当ゆゆしき構造的問題です。


4.需要創出が先か、3Dプリンター導入が先か?

話をOnline Meetupに戻します。前述の通り、私は、3Dプリント出力サービスは近くにあるのだから、利用すればいいではないかと考えていました。しかし、前回濱中さんがご登壇されてから1年4カ月、ティンプーでは何も起きていないということを考えると、そのシナリオは楽観的すぎるのではないかとも思いはじめました。

さて、Online Meetupを終え、週末を過ごした後、DさんからSNS経由でメッセージが届きました。「3Dプリンターを導入した方がいいのだろうか」との独り言でした。今あまり設備投資にかけられる資金的余裕はないので、あまり気は乗らない。だが、もし手元に3Dプリンターがあれば、Thingiverseやファブラボ品川の自助具カタログを見て必要なものをダウンロードしてすぐに出力できるし、Tinkercadをマウス操作で動かすなら、片手でできるので、体に多少の不自由がある人でも、スキル修得次第では3Dデザインを請け負ったりできるかもしれない。

それは、私も考えていたことではありました。ただ、私の場合は、ある程度の潜在的需要を確保するまでは、外部の出力サービスを利用し、その後独自に設備投資するというシナリオを想定していました。Dさんがおっしゃっているのはそれとは真逆で、身近なところに最初から3Dプリンターを配備したら、潜在的需要を発掘できるというものでした。

過去数日にわたってDさんと一緒に行ってきた、脳卒中回復者の戸別訪問・インタビューや、ファブラボ品川の専門家お二人との質疑応答の内容などを見ていて、Dさんがいずれそう言いだすかもしれないというのは、私も予想はしていました。


5.STEM教育の現場も、本当は装置があるとよい…

同じ週末、私は、ファブラボ・マンダラで働いていた女性スタッフPさんと会う機会がありました。彼女は昨年のファブ・アカデミーの修了生ですが、修了する頃に働いていたファブラボ・マンダラの経営譲渡が決まったため、近隣の小学校でSTEM教員として働く途を選びました。聞けば、最初の学校での契約は昨年末で切れ、2月からはティンプー市内の別の小学校でSTEM科目を教える契約教員として1年間働く予定だと言います。教える科目はIT、理科、算数だとか。

Pさんが最も得意とするのは3Dデザインで、昨年は首都ロックダウンの最中、私たちと同じように自宅から出られずにいる子どもたちに、オンラインでモデリングを体験してもらうというワークショップを一緒にやったことがありました。だから、「3Dプリントも体験させるの?」と訊いてみたのですが、「学校に3Dプリンターがあれば、やってみたいんですけどね」と言葉を濁しました。

彼女の場合は、過去の経緯もあってスーパーファブラボ(JNWSFL)にはアプローチしにくいという事情もあるかもしれません。実際には校長先生が非常に積極的で、JNWSFL見学から3Dプリント体験までアレンジしてしまった学校もありますが、Pさんの場合は出力設定を変更したり、自分でひと通りの操作はできるので、装置が身近にないというのは、非常にもったいない気がします。ここにも、「3Dプリンター導入が先」なのかもしれないと思わせられる理由があります。


6.どうしましょうか、悩みどころです…

それで、Dさんの問いに対し、私がどう回答したのでしょうか。これは、いずれまたご紹介することにしたいと思います。今まで想定していたシナリオと順序を逆にするという大きな決断を迫られるので、軽々に回答しづらい。

STEM教育の現場でも同じような課題があるのを知り、私自身もちょっと揺れています。Pさんの学校であれば、Pさんがいる間は使ってくれるでしょう。でも、Dさんのところに3Dプリンターを先行導入して、本当に使い続けてくれるのか、その確証がどうしてもありません。かのDさんご本人も迷っておられる節がある。私自身、ここまでLeaf Creative Solutionsに声をかけて自助具の出力サービスでの連携を打診していた話をチャラにして、内製化に舵を切るわけですから、それなりにつらい決断になるわけです。

一方で、ティンプーで、身近なところに3Dプリンターがあった方が、向こう数カ月間首都で私たちがやろうとしているプログラムは、確かに動かしやすくなるかもしれません。

さあ、どうしますか…。

本日もお読み下さり、ありがとうございました!



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