共同ドキュメンテーションのプラットフォーム~どれが有効か?
デジタルファブリケーションをこのサイトの中心テーマに据えていたのに、今まであまり取り上げてこなかったのが「ドキュメンテーション」です。
工作機械をフリーで使ってもらう代わりに、利用者に機械を使って何を作ったのか、その製作プロセスや設計データの公開を求めているファブスペースはちょくちょく見かけます。私のように「国際協力でファブスペースをもっと活用しよう」というアジェンダを推進しようと人に話すと、必ず、「そこで何ができるの?」と訊かれます。そんな時に、作例が豊富にあるファブスペースのサイトを紹介できるととても有用です。
世界の誰かがこれまでに作った作品の設計データをダウンロードできるようまとめたプラットフォームは、3Dプリント用のSTLファイルやレーザー加工用のベクターデータのサイトがいくつかあります。
3Dプリントで最も有名なのはThingiverseでしょう。最近やたらと販促をかけているBambu LabのMaker Worldも、急激に三次元データのアップロードが進んでいる印象があります。二次元ベクターデータのサイトとしては、私は3axisをよく利用しています。
これに製作プロセスまで詳述したサイトとなると、InstructablesやFabbleは参考になります。私が受講したファブアカデミーでも、直面した問題やその解決策なども含めてプロセスを全部記録するよう義務付けられており、MkDocsを用いて構築したウェブサイト上で、すべて公開されています。ただし、Instructablesやファブアカデミーのドキュメンテーションはすべて英語なので、解読はそれなりに大変なのですが。
日本語で、ということになると、私はnoteを使うことが多いです。他のクリエイターさんがnoteで紹介している作例も、検索して参考にさせてもらっています。
では、デジタルファブリケーションで強調される「シェア(共有)」は、人が書いたドキュメンテーションを参照するだけでいいのでしょうか。自分の取組みをあとでまとめて文章化した記録を、他の誰かが見て参考にできるようにしておくのは当然重要なことですが、複数の人が一緒にプロジェクトに取り組み、そのグループワークを通じてナレッジやスキルの共有が進められることもあり得ると思います。
それで本日のテーマですが、グループワークに利用可能な共同編集用ドキュメンテーションプラットフォームについて、私見をまとめてみました。
1.MkDocsでドキュメント作成し、Git&GitLabでバージョン管理
冒頭ご紹介した通り、ファブアカデミーではMkDocsでウェブサイト構築を行いました。MkDocsで作成したドキュメントをGitLabのローカルリポジトリに保管し、これをGitLabの自分のアカウントのリモートリポジトリに「プッシュ」することで公開します。これだけなら個人プロジェクトの記録に過ぎませんが、このリモートリポジトリを複数のメンバーで共有していれば、ドキュメントの共同編集に利用することができます。
通常、私がファブアカデミーのウェブサイトをご紹介する際には自分自身のサイトのみご紹介することが多いですが、グループワークに関しては、ローカルセッションをホストして下さったファブラボ関内(横浜)のリポジトリから「プル」して、各メンバーがローカルで作業をやり、結果をリモートリポジトリに「プッシュ」していました。
注意しないといけないのは、ローカルで文章に手を入れる前に、必ずリモートから「プル」しないといけないことで、これをしなかった他のメンバーが私の作業した文章を上書きしちゃったことがありました。
MkDocsはmarkdownという言語を使っていて、htmlよりも簡単な文法でドキュメンテーションを行うことができます。また、Python環境でMaterial for MkDocsというウェブデザインのパッケージをインストールすると、ウェブページのカスタマイズもかなりできるようになります。このあたりは、私はファブアカデミー受講中にあまりよく理解できていなかった点で、ただいま再勉強中です。できれば、ファブアカデミーで作ったGitLabのアカウントではなく、お試しで作ってみたGitHubの方のアカウントでウェブページをホストしてみたいと思っているところです(今月の課題…)。
ただし、ファブアカデミー受講開始時にたった1回しか経験したことがないプロセスなので、こうして説明するのはやはり難しいし、これをチームのメンバーにも教えて、一定の品質で作業をやってもらうのは至難の業ではないかという気がします。編集作業開始前に毎回確実に「プル」させるようにするのも大変でしょう。今、複数国にいるメンバーとの共同編集にMkDocs&GitLabが使えるのかどうか、けっこう判断に迷っている事案があります。
なお、今回詳述しませんでしたが、三次元データやベクター/ラスターデータをGitHubで公開している方もいらっしゃるので、GitHubも利用可能だと思います。私が参考にさせてもらった方は、詳細な取説はPDFファイル化したりReadMeで説明したりされていました。
2.日本語だったら使い勝手がいいFabble
Fabbleは日本語環境もあるので、とっつきやすいプラットフォームだと思います。特に、メイカソンやハッカソンといった短期集中型のオープンイノベーションイベントのドキュメンテーションなら、これくらいコンパクトな方が利用しやすいでしょう。また、Fabbleのドキュメンテーションをそのままスライド化する機能もあるので、別途プレゼン資料を作ったりする手間も省けるかもしれません。
実際に使ってみると、かなり直感的に操作ができ、初心者でも利用しやすいと思いました。日本語環境の他に、英語環境にも切り替えられるようなので、英語環境下での短期協働プロジェクトに用いることは可能でしょう。
一方で、挿入写真と説明文を一対一でリンクさせられなかったり、説明文に字数制限があったりと、ちょっとした制約も目につきました。プロセスをステップごとに詳述したい時にはちょっと工夫が必要な気がします。もともと、1つのAnnotation(ページみたいな意味?)にあまり多くの情報を載せない、それをやりたいならAnnotationの数を増やそうという考え方でデザインされているのではないかと思われます。
また、印象では複数メンバーでの共同編集といっても、せいぜい2~3人での作業を想定して開発されているのか、バージョン管理についてはどう使っていいのか私もまだ理解できていません。
noteでこれに近いことをやっちゃっていますので、私も個人プロジェクトのドキュメンテーションではFabbleは使っていません。自分のポートフォリオ管理の日本語プラットフォームとして、使った方がいいかな~とは思うものの、オリジナリティに欠ける習作までここに上げて本当にいいのか、迷うところではあります。
3.悩ましいNotion
2023年9月にインドネシア・ジョグジャカルタ州で開催されたファブキャンプ・チャレンジに参加した際、ドキュメンテーションの共同編集で使っていたのがNotionです。残念ながら、リンクが切れていてその時に記録をまとめたURLがご紹介できないのが残念なのですが。
この時の経験があったので、昨年7月のメキシコ・チアパス州でのファブシティ・チャレンジでも、Notionを使ってみました。共同編集をメンバーに割り当て、英語で共同編集を終えた文章をDeepLを使ってスペイン語に翻訳し、訳文をホスト団体関係者にチェックしてもらってから公開するところまでやってしまう―――この一連の作業が現地にいる間にできました。
しかし、1カ月もたたないうちに、問題が発生しました。Notionの無料アカウントを使って公開したのですが、公開ページ数が無料アカウントの上限を超えたか、あるいは共同編集可能なメンバーの数が無料アカウントの上限を超えたか、何が理由だったのかはよくわかりませんが、無料ブロックを使い切ったから有料プランに切り替えろと要求が来たのです。
さすがに私も悩みました。有料プランの料金が「メンバー当たり月額1,650円」と非常に高かったので、これオレが個人で負担するべきなのかと悩んでしまい…。仕方なく、とりあえず公開していたスペイン語のウェブサイトは閉鎖し、これで請求メールの嵐は収まりました。
これが、第1節でチラッと言及した事案です。メキシコ側のメンバーと意思疎通を図るのは結構難しいのではないかと思い、MkDocs&GitLab(またはGitHub)に切り替えるという方針を決めかねているところです。
よくわかりませんが、インドネシアも、メキシコでの場合と同じ理由で公開されなくなってしまったのではないかと思われます。Notionも、ドキュメンテーションの編集の裁量の余地は結構広かったので、これをそのまま公開できたらいいのにとは思いました。
ただ、最近、共同編集だけならNotionでもできるというのを発見しました。
共同編集だけNotionでやって、結果だけコピペしてMkDocs&GitLab(またはGitHub)でウェブサイトにアップしちゃうというやり方もありかもしれません。
4.いっそのことGoogle Drive?
これも考えました。いっそのことGoogle Documentで文書作成して、それをメンバー間で共有して共同編集可能にしちゃうといったやり方です。URLを知っている人なら閲覧可能と共有設定をしておけば、見たい人には見てもらえます。
Google SpreadsheetやGoogle Documentは、以前私が働いていたブータンのFabLab CSTでは、プロジェクトチームのメンバー間で日常茶飯事的に使っていたので、ドキュメントの共同編集に利用できることは間違いありません。
しかし、限られた人数のメンバー間での共有には当たり前のように使えるGoogle Driveですが、フォルダ内の全ファイルを公開するのは難しいのではないかと思います。たぶん、「URLを知っている人なら全員」という公開条件が最大で、URLを知らない人にまでリーチアウトできないでしょう。
5.(余談ですが)Fab Managerを使って構築されたFabLab CSTのウェブページについて
ブータンでJICAの技術協力プロジェクトに関わっていた当時、ブータンのファブラボでドキュメンテーションや利用者の協働を促進するためのプラットフォーム構築に力を入れていたファブラボはどこにもなかったので、技術協力で支援したFabLab CSTでは、フランスで開発されたファブラボ運営管理用オープンソースプラットフォームFab Managerを利用し、機材予約やイベントスケジュールの告知・予約などを行っていました。
この中に、Project Galleryというページがあり、利用者はここに自分のプロジェクトのドキュメンテーションを書き込み、公開することができました。(残念ながら、現在リンクが切れていてFabLab CSTのウェブサイトを閲覧することができなくなっていますが…。)
出来上がったプロジェクトの公開と共有は、このProject Galleryで行うことができました。また、そのプロジェクトに誰が関わっていたのか、メンバーを閲覧することも可能でした。
しかし、共同編集ができず、プロジェクトをProject Galleryにポストしたメンバーだけに編集権限が与えられる設計になっていて、他のメンバーが編集に参加できないとの指摘も受けました。共同編集ができるプラットフォームでとりあえずドキュメンテーションは進めて、公開はProject Galleryでまとめて行うというアプローチもあり得ると思います。
繰り返しになりますが、ブータンで独自ウェブサイトを持っているのはスーパーファブラボ(Jigme Namgyel Dorji Super Fab Lab)とFabLab CSTだけで、あとはファブアカデミーを修了したブータン人卒業生がファブアカデミーのプラットフォーム上で開設している個人ウェブサイトがあるだけです。「シェア」の意識は全体的に低く、それがファブラボの「わからなさ」「知っている人だけが知っている」という状況につながっていると思います。
「ファブラボで何ができる?」という問いにかろうじてこたえられるプラットフォームであるFabLab CSTのProject Galleryが、もっと多くのプロジェクトで埋まっていくことを願ってやみません。
6.「共同編集」と「公開」は切り離すのも一案か?
複数のメンバーが同程度の理解度の上に立って共同編集を行うというのが難しいのであれば、ドキュメンテーションは結局、「編集」のフェーズと「公開」のフェーズを分けて考えるのがいいのかもしれないなというのが、とりあえずの今の私の結論になります。
書きながら、今抱えている悩みに対して結論めいたものが出てきたのはホッとしています。