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雑記帳 その4 「瞳をとじて」について



瞳を閉じて: シネマネコ入口にて

 寡作で知られるビクトル・エリセ監督による31年ぶりの長編4作目ということで話題の作品.「別れのまなざし」という劇中劇(映画中映画?)を含む3時間近い長編だが,意味ありげな美しい構図もあって,時間の長さは感じずに観ることができる.第一回作品では幼かったアナ・トレントが,再び重要な役どころで出演していることも目を引くところ.アナは40年たってもアナであった.エリセ監督作品は,私個人も最初の作品からのファンで,今はない六本木のシネ・ヴィヴィアンという映画館の思い出にもつながる.押井 守監督作品を連想するもののほか,日本と関係するアイテムもちょっと出てくる.
 本作の主人公は,友人でもある役者の失踪を期に,映画をとることをやめてしまった元映画監督である.「未解決事件」というテレビ番組のオファーを受けたことをきっかけとして,事態が展開していく.主人公の古い友人やとりまく人をめぐっていくことで,物語の小さなパーツが少しずつ集められ,組み立てられていく.これまでのエリセ監督作品は暗喩や隠されたものを多く含むので,そのような分析をする人もいるようだが,本作では,登場人物の分かりやすい言葉で物語のパーツが語られていく.主人公たちの人生の各ステージを,31年前にはなかったVFXを駆使して再現してみせる,というテクノロジーも使っているのも,これまでのエリセ監督作品にになかった特徴である.
 ところで,エリセ監督作品を通して,重要な言葉は「奇跡」である.第一作と第二作では,ミラグロスというおばちゃんとして画面に登場する.本作ではおばちゃんと奇跡は分かれて別の形で現れるが,その登場はアナ以上に「お約束」である.おばちゃんは,奇跡の種をちゃんとまいてくれる.「映画の奇跡はドライヤーで終わったんだ」というセリフでオールドムービーファン向けのサービスもある.
 本作から,読み取れることは観客によって様々であろう.監督と同様に歳を重ねた私には,主人公の元監督が映画を撮るのをやめてしまったのち,再び映画の「奇跡」を信じることができるようになる長いプロセスを,丁寧に描いてみせてくれているように思った.それはエリセ監督の31年間の苦悩のプロセスであったのかもしれない.

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