プロジェクトは最後の追い込みに入った
1.国政選挙の影響
ブータンでは、今年下院議員の改選期を迎え、5年ぶりの国政選挙が控えています。すでに上院議員選挙は4月に終了していますが、下院議員選挙はこれから。10月末にロテ・ツェリン首相の内閣が総辞職し、司法長官を首班とする暫定内閣が発足します。暫定内閣の任期は3カ月と決まっているため、この3カ月の間に、支持政党を選ぶ予備選挙がまず行われます。現在候補者擁立を図っている政党は5つあります。
そして、予備選挙で支持された上位2政党が決選投票に臨みます。決選投票は、全国47の選挙区で両党が擁立した候補者同士の一騎打ちとなります。そして、過半数を占めた政党の党首が首班指名され、組閣を行います。
この選挙戦の期間中、大衆を動員するイベントは開催自粛するようブータン選挙管理委員会から通達が出ています。「大衆を動員するイベント」の定義は曖昧ですが、公開セミナーは当然NGですし、お祭りなども難しいとされています。人によっては、研修もダメだと言いますが、例えば大学の構内で学生を集めて行う研修などは問題ないとされています。
おかげで、外部の人を参加させるイベントは10月中にすべて終わらせる必要があります。したがって、どこもかしこもイベントの嵐です。ティンプーでは今、例年なら11月に開催されるはずの「Druk Tshongrig Gatoen(ブータン企業家祭り)」が10月19日から21日の日程で開かれています。毎年開催時期が異なるニューデリーの日本大使館主催の「日本週間」も、わざわざ10月27日からはじまるそうです。私たちも出展を打診されましたが、こちらもそれどころじゃないとお断りせざるを得ませんでした。
私たちのプロジェクトでは、協力期間の最終年度が国政選挙とぶつかるというのは当初から予想していました。国政選挙をプロジェクトの進捗が滞った言い訳にはできないと覚悟もしていました。プロジェクトの協力期間は、2020年12月18日から2023年12月17日までの3年間となっています。
2018年の国政選挙は、下院決選投票が10月に行われ、11月初旬には組閣がはじまっていました。私にはその記憶があったので、プロジェクトの協力期間が12月17日までだったとしても、新政権発足後に、プロジェクトの成果普及のためのセミナーを開くことはできるだろうと考えていました。
しかし、結果は、現政権の任期をそのままうしろにスライドさせた形になり、私たちのプロジェクトはもろに影響を受けました。これでは終了時セミナーは開くこともできません。成果を華々しくアピールする場もなく、なんとなくダラーッと終わってしまうかっこうです。「終了時セミナーなしでもいいですか」と派遣元の担当者に尋ね、それとなく2カ月程度の期間延長ができないか示唆してみたのですが、スルーされました。
そして、私たちも10月は駆け込みでさまざまなオープンイベントの企画に追われています。
2.ネパール・インド出張の裏日程で
前回前々回のnote記事でもご紹介した通り、10月上旬は、私も、プロジェクトのマネージャーも、直接的カウンターパートも、そろってネパール・インドへの出張に出かけていました。
しかし、留守中であってもファブラボを閉めるわけにはいきません。出張を決める前から計画していた行事もあったのです。
1つめは、ナンダ・グルン君による「TinyMLブートキャンプ」です。これは10月7、8日の週末の開催を予定していて、ナンダ君にはわざわざティンプーから来てもらうよう、8月の段階で予定を押さえていました。TinyMLとは、スマホ、ウェアラブルデバイス、センサー、小型ロボットなど、通常は小さなコンピューターやマイクロコントローラーに機械学習モデルを組み込んで動作させる方法で、7月のFAB23を見たマネージャーのカルマ・ケザン先生が、「TinyMLはうちの学生には有益」と言って、自ら主導してものです。
1日8時間の集中講座には2日間で16人が参加しました。受入れは、電気通信工学科のカマル先生にお願いしました。カマル先生も「これは自分にも勉強になる」と仰っていました。
2つめは、これもナンダ君が9月に主催してくれた「pi-topブートキャンプ」の第2フェーズで、10月8日(日)からは、プンツォリン市内のユースセンターで、子ども向けpi-top講習会が開かれることになりました。ナンダ君の「pi-topブートキャンプ」を受講したうちの学生に、3~4人一組になってもらい、ユースセンターでインストラクターを務めるよう手配をしました。この講習会は10月末まで毎週日曜日の朝、合計4回開催される予定です。
なにぶんにも留守中のイベント開催ですから、残っている先生や学生を信じるしかありませんでした、滞在先のチェンナイから関係者と連絡を取り、ちゃんとうまく進むか、ドキドキしながら推移を見守りました。
3.そしてハイウェイアウトレット・メイカソン
私がネパール・インド出張からプンツォリンに戻ったのは、10月13日(金)のことです。そして、その翌日からはじまったのが、国道沿いの露店をデザインするというメイカソン"Makeathon for Highway Market Outlets"でした。これは、インドネシアで自分が参加してきた「ファブキャンプ・チャレンジ」のプログラムを参考に、次のような日程で開催されました。
10月14日(土) アイスブレーキング、チュカ県庁によるレクチャー、
フィールド調査(スンタラカ、ジュムジャ)
10月15日(日)~19日(木) アイデア出し、プロトタイプ製作
10月20日(金) プレゼンテーション
10月21日(土)~22日(日) キャンプ(ジグミチュ・キャンプ場)
【企画準備】
国道沿いの露店がベンダーのニーズを反映したデザインや配置になっておらず、使い勝手が悪くてテナントがなかなか現れないとか、利用されても十分な機能を果たさないとか、さまざまな問題があるようです。チュカ県内の店舗は県北部のチュゾムから南部のリンチェンディンまでの間に21ヵ所あります。でも、利便性が悪いと感じたベンダーは、それ以外のところでも、大きなビーチパラソルを立てて、果物や野菜を売ったりしています。
プンツォリンからティンプーに抜けるこの国道は、インドからの観光客の通行がかなり多く、こうした使われていない露店やインフォーマルな露店は、沿道の景観を損ねるものだとチュカ県庁も問題意識を持っていました。県の経済開発マーケティング担当官(EDO)のサンゲイ・ティンレーさんは、たまに行われる私とのやり取りの中で、そうした問題意識を共有して下さっていました。
サンゲイ・ティンレーさんは、昨年ファブラボCST発足直後、私たちが見切り発車で開催したメイカソンにも参加されて、ファブラボの様子をご覧になっています。それから1年間、ファブラボCSTではゲドゥの縫製研修センター「カルマ・スティッチハウス」といくつかの連携事例は作りました。CSTの関係者をゲドゥに連れて行ってミシン操作を習っただけではなく、ゲドゥ郊外に住む、右手に麻痺のある女性縫製家の自宅兼作業場をJICAの専門家チームで訪問し、ミシン操作に使える自助具をデザインして実装するといった活動も行ってきました。
サンゲイ・ティンレーさんは、そうした個々の実績は多としつつも、チュカ県庁としてファブラボとどう付き合ったらいいのか、決めかねているといいます。チュカ県庁からファブラボCSTまでは車で2時間、商科大学がある高原の学園都市ゲドゥからファブラボCSTまでは1時間。気軽に訪問してこまめに相談できる距離ではないといいます。
私たちの技術協力プロジェクトのログフレームの中では、成果3として、「ブータン国内の社会経済課題解決に資するため、CSTが他大学や他官民機関と連携し、ファブラボがそのプラットフォームとなる」と書かれていて、そのためにいくつかの活動を行うよう定められています。しかし、ファブラボCST発足後の活動期間が1年少々しかないという制約の中で、特に次の3つの活動項目については、あまり取り組めていないなとの自覚を、私自身も持っていました。
サンゲイ・ティンレーさんとの協議では、どうしてもゲドゥの商科大学生を参加させられる「場」のデザインがすぐに思つきませんでした。でも、アウトレットのデザイン改良にターゲットを絞るなら、工科大学生とベンダーの間で検討できそうだし、現場訪問も、リンチェンディン~ゲドゥ区間の国道沿いの既存アウトレット見学という形で取りあえず実現させられます。そして、チュカ県庁は50万ニュルタムの予算を確保し、今回のメイカソンで出てきたアイデアをさらに詰めて、モデルアウトレットの新設や既存アウトレットの改修を行っていただけることになっています。
問題は開催準備です。すでに述べたとおり、ファブラボCSTのスタッフは全員チェンナイに出張していて不在だったので、ファブラボでメイカソン準備を担うことができません。そこで、本来チュカ県庁がCSTにアプローチする際の窓口で、昨年のメイカソンの主催者にもなってくれていたCSTテック・インキュベーションセンターを巻き込むことにしました。
(昨年のメイカソンの反省でも書きましたが、インキュベーションセンターは学内起業のためのインキュベーション施設なので、今回のメイカソンのような、学内起業につながらないイベントに巻き込むのは、ちょっと申し訳ない気もします。でも、私はファブラボCSTとテックインキュベーションセンターは統合すべきだと思っているので、今回の巻き込みはその布石だと割り切っていました。)
【プロトタイピング】
実際のメイカソンは、10月14日(土)のイントロダクションとフィールド調査の後、数日間は参加チームのファブラボへの来訪が少なく、本当に今はメイカソン開催期間中なのかと首を傾げるような静けさが続きました。
ところが、18日(水)あたりから、「夜もファブラボを使わせてほしい」という要望が聞かれるようになりました。この日はそれでもアイデア出しの作業に時間をあてていたチームの方が多く、レーザー加工機を使い始めたチームはまだ1チームでした。そして、23時には全チームが引き揚げていきました。当然のことながら、ファブラボ側でもスタッフが駐在する必要があり、私もその時間まで居残って、最後の施錠を行いました。
翌19日(木)は、全チームが試作へと進みました。大学の授業の関係で、彼らが集まれるのはどうしても夕方からになります。でも、一部の学生は昼過ぎからファブラボに来て、工作機械を使いはじめました。
作業は深夜に及びました。多くのチームは午前3時前に引き揚げましたが、1チームだけさらに居残り、そのチームの最後の学生が帰ったのは、翌朝午前7時前でした。(これを知っているということは、私も徹夜に付き合ったということなわけです。)
まあ、夜なべ仕事を推奨するわけではないですが、共同作業での最後の追い込み場面は、ある意味メイカソンの醍醐味でもあります。うちのプロマネからは、「「19時閉店」を徹底してもっと計画的に利用させるよう仕向けろ」と釘を刺されますが、現場で見ていると、こうやって学科も異なるメンバーがチームを組んで共同作業をやっている姿はそれなりに楽しそうで、私も入れてほしくなったりします。
【プレゼン】
10月20日(金)のピッチセッションは、16時15分からはじまりました。ふだんなら司会進行を務めるはずのインキュベーションセンターのダムチェさんが、冒頭ご紹介した「Druk Tshongrig Gatoen」のサイドイベントで開かれた王立ブータン大学傘下カレッジ対抗ビジネスアイデアコンテストの決戦大会に動員され、不在となってしまったことがわかり、私は引継ぎも受けないまま、かつ徹夜明けの頭のまま、司会役を務めることになりました。
6チームがプレゼンに臨みました。どのチームも、ピッチセッション開始直前までファブラボの作業スペースで組立てに取り組んでいましたが、プレゼンでは組立てが終わったアウトレットのミニチュアを審査員に披露し、コンパクトなプレゼンとビデオにまとめていました。便宜上、上位2作品の選考は行われたものの、どの作品にも特徴があり、捨てがたい要素が含まれていたと思います。
ブータンでこの手のイベントを開催すると、必ず順位を決めて、上位チームには文字通り「賞金」を現金で渡すという、あまり私自身は快くは思っていない慣習があります。これはJICAの経理規程とも相性の悪く、毎回処理の仕方で悩むポイントですが、今回は上位入賞チームを週末にジグミチュへのキャンプツアーを提供するという形でなんとか済ませました。ジグミチュは、最近チュカ県が開発したエコツーリズムの重要スポットの1つです。
【実装に向けて】
審査後、サンゲイ・ティンレーさん、経済省観光局のドルジ・ワンディさん、それに私とテンジン君で次の展開について話し合い、近々、チュカ県の設計施工業者を集め、この6チームにもう一度プレゼンをやってもらって、各チームのアイデアを実際のアウトレットの設計に反映させようということになりました。実装に向けた道筋が確保でき、ちょっとホッとしました。
4.今後も駆け込みイベントは続く
10月末までは残すところ10日足らず。この後もいくつかのイベントが続きます。ユースセンターでのpi-top講習会はまだ2回残っていますし、チェンナイ出張を受けたユーザーフォーラムでの出張報告も予定されています。
チェンナイ出張については、報告したらそれで終わりというわけではなく、ブータンでの自助具技術の研究開発・普及体制を包括的に築いていくための次のステップが話し合われているところです。
10月26、27日には、ファブラボCSTを会場にして、初めての対面式の「ファブラボ・ブータンネットワーク会合」が開催されます。この会議のお話はまた改めてnoteでレポートしたいと思います。
そして、チュカ県庁とは、ハイウェイマーケットアウトレット・メイカソン以外にも、2つの連携企画も進行中です。「ミシンメンテナンス修理研修」と「特定女性障害者自助具製作プロジェクト」ですが、いずれも小規模で行う予定で、チュカ県庁の調整により、11月に行われることになっています。
「国政選挙を言い訳にしたくない」———そうした気持ちから、地域のステークホルダーと頭をひねっていくつかのイベントを企画立案・実施してきました。どれもかなりの力技で進めてきており、1つ1つのイベントの仕上がり具合は、外国人の私から見れば60~70点といったところですが、おそらくブータン人的には、それでも許容範囲の出来だといえるでしょう。
地域のステークホルダーを巻き込んで、「地域にファブラボが1つあればこれができる」というケースをできるだけ多く作り、プロジェクトが終了した後も、その7割程度をあとの人たちが再現してくれれば、私としては及第点だと思っています。