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年甲斐もなく新しいことに挑んでみて

1月に受講開始したファブアカデミーも、ただいま最も大詰めにさしかかっています。受講登録者数約230名中、卒業制作のプレゼンに進んだのが184名でした。そろそろ、「卒業当確」がアナウンスされる生徒も出てきました。

所属ラボのインストラクターによる「ローカル評価」は全課題のクリアランスの期限が今月末となっていて、残り3日で全てのフィードバックに答えねばならないところに来ています。

ファブアカデミーでは、1月下旬から6月上旬まで、毎週水曜夜に3時間の「グローバルセッション」が英語で行われました。前半は生徒十数名がランダムに指名され、自己紹介の後、その週の課題取組み状況や卒業制作の進捗状況を説明させられます。

それが18回ぐらいあったわけですが、私、なんと一度も当たりませんでした。もともと受講登録者が230名以上いたので、当たらないのは仕方ありません。他にも当たらなかった生徒が80名ぐらいいたようです。

ですので、全員のプロフィールを承知しているわけではないですが、指名された生徒のほとんどは、デザインや工学専攻の現役学生か若い研究者、あるいはもっと若くてSTEAM教育真っただ中の中高生でした。いわばファブアカデミーで学び、取り組んだことが、そのまま自身の研究や勉強、作品制作に直結しているとの印象を受けました。


1.人文・社会科学系出身者は不利なのか?

一方、人文・社会科学系の出身の生徒はものすごくレアでした。中には、大学でビジネスを教えているという教員や、政府で働くソーシャルワーカーがいましたが、毎回10名以上が指名される中に含まれていてせいぜい1人いるかいないかでした。人文・社会科学系の出身者はおそらく全体の5%にも満たないでしょう。

私も含め、こういう人たちは大変です。ふだんのお仕事とファブアカデミーでやっていることで、ベクトルの方向が違うからです。

日中全然別の仕事をしていて、そこから夜になると頭をファブに切り替えるのですから。また、逆も真なりで、ファブの方でドツボにはまると、日中の仕事の方が手につかなくなる、そんな悪循環もあったことでしょう。

また、グローバルセッションが来るたびに、私は自分が指名された時のことを想定して、「多分自分が最年長の生徒です」と言い切れるのかどうかをずっとチェックしていたのですが、私よりも年上に見えた生徒は1人しかいませんでした。

このように、言い訳がましいですけど、私は、①人文・社会科学系のバックグランド、②高齢、の2つの不利を抱えていたことになります。

ただ、今振り返ってみても、①人文・社会科学系のバックグランドがものすごいハンデとなったという思いはそれほどありません。そりゃデザインや工学専攻の方々と比べりゃ作れるものには独創性も革新性も乏しく、技術的にかなり高レベルのものを卒業制作に盛り込めたとは思いませんが、一方で、人文・社会科学系ならではのものづくりのテーマもあるように思いました。

しかも、それなりに社会経験を積んでいるので、長年の社会人生活の中で、「これがあったらいいのに」と思ったものは結構あります。デザインや技術の洗練度ではかないませんが、課題に対して直球ど真ん中の答えをぶつけるのは、それぞれの分野での長年の経験がものを言います。

人文・社会科学系の出身者でもサバイバルの途はあると言えます。「年季」とか「年の功」といったものもあるのかと思います。

※ファブアカデミーの今後の受講勧奨のネタとして、今年の生徒の作品例が4つ、インスタで紹介されています。2番目に私の作品も紹介していただきました。


2.老いのハンデはやっぱりあった

ただ、年齢的なところでは、非常に苦労した面もあります。

1つめは単純に「視力悪化」の問題です。

私の場合、加齢に伴う遠視に加え、ここ数年、右目の視界がぼやけてほとんど何も見えない状態なので、左目だけでここまで半年やってきたのです。

昨年12月に帰国し、早々に眼科医を訪ねて診察をしてもらいました。結果「白内障」と診断され、しかも早期の手術が必要とされました。しかし、引越しや健康保険証の切替え時期も重なり、いまだに手術に至っていません。

おかげで、はんだ付けや電子回路工作の配線では苦労が続きました。はんだと、小手先と、そして基板上のパッドの部分と、3つを同じポイントで合わせるのが難しい。さらに、スルーホールよりも小さな表面実装のデバイスや、ただでさえPinが多いRaspberry Pi PicoをPCB基板上で動かぬようにして、それではんだ付けの照準を合わせるのは難航を極めました。

白内障手術を受けてからでないと眼鏡も新調できないので、ずっと合わない眼鏡で過ごしてきました。老眼鏡でも裸眼でも、どちらでも見にくいという事態を何度も経験しました。

2つめは「生活スタイル」です。

私は、これまで15年以上、夜のお付き合いがある日は除き、「夜22時就寝、朝4時起床」という生活パターンで生きてきました。仮に就寝時刻が多少後ろにずれても、朝4時には目が覚める、そんな生活でした。

ところが、ファブアカデミーはグローバルセッションが米国東部時間に合わせて行われるので、1月の開講時点では開始時刻が日本時間の23時、終了が午前2時でした。

日付が変わってさらに2時間も起きていなければいけない。これは普段からそういう生活パターンで暮らしていないととても無理です。このため、長年続けてきた超朝方生活パターンをいったん放棄し、一気に超夜型生活パターンに変えました。

これはしんどかったです。作業に集中していれば2時や3時まで起きているのは苦でもないかもしれませんが、時として目が疲れて見ているのがぼやけるとか、夜中1人でいてトラブって、思考がドツボにはまってこの世の終わりだと思い詰め、さらに根を詰めてしまう、そんな悪循環な出来事も二度三度起こりました。

超夜型だからといって、翌朝の起床を8時とか9時とかにまでずらすわけにもいきません。この年齢で睡眠時間3~4時間という日々を過ごすのは、体への負担も大きかったです。それも夜間は特にずっと座っての作業となるので、この5カ月で足腰がものすごく衰えたと感じました。老化が早まったかも。

3つめは、集中して物事を理解するのがものすごく難しくなったと感じることが多々ありました。

わからなければ図書館で参考文献を借りてきて読んでみたり、あるいは買ってきて読んでみたり、ネットで調べたりするのですが、一発で理解できないし、それが正解への糸口なのかどうかも判断がつかない。若い頃ならすんなり頭に入ってきたことが、なかなか理解できないという苦労がありました。

特に、もともと経験不足で自分のウィークポイントだと思っていた電子回路工作は、ネットで調べても、文献を読んでも、人の話を聴いても、全然すんなりと自分の頭に入って来ません。

今振り返って、私が躓いて「卒業ムリかも…」と最初の無力感に襲われたのは、第9週の「出力デバイス」の回でした。マイコンボードと出力デバイスをつないで、いくらプログラムを走らせようとしても、コンパイルやアップロードで躓くケースが相次ぎ、何が悪いのか全然見当がつかずに1週間過ごしてしまったのです。

書かれていることや、言われていることは、きっとそれを書いた人や言った人にとってはものすごくシンプルなことなのでしょう。でも、それが私には複雑怪奇で難解なお話に思えてしまう。

それで何度も訊き、その都度教えてもらってなんとかその場はしのぎます。でも、ではいざ今度は自分1人でやってみろとなると、何から手を付けていいのか途端にわからなくなる。習ったことが簡単に頭から抜けてしまった自分に気付かされます。

同じことを二度三度と尋ねるのは申し訳ない、そんな遠慮も輪をかけます。自分で調べてなんとかしようとしますが、若い頃と比べて物覚えが悪いから、打開策を見出すにも時間がそれだけかかります。

そして、自分がやった試行錯誤の過程を、いざ記録に残そうとすると、何をどうやったのかが正確に記憶できていなかったりする。こうして書いていてホント情けなくなります。

他の人ならすんなり理解できることが、自分には理解できない―――これが、ファブアカデミーを受講していて最も心苦しかったことですね。もっとも、他の人が本当にすんなり理解していたのかどうかは、私にもわかりませんが(笑)。

4月末頃に見せられた、ファブアカデミーの学習曲線
ホントその通りで、その頃は「卒業できそうもない」と諦めかかっていました

でも、その苦労してその試行錯誤のプロセスを記録しておくと、後で同じ工程をやろうとする時に参考にもできるのです。ファブアカデミーでさんざん言われた「文章化(ドキュメンテーション)」は、自分以外の他の誰かのために行うものだと位置づけられていますが、私は将来の自分に対して書き残すものでもあると捉えていました。


3.図らずも身を助けた芸もあった

このように、振り返ってみるとすごいアウェー状況で、よくぞここまで乗り切ってきたよなぁと感慨深いのですが、一方でその逆境を自分が乗り越えるため、図らずも役に立ったスキルがいくつかあります。

芸は身を助けるというか、受講開始までに積んでいた経験が、ややもすればすべてが難解に見えるファブアカデミーの学びの項目の中で、少しばかり精神的な癒しを提供してくれたところもあったのです。

1つめは「動画編集」です。

これは、2020年の一時期、仕事でお世話になった某映像制作会社の部長さんから、「次に海外駐在する機会があるなら、その前にAdobe Premiere Proを習っておいた方がいい」とアドバイスされ、現地での実践を通じて自分で覚えました。今はPremiere Proよりも安い動画編集ソフトを使っています。

ややもすれば時間がかかる動画編集を、人より短時間でサクサク進められるくらいに習熟していたのは、ファブアカデミー受講にあたって大きなアドバンテージになりました。もちろん、素人に毛が生えた程度のオジサンのスキルでは、若い人のセンスには勝てないところもありますが。

2つめは「3D CAD」です。

おかげさまで、これもブータンに行かせてもらっている間に相当勉強しました(「そのスキルが事前にあったからブータンに行かせてもらえたんじゃないのかよ」という諸兄のツッコミはさておき…)。

CSTという工科大学に配属されるにあたり、ファブに必要なスキル要素のうち、CSTの学生や教員があまり持っていないのは何か、そして日本側の専門家チームの持つ知見でカバーしきれていないところは何かを検討し、3D CADに狙いを定めて自分なりに情報武装しました。人にも教えるというので自分でさらに予習もしたので、結構な「裏技」も使えたりします。

ファブアカデミーではほとんどの生徒がFusion360を使います。受講してパラメトリックデザインに関しては新たな学びもありましたが、多くは知っているスキルでした。Fusion360が苦もなく使いこなせる状態に受講開始時点であったことは、精神的に余裕をもたらしました。

3つめは「英語+作文」です。

ファブアカデミーでは、毎週の取組み課題等はすべて英語で記録してウェブサイト上で公開することが義務付けられます。

グローバルセッションでのニール・ガーシェンフェルド教授と生徒とのやり取りも、生徒がこの「ドキュメンテーション」をちゃんとやっていることが前提です。

でないと、全部口頭で説明させられることになるからしんどい。だから、その週やったこと、やろうとしてやれなかったことなど、とにかく何でも記録していきます。思い付いたら反射的に何か英文をひねり出せるぐらいにはなったと思います。

noteの文章を読まれた方はお気づきでしょうが、事前の構成検討などせず、反射的にパッと書き始めて短時間でどんどん書き足していくのが私の執筆スタイルなので、どれも冗長でまとまりに欠ける文章になってしまうのが欠点ですが(笑)。

それだけではありません。私の卒業制作では、単にものを作れば終わりではなく、「ローカル製作・組立」と「操作」という、2つのマニュアルを作って公開することも含まれています。卒業制作の作品プレゼンが6月前半のヤマ場だとしたら、このマニュアル作成が6月後半の大仕事でした。

今ちょうどマニュアルを書き上げたところです。ものづくりだけでなく、書く力も求められたので、中身の濃さは別としても、書くことそのものがさほどハンデにならなかったことが、毎週終盤、そして半年間の履修最終盤の頑張り(帳尻合わせ?)にも寄与したと思います。


4.「受講料5,000ドル」、元は取れたか?

ファブアカデミー受講は、退職金がもらえて、有給休暇の権利消化ができ、かつそれだから余計に責任ある仕事を任せてもらえない、人生の中である意味最も恵まれたステージに自分がいたからこそ実現できました。

無収入の状態でメキシコでの卒業式にまで出ようなどと考えられたのは、この退職金があったからです。

上でも示唆した通り、自分の理解力の問題で、この半年ですべてを学ぶことができたとは思えないので、短期的に元が取れたとはとても言えません。ファブアカデミー修了がこれからの生き方にどのような影響が出てくるのかで、判断していく必要があります。

ただ、現時点もこれは言えます。

例えばスマホで制御するドローンがあるとします。これを作るのに、どのような技術要素が必要となるのか、これがスラスラ言えるようにはなったと思います。何が必要なのかがわかっているから、「作れるか」と訊かれれば、結構いい線まで自分で作れるのではないかと思うのです。

IoT組み込みデバイスでも、ドローンでも、それを作るには様々な技術要素が絡んできます。それを捉えられる「枠組み」が得られたことと、とりあえずどこから調べていけばいいのか、誰に訊けばいいのか、そういう「土地勘」が得られたこと、これは現時点であっても言い切れる受講の大きな成果だと思います。

「技術全集」のような技術要素のリスト、そしてそれを作るのに既に挑戦した先輩方の情報と連絡先―――これらは私の財産です。


5.【おまけ】受講者急増をどう見るか?

今年は、世界ファブラボ会議(FAB24)がメキシコ・プエブラで開催されることもあってか、ファブラボプエブラだけで48人もの受講がありました。さらにファブラボペルーで14人とか、とかく中南米のファブラボを実習の拠点にした生徒の数が多かった。そうした要因もあったので、生徒数がブーストしたようです。

でも、こうやって生徒数が増えた結果、グローバルセッションで一度も指名されないという生徒も出てきました。

次当たるんじゃないかという緊張状態を18週にもわたって維持したのだから、私にとって学習効果の面では悪いわけがないです。深夜でも眠くならなかったし。それでも、一度も自己紹介する機会がないまま卒業を迎えてしまうのはちょっと残念です。

ニール教授と面識がないわけではないですが、会話を交わす機会がファブアカデミー開講期間中に作れなかったのはちょっと心残りですね。その部分では、元が取れたと思えないでいます。

これからのことについては、漠然と考えていることがあります。

結局、グローバルディプロマプログラムを受講して、なんとかディプロマをもらえそうなところまでは漕ぎつけられたけれど、仮に卒業できたとして、FABx開催に合わせて遠方の国に毎年出かけていくのは時間的にも財政的にもしんどく、誰にでもできるわけではありません。

私も、今年のメキシコは自分の卒業式があるから行きますが、来年のチェコや再来年のボストンにまでポケットマネーで行くのは難しいでしょう。

グローバルにつながるのはそれができる人にお任せするとして、あとは足元の国レベルとかアジア地域といった国と全世界との間の階層ぐらいで、人的ネットワークが維持できたらひとまずはいいのかなと。

ブータン、インドネシア、フィリピン、ネパール、ナイジェリアなど、今回の受講と前職での経験を通じて、私がファブアカデミー卒業生との親交がある国があります。そのつながりを生かして、共同で何かのプロジェクトの推進について話し合えるようなプラットフォームが考えられたらいいなぁと、今は思っています。

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