ツェワンのいないFAB23なんて…
拙著『ブータンにデジタル工房を設置した』で再三強調しましたが、ブータン初のファブラボの開設にあたり、最大の功労者はツェワン・ルンドゥップ君であったことは間違いありません。彼の献身的な動きがあってこそ、2017年7月にファブラボ・ブータンはできましたし、世界で三番目のスーパー・ファブラボのブータン誘致も、彼がブループリントを描いて実現しました。
今、まさに募集がはじまっている今年の世界ファブラボ会議(FAB23)にしても、元をたどれば2018年7月のFAB14(於パリ)にツェワン君が出向き、会場で招致活動を1人行って、参加していた世界中のものづくり愛好家の関心を集めたからこそ、満場一致でのブータン誘致につながったのです。残念ながら、パンデミックやその他の事情もあって、当初予定されていた2022年の第17回大会のブータン開催は実現しませんでしたが、たとえそれが第18回大会に順延になったとしても、ブータンへの招致を成功させた彼の功績は、称えられて然るべきだと思います。
FAB23のサイドイベントの申込受付が4月30日締切だというので、今、私の仕事の大半は、このサイドイベントの企画立案に充てられています。うちのファブラボ(ファブラボCST)はFAB23開催地であるティンプーから離れていますし、その時期CSTでは新学期がすでにはじまっており、教職員や学生を首都でのイベントに大量動員することはできません。「サイドイベント会場はスーパー・ファブラボに限る」と内々言われているので、サイドイベントをいくつ企画して、縦横無尽に走り回って汗をかいても、オイシイところはスーパー・ファブラボに持って行かれるのかと思うと、やりきれない気持ちに駆られます。
スーパー・ファブラボの会場を利用して、それでもちゃんとブータンの独立系ファブラボ(CST、チェゴ・ファブラボ)の存在をアピールするにはどうしたらいいか―――そのことだけを今は考えています。
チェゴ・ファブラボとのハンズオン・ワークショップ共催、スーパー・ファブラボが前週のFab Bhutan Challengeで取り上げなかったティンプーの別の課題に焦点を当てた別のプロトタイピングイベント主催、すでにお付き合いがある外国のファブラボも招いたパネルトーク開催など、いろいろ考えていますが、その過程でふと、「ファブラボ・ブータンの元スタッフや初期のユーザーは、この祭典にどう関わるのか」が気になりました。
別の記事でもご紹介したナンダ君は、ファブラボ・ブータンの元スタッフが、スーパー・ファブラボを会場としたイベントに顔を出せるわけがないと言います。興味はあるが、端からあきらめている様子でした。他のスタッフの多くが、ただ今ブータンで大流行のオーストラリアやカナダへの海外移住をはじめていて、この際だから同窓会でもやらないかとの私の淡い期待も、早々に断念を余儀なくされています。
ご存知の通り、ナンダ君はファブラボ・ブータンの経営に不満もあったようです。そんな彼ですが、「過去の経緯を考えれば、最低でもマダム・カルマ(カルマ・ラキ元代表)とツェワン・サーはFAB23に呼ばれて然るべき」だと言います。
世界ファブラボ会議(FABx)では、午前中は「ファブ・シンポジウム」という全体セッションが開かれ、客が呼べる有名人が登壇することが多いようです。せっかくのブータン開催なのだから、ブータンでのファブラボの歴史を語ることができる当事者であるカルマさんやツェワン君は、当然、登壇者としてシンポジウムに招待されるべきでしょう。
とはいえ、2022年6月4日のスーパー・ファブラボの開所式にすら姿を見せなかったカルマ元代表ですから、FAB23に来ることも期待しづらいでしょう。そこはナンダ君も認めてました。ではツェワン君はどうでしょうか。
パンデミック以降、デンマークから戻ってきていないツェワン君とは、2021年初秋の頃、ファブ・アカデミーのブータンでの分散開催ホストの件でZoomで顔を合わせたのを最後に、音信が途絶えていました。でも、彼がFAB23の頃に一時的にでもブータンに戻ってくるようなら、一緒に何かできないかと思ったので、私は久しぶりにツェワン君に連絡を入れてみました。
以前彼が使っていたメールIDは、今は使えなくなっていました。次に、Facebook Messengerを使って連絡を試みました。つながりました。若干の時差はありましたが、彼から久しぶりの返信がありました。
結論は、標題の通り。ツェワン君はFAB23には来ません。
表向きの理由として、彼が今デンマークで関わっている仕事が忙しいというのを挙げていました。でも、文面を見る限り、微妙にFAB23への言及を避けているように思われます。
2022年の第17回大会の準備の過程で、一市民社会組織に過ぎないファブラボ・ブータンが、これだけの一大イベントの開催準備を仕切り切れなかったことで、敗北感があるのかもしれません。この準備プロセスには、私も入れてもらえなかったので、何がどうなっていたのか、詳しいところはわかりません。あえて想像で言わせてもらうと、周囲がファブラボ・ブータンにあまり協力しなかったのではないかと思われます。今年1月にファブラボCSTで私も同じようなことを経験しているので(苦笑)。
特に、プライベートな事情もあってデンマークから遠隔操作を余儀なくされたツェワン君にとっては、みずからブータンで連絡調整を行えないことについて、隔靴掻痒の感があったのではないかと思います。これも、ツェワン君の第17回大会準備と同時期に、同様に遠隔操作で東京を動かさねばならない案件を抱えて、精神的に相当追い込まれた私の経験にもとづく想像ですが。
そりゃあ、嫌になりますよ。もし、私の想像があながち的外れでもないとしたら、FAB23とも、ファブラボとも、距離を置きたい気持ちに彼が駆られているとしても、なんの不思議もありません。
でも、ものすごく悔しい。スーパー・ファブラボの開所式の会場で、参列者がファブラボ・ブータンのことを、「あそこは経営者が悪い」と悪しざまに言っているのを耳にしたのも気分が悪かったけれど、FAB23でも同じような「欠席裁判」が起きるのかと思うと、とても悔しい。経営が拙かった点は否めないけれど、ファブラボ・ブータンを育てられなかったのは、それを取り巻く利用者側の意識の問題もあったと私は思います。慈善事業じゃないのだから、利用するならちゃんとお金を彼らに流してあげないといけない。
FAB23に来ないという、ツェワン君の意思をひっくり返すのは難しいかもしれません。カルマさんにしても、ツェワン君にしても、ファブ・ファンデーションやスーパー・ファブラボといったFAB23主催者が、それなりの敬意を払ってファブ・シンポジウムに招待すべき功労者を、舞台に上げないで済ませてしまう可能性が高いことには、忸怩たるものがあります。
日本からFAB23にお越しになるファブラボ関係者の方には、以上知っておいてもらいたくて今日は記事を書きました。FAB23は華やかな祭典になるに違いありません。でも、目の前で展開されている華やかな出来事も、裏ではこんな背景があるというのも覚えておいて下さい。
今私のところで企画立案中のサイドイベントのいくつかでは、ファブラボ・ブータンのレガシー(遺産)を折り込むことも狙っています。
ツェワン君には、「FAB23に来れないのは残念だけれど、私はあなたたちの初期の偉大な貢献を決して忘れない。今年12月には私もブータンを離れるけれど、できればその前に会えたら嬉しい」と伝えたところです。