開設1周年を迎えたファブラボCST
第18回世界ファブラボ会議(FAB23)閉幕から1カ月が経ちました。
1.戻ってきた日常の中で
ファブラボCSTがある王立ブータン大学科学技術単科大学(CST)では、FAB23カンファレンス開催中に秋学期がはじまり、今期新設された機械工学科、水資源工学科を含め、9学科で1年生が入学しました。
8月は、新入生向けのファブラボ紹介オリエンテーションからはじまりました。都合が悪く欠席した1年生もいましたが、合計285人をカバーしました。半数ぐらいが利用者になってくれたら御の字でしょう。
1年前の新学期は、まだファブラボ自体がオープンしていない中で迎えました。したがって、去年のオリエンテーションは新入生向けに限定しては行っておらず、ファブラボ開設後、約1カ月半を費やして、1年生から4年生(建築学科は5年生)までの全学生を対象に、オリエンテーション受講を呼びかけました。それでもカバーできたのは450人弱、学生総数の50%にも到達することができませんでした。
今年の場合は、FAB23前半に行われたFab Bhutan Challengeで、ファブラボCSTがホストした地域の課題解決の取組みが「大衆が選んだ最優秀チーム賞(People’s Choice Award)」を受賞したことは、学内でも大きく報じられ、学生のファブラボへの関心の高まりに一役買ったようです。全新入生をカバーするオリエンテーションが行われたのを見た在校生からも、「自分たちもオリエンテーションを受けて利用者になりたい」との要望が寄せられ、私たちはその対応にも追われました。
こうして、CSTの学生に対しては、主に平日夕方を用いて、オリエンテーションから3Dプリンターの操作、Tinkercadを使った3D CADを体験してもらうハンズオン研修へと進んでもらいました。一方、週末はというと、CSTに新規採用されたスタッフに対するオリエンテーションやハンズオン研修(8月26日)、さらには、CSTの近所にある看護師養成学校「アルラ・アカデミー」も8月に140人が入学したので、新入生向けオリエンテーションを2日がかりで行いました(8月19~20日)。
2.FAB23からの学生の学び~ユーザーズ・フォーラムでの共有
FAB23は、新学期冒頭の授業をわざわざ休んでティンプーまで行ったCSTの学生にとって、多くの学びを得る場にもなりました。8月12日(土)には、久しぶりの「ファブラボCSTユーザーズ・フォーラム」を開催し、①Fab Bhutan Challenge、②カンファレンスの二部構成で、彼らが学んできたものを在校生とシェアする機会を作りました。
カンファレンスで見てきた工科学生の間で特に反響が大きかったのは、以下に関連するワークショップでした。
オープンソース・キーボード「Quirky」:ニュージーランドのファブラボのマネージャーが紹介していた障害者向けキーボードで、片手の5本の指だけでキー入力できます。電気通信工学科4年生のグループが卒業研究で取り上げることになりました。
空気で膨らむアクチュエータ(Soft Inflatable Actuator):Fab Bhutan ChallengeでファブラボCSTに来ていたドイツのmatrixFabLabのアドリアーナさんが共催していたワークショップです。Fab Bhutan Challengeでは、地元で入手可能な素材として、パーティーグッズの風船を用いて背骨を矯正するデバイスを作っていた彼女ですが、自身のファブラボではシリコンに空気を注入するような仕組みで似た取組みをしていたようです。
ファブラボ単位でのゴミゼロ化(Zero-Waste FabLab):ファブラボ単位での廃棄物管理は、「ファブ・シティ」のような大きな取組みを考えていく上での第一歩といえます。Fab Bhutan Challengeで私たちがやろうとしたのも、半分は自助具でしたが、もう半分はアルミ缶のアップサイクリングでした。FAB23を通じても、3Dプリント後に除去したサポート材や試作品、失敗作などのプラスチック・アップサイクリングの取組みや、紙の再資源化の取組みなどは、CSTの教員・学生の目を引きました。Tシャツ用ヒートプレスを使ったフィラメントペレットの板状加工のワークショップに参加した学生が、「これって(市販のジューサーミキサーとロティメイカー、クッキングペーパーを使って板状加工している)ファブラボCSTでは試行してますよね」と喜んで言ってました。
アート、音楽、マルチメディアを組み合わせたレジリエンス構築:3日目(7月26日)の最後のワークショップでしたが、インドネシアのIKLIM(Indonesia Knowledge, Climate, Arts & Music Lab)やPulau Plastik(プラスチック・アイランド)といったプロジェクトが、音楽家、アーティスト、環境保護団体、気候変動専門家を結びつけ、気候変動や再生可能エネルギーへの移行やプラスチック廃棄物問題に関する行動を起こすよう、音楽、アート、その他コンテンツを用いて人々に行動変容をうながす様子が紹介されました。この取組みは、これまで科学技術やエンジニアリングをアートとは切り離し、音楽やファッションショーを単なるエンターテインメントとしか捉えていなかった学生の興味を引いたようでした。
自然観察する「何か(Whatchamacallit)」を作る:4日目(7月27日)のこのワークショップに出た学生2人から、「このワークショップをファブラボCSTで再現してみたい」と相談され、急遽8月26日(土)に2時間のワークショップを開催することになりました。こうやって利用者から提案を受けて運営を全部利用者に任せたワークショップの開催は、ファブラボCST創設後初めてのことで、開設1周年を祝うイベントになりました。
事前に、ボール紙やレーザー加工後の合板の切れ端、端切れなど、ファブラボで出る廃棄物を集めるよう言われ、ワークショップのタイトルとやろうとしていることがどうマッチしているのか半信半疑でした。ワークショップ開始直後に言い渡された20分の「野外ウォーキング」も、ひょっとしてアイディエーションに向けた右脳活性化が目的なのかと戸惑いました。
でも、会場に戻ってから取り組んだのは、廃棄物を用いて自然観察用のデバイスをプロトタイピングするというもの。むしろ、廃棄物を目の前にして「これを利用しよう」と意識付けされたことが、うまくアイデア出しにつながった気がします。もっといろいろな場でやってみたい―――そう思わせてくれる、お手軽なアイディエーション・ワークショップでした。
3.FAB23後のファブラボCSTの新展開
こうして、FAB23で燃え尽きることなく8月を駆け抜けてきたファブラボCSTですが、新たな利用者への研修機会の提供やユーザーズ・フォーラムを利用したFAB23の振り返り以外にも、いくつかの動きがありますので、以下でご紹介しておきます。
CST卒業研究:Fab Bhutan Challengeで行われた試作のうち、「点字プリンター」と「背骨矯正器」は、電気通信工学科4年生の卒業製作で引き続き研究が続けられることになりました。他の試作品については、即実装できるものから利用者にお渡しするよう進めているところです。
「この指とまれ」式短期プロジェクト:地元の障害児特別教育指定校(SENスクール)に対しては、ちょっと期待感を高めすぎたきらいがあり、どうしても継続的に何かしらの成果を生み出していく必要があると考えています。Fab Bhutan Challengeの期間中に出ていたアイデアスケッチの中から、いくつかのアイデアについては試作に持って行く必要があります。ファブラボCSTの利用者からメンバーを募り、1カ月ぐらいかけて実装していくような方法を取ることになりそうです。グループでの活動を通じて、1年生にもノウハウが引き継がれていくよう仕掛けられたらと思っています。
SENスクールでのSTEAM教育:SENスクールについては、別の経緯から8月中に11年生(日本の高校2年生に相当)のファブラボ訪問を受け入れる機会がありました。彼らにもTinkercadを使った2D/3Dデザインを紹介し、学校のコンピューターラボの施設で再現可能なので、SENスクールで自助具デザインをやってみないかという提案をして、現在学校側からの反応を待っているところです。学校のSTEAM教育の中で自助具デザインを取り入れるというのは、Fab Bhutan Challenge参加者の間でも提案として挙がっていたもので、何か形になったらいいと期待したいところです。
電気通信工学科教員の自主勉強会:ファブラボCSTは、大学の電気通信工学科の管理下にあるラボの1つと位置づけられていますが、プロジェクトマネージャーのカルマ・ケザン先生とラボ専属技師のテンジン君を除き、あまり同学科の教職員の利用がこれまで多くなかったという問題がありました。様子を見て所管を換えるような話が飛び交っていた中、今学期から電気通信工学科の先生方が話し合い、週1回のペースでファブアカデミーに沿った勉強会をスタートさせました。
pi-topを通じたユースセンターとの連携:FAB23期間中、ティンプーでわがプロマネとCST OBのナンダ・グルン君が協議して、急遽CSTでpi-top [4]を用いたワークショップを開催することになりました。プンツォリン・ユースセンターからpi-top [4]を6台お借りして、ファブラボで所有している1台とあわせ、計7台を使って最大45人に集中研修を行うというものです。今この記事を書いている間も、研修は進行中です。修了者は、その後ユースセンターが予定している、センタースタッフとユースボランティア向けの講習会の講師を務めてもらうことにしています。本来は、pi-top [4]のユースセンター配布を支援したユニセフと教育省青年スポーツ局がフォローアップに責任を負うべきですが、せめてプンツォリンでファブラボとユースセンターが連携した先例を作り、彼らに提言したいと考えています。
TinyML:FAB23カンファレンスで、中国のSeeed StudioのCEOが宣伝していた、小型ハードウェア向け機械学習技術です。超低消費電力のIoTデバイスでエッジAIを実現することができ、今後ますます多くのIoTデバイスで活用されることが予想されます。エッジAIについては、元ファブラボ・ブータンのスタッフで、CST OBでもあるナンダ君が早くから注目していて、FAB23開催期間中のワークショップにはもれなく出てくれていました。ナンダ君をインストラクターとして招聘して、10月にうちで研修を行う計画が進行中です。
4.創立記念日のお祝いは、あとづけでした(苦笑)
スーパーファブラボが開業2年目を迎えた6月4日に何も記念式典をやらなかったのを見て、常にスーパーファブラボには負けるまいとの対抗心を燃やしている私には、ファブラボCSTでは「8月25日には何もしなくてもいいのか?」という思いが実はありました。
でも、正直1~3でご紹介したさまざまな活動を実施、ないし計画していて、それだけでもけっこうヘトヘトになっていたので、創立記念日のために何かを企画するという気持ちには正直なれず、黙ってその日を迎える形となってしまいました。
8月25日は金曜日。平日だから、何か大がかりなイベントを用意するというのは元々難しかったというのもあるし、ちょっとズルいですが、人の誕生日をやたらとお祝いしたがるブータンの人びとが、ファブラボの誕生日をどの程度意識しているのか、黙って見ていたいという気持ちもありました。それに、翌26日には初の利用者提案型のユーザーズ・フォーラムが開催予定でした。繰り返しになりますが、利用者に企画立案・実施を委ねたのは初のケースで、それ自体が大きな価値があります。
でも、25日夕方に行われたプロマネ、テンジン君と私のファブラボCST運営チームの打合せの中で、私がボロッと「今日何の日か知っている?」と問いかけたところ、プロマネのカルマ・ケザン先生は、「そんな大事なことを、なんで今まで教えてくれなかったんだ!」と大騒ぎになりました。いや、忘れていたのはあなたでしょ!?
そんなわけで、翌26日は慌ててバースデーケーキを注文し、この日の学内行事がすべて終了した午後9時30分から、学長、ファブラボ運営チーム、夏休みからFAB23まで支えてくれた学生諸君を集め、開業1周年を祝いました。
今にして思えば、ちゃんと開業1周年記念イベントは、何らかの形でおおがかりにやっておけばよかったかもしれません。ファブラボCSTに対するJICAの協力は、今年12月17日に終了し、私も任期を終えて本帰国となります。もともと、2020年12月18日を起算日として協力期間3年と決まったのは、今年後半にブータンの下院議員選挙が行われるとしても、決選投票が済んで、大人数の動員を伴う終了時セミナーの開催は、プロジェクト終了までになんとか可能だろうと予想したからでした。
前回(2018年)の国政選挙では、10月に決選投票が終わり、11月には公開イベントの開催自粛は解除されました。この前例によれば、11月下旬か12月上旬なら終了時セミナーの開催は可能です。
ところが、現政権は組閣後の国会召集が2019年1月だったこともあり、ひょっとしたら下院議員選挙は前回よりもうしろにスライドするのではないかとずっと気になっていました。8月に入り、ブータン選挙管理委員会から発表があり、公開イベントの開催自粛期間は11月1日から年内いっぱいに定めるとの発表がありました。
これでは、確実にプロジェクト終了時にその成果を紹介するようなセミナーは、今の協力期間では開催できないことになります。私の派遣元がそれでいいということであれば、このままダラッと協力期間終了を迎えるというのもありだと思いますが、どうしたらいいのだろうか…。