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ブータンでの経験が、今の職場で最も生かせたと思えた瞬間
0.前置き~話がちょっと違う
ブータンから帰国して、もうすぐ1年になります。昨年の今頃は技術協力プロジェクトの成果アピールに追われる一方、睡眠時間を削りに削って公的助成獲得に向けたプロポーザルをカウンターパートと一緒に書いていた頃でした。やることが多すぎて、疲れがピークに達していました。
帰国して直後に働いていた職場では、ブータンでの経験が生かせる場面はほとんどありませんでした。じきに私は退職の途を選び、しばらくは充電しようと思っていたところに、今の12カ月の専門嘱託の仕事を得ました。
応募条件として、「3Dプリンターやレーザーカッターが操作できること」「ファブラボの運営経験があることが望ましい」といったことが挙げられていました。資格要件はすべて満たしていると思ったので、応募したらすんなり採用が決まりました。(但し、地縁・血縁がまったくない土地での仕事は長続きはムリで、短期間の修行だと思いながら勤務しています。)
さて、今働いているアート系の大学併設のファブスペースですが、その運営体制については以前こんな記事で紹介したことがあります。
この記事の中で、私は、修行と割り切ったら今の職場は十分満足なのだが、自分の立場は「教務補助」なので、プロアクティブにイベントを企画立案する権限はないと述べています。
前の勤め先では専門嘱託でも相当な仕事を担当させられていましたが、今の職場はもっと権限が小さいと感じます。また、私は「教務補助」というのは教員の授業の補助をする仕事で、自分も教員の指導内容を聴いてちょっと学ぶことができるとひそかに期待していたのですが、ここの教務補助はファブスペースの当番役で、授業の補助は期待されていないことが、働き始めてすぐにわかりました。
実際のファブスペースの運営責任者はそうした教員ですが、最近までその教員の方々がファブスペースを訪れることがほとんどなく、特段指示もなく、かつ自分たちにはイベントの企画立案権限がないので、正直、自分がブータンで意識的に取り組んでいた共創デザインの「場」づくりを、ここで役に立てる機会はまったくありません。「ファブラボの運営経験」という資格要件って、何だったんでしょうかね?
まあそんなことはどうでもいいのですが、地域との接点があまりにも乏しい閉鎖空間での仕事は、勤続期間が長くなるにつれストレスも徐々に溜まってきていたのですが、大学が創立ン十周年で新設されたアトリエ棟をお披露目し、一般の方々の来場を呼びかけた日は、私にとってむしろやりがいを感じる1日となりました。
たぶん大学OBの方やそのご家族が大勢いらしたのでしょう。加えて進学を考えて下さっている地域の中高生や親子連れも多数ファブスペースを訪れ、少しですがデジタルものづくりを体験して、自分で選んで操作して作ったものを、持って帰ってもらうことができました。
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今日はその時の経験について記録しておきたいと思います。
1.前提条件
以下、大学事務局から事前にいただいた依頼内容です。ちなみに、この依頼は管理責任者である教員は介在せず、私たちに直接下りてきました。
10時から17時30分まで、ファブスペースを訪れる訪問客向けに、設置機材でできることを紹介するワークショップを開いてほしい。
どんな客層なのかはわからない。子どもは来る。
何時頃がピークなのか、何人ぐらい来るのかもわからない。
要は、何もわからないがとにかく何かやってほしいというご依頼。いちばん安易なのは機械を動かしておいて来訪者に説明をするだけの対応で、それにお土産としてあらかじめ用意しておいたMDF板のタグを配布すれば、最低限の体裁は整うし、これまで不定期で来られる来訪者には、そのような対応をしてきました。
何でもいいからやってくれという依頼に、不特定多数が不定期に訪れたとしてもできるやり方はあるかもと私は考えました。その根拠は、
①最近大学が導入した3Dプリンター「BambuLab(バンブーラボ)」はとにかく速い、
②小さく、平べったい造形物ならそもそも出力に時間がかからない、
③それでも出てくる3Dプリント出力待ち時間で、レーザーカッター見学に回ってもらえれば、そこでカスタムキータグを短時間で作ることができる、
からです。これにより、①3Dプリントしたアクセサリー、②MDF板をレーザーカットしたキータグをお持ち帰りいただけるわけですね。
うちの大学の場合、学生の使用頻度が最も高いのはレーザーカッターなので、ファブスペースで傭上しているアルバイト学生の方が、Illustratorやレーザーカッターの操作に詳しいです。私は二次元描画にはIllustrator(イラレ)ではなくCorelDRAWを長く使っていたため、イラレについては正直苦手。レーザーカッターの方は、思い切って学生に任せることにしました。
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その上で、3Dプリンターの方は、サポートで入ってもらったアルバイト学生もそれほどBambuLabの操作に習熟しているわけではないため、ほとんど私のリードで当日は動いてもらうことにしました。
2.ワークショップの概要
やったことは下記のチラシの通りです。
あらかじめTinkercadでイアリングのパターンを10種類ほど準備し、来場者に好きなデザインを選んでもらい、STLファイルのエクスポートからスライス(Bambu Studio)、出力送信までの一連の流れをすべて自分でやってもらいます。スライサー操作の習熟がてら、それぞれ所要時間を計測してみたところ、デザインが単純なものなら8分(余熱など準備時間も込み)、小さくても複雑なものだと14分30秒かかりました。これを来場者にお伝えします。
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待ち時間は、ずっとプリント出力の様子を見続けるのもよし、レーザーカッターのところに行って、キータグを作るもよし、思い思いに過ごしてもらいます。実際、3Dプリント出力終了後、ビルドプレートが冷めるまで少しだけ待つ必要があります。あとは、そのまま持って帰るのもいいし、こちらで用意したカラー油性ペンで好きな模様にカラーリングしていただくのでもかまいません。
実際、多くのお子さんが油性ペンでカラーリングに取り組む姿が見られました。こうして出来上がったイアリングは、金具は100均で購入してもらう必要はあります。女の子受けするコンテンツだと思っていましたが、結構、男の子も挑戦してくれていました。
来訪者応対は、私と学生アルバイト2人の3人態勢でした。最初はアルバイト1人に誘導係をやってもらい、私ともう1人のアルバイトで出力対応を行いましたが、そのうちに誘導係の子も慣れてきて、出力対応もこなすようになりました。
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Tinkercadの作業平面は、私があらかじめ用意しました。手順としては、
画像検索で使えそうな白黒のデータを探し、右クリックでダウンロード(PNG、JPGファイル等)
上記ダウンロードデータを、無料のオンラインソフトを利用してSVGファイルに変換。変換後のSVGファイルをダウンロード
Tinkercad上で新たなデザインプロジェクトを作成し、作業平面にSVGファイルをインポート(インポート時のデフォルトサイズは実寸より100倍は大きいので、作業平面にアップロードする際には、サイズに要注意)
作業平面上に配置されたインポート済み三次元データの大きさをさらに微調整。造形物の四隅の白ポツにカーソルを合わせ、「Ctrl+ドラッグ」すると、XYZ同比率で拡大・縮小される。最後は高さを1.2mmに揃える。
こうして出来上がったデザイン10パターンを作業平面上に並べた後、プロジェクト自体をアルバイト2名と共有。2人はTinkercadアカウントを持っていなかったので、私の方でTinkercad Classroomを開設し、その生徒として2人を指名し、当該プロジェクトを演習課題としてURL共有。
これにより、アルバイト2人は、Tinkercadアカウントなしでも自分のPCでこの作業平面を開き、各自作業を行うことができるようになる。
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各ペアに印刷所要時間の吹き出しコメントを付けておいた
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バイト生(Classroom内では”Students”扱い)と共有する
3.あらかじめ用意したもの
ことこのイベントに関して、新たに用意したものはありません。フィラメントの消費量はたかが知れていますので、ファブスペースの在庫で対処しました。PCは、念のため私自身の個人用PCも用意してはいましたが、基本的には業務で使用しているPCと、学生アルバイトに持ってきてもらった2台の計3台で運用可能です。
3Dプリンタは、最低3台でも大丈夫ですが、BambuLab A1 miniだけで24台あるので、問題なく運用できました。おかげで、「白」「黒」「ピンク」「グレイ」「オレンジ」の5色での出力希望に応じることも可能でした。
あと、参加者向けプレゼン用に大型LCDモニターが必要でしたが、これも備品として所有していたモニターをそのまま活用しました。集客に不安を感じられたのでしょう、大学当局側でももう1台大型モニターを準備して、こんな表示をファブスペース前で急遽やって下さいました。
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あ、「事前準備は大してありません」は言い過ぎです。全デザインについてテスト印刷を行ったので、それをMDF板に両面テープで貼り付け、簡単な見本ボードを用意しておきました。
4.参考にしたもの
アクセサリーという発想は、ブータンでの技術協力プロジェクト派遣専門家時代に開いたワークショップの経験に基づくものです。イアリング1枚で、当時使用していたPrusa3だったら10分程度で出力できることは経験済みだったので、2枚だったら20分とか、予想することができます。また、アクセサリー作りのワークショップはプンツォリンのユースセンターでもやってみたことがあるので、子どもたちがどのような反応を示すのかも、だいたい予想はできました。
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使用したプリンターはPrusa3とUP mini ES
Tinkercad Classroomの活用もブータン時代の経験に基づきますが、noteで記事を書き始めるはるか以前から入門者向け3Dモデリング講習会を主催する際にはかなり利用していたので、noteで特出しでご紹介したことはありません。この利用は、当時Autodesk社が頻繁に開催していた”Teaching with Tinkercad”というSTEM教員向けウェビナーシリーズを毎回視聴し、そこで覚えた利用法を自分なりに探求した結果といえます。
最後は、出来上がったアクセサリーに油性ペンで色づけする工程ですが、これはもっと最近で、新潟県小千谷市に9月に新しくできたひと・まち・文化共創拠点『ホントカ。』で、小千谷市立図書館に併設されているファブスペース「発アンカー」が10月に主催していた3Dプリントのワークショップに参加した際、ヒントをいただきました。
発アンカーのワークショップでは、Blenderであらかじめ用意されていたデータのプラットフォームに、好きな4桁の数字を入力し、出来上がったキータグのSTLファイルを4人分まとめて3D出力し、合計約50分で印刷完了というフォーマットで実施されていました。
これを待っている間は時間を持て余してしまうため、主催者は油性ペンを用意し、数字のキータグとは別のキータグを2種類あらかじめ出力しておいて、これをカラーリングして過ごしてもらおうとしていました。
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右のタグは参加者が選んだ番号を出力したもの
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子どもの参加者は熱心にオリジナルのキータグづくりに取り組んでましたが、オジサンの私はそこまで凝った配色は思い付かず、せっかくだからとTinkercadの操作方法を子ども同伴で来られていた保護者の方や発アンカーのスタッフさんにもお見せして、即席講習会を行いました。初心者向けにはBlenderよりもTinkercadの方がいいと思いましたので。
5.反響
蓋を開けてみたら、子連れのご家族が結構多くて楽しんでいってもらえましたし、中高生や大学生でも、「3Dプリンターが動いているのを初めて見た」という方が大勢いらっしゃいました。意外だったのは、大人でも出力後のペイントを熱心にやっておられた方がいらしたことです。
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私にとっても新たな発見だったのは、オレンジのフィラメントで出力したイアリングにシルバーのペイントを施してみた方がいらして、それがとても不思議な色合いになったことでした。PLAプラスチック製の安っぽく見えるイアリングも、こうしてシルバーの塗装をほどこすと、結構見栄えがするアクセサリーに変身することがわかりました。
6.振り返り
来訪者の方々の反応も良かったし、大学当局にも感謝はされたので、よかったと思います。本当はこういうのをもっと頻繁にやれたらもっと私の実務経験はもっと生きてくると思うのですが、ここのファブスペースは大学付属施設で代表者を置いての自律運営は行われていないので、難しいでしょう。独自のウェブサイトも持っていないですし。私もそもそもが短期間の修行だから、今さら新しいことをやろうと言い始めてもあとに残る人々にご迷惑をおかけします。
ファブスペースを地域の公共財だと思っている私としては、今後しばらく悶々とする日々が続きますが、アドレナリンが出まくる1日を過ごさせていただけたことは、私にとって大きなリフレッシュでした。ありがとうございました。