
貧困学生のための大学院ガイド(人文社会系向け)
この記事では、人文社会系を専攻する貧困学生がどうやって修士課程、そして博士後期課程に進学するかについて、私自身の備忘録も兼ねて書いています。人文社会系の研究を行い、「修士課程・博士後期課程に進学したい」けど「実家に頼ることができない」、「お金がない」、「周囲のネットワークがない」という方々には、役立つかもしれません。
要旨
学生への経済的支援が手厚いのは、基本的に大規模な大学。
経済的支援とその要件はよく調べ、修士課程入学後すぐの申請ラッシュに備える。
小さな学会・発表会などの機会を利用し、できるだけ多くの業績を積む。→JASSO返還免除・学振等のため。
博士後期課程に進学を考えている場合は、修士課程のあいだに進学準備も就職活動も並行して行う。→学振等に落ちても生きられる経済力。
博士後期課程での生活をよく想像する。
自己紹介
はじめまして。東京大学大学院で地域研究・現代史・歴史社会学の研究をしている大学院生(M2)です。研究内容はさておき、これまでの筆者のプロファイルを紹介します。こんな筆者が書いているんだな、と感じて頂ければと思います。
・甲信越地方出身で、大学進学を機に上京。学部は都内の国立大学。
・学部卒業後、すぐに東京大学大学院(修士課程)に進学。
・学部1年時に貸与型奨学金を100万円程度借り、学部2~4年時までは給付型奨学金&授業料免除制度を利用。あとはバイトで生活費稼ぎました。
・修士1年時には再び貸与型奨学金を100万円程度借り、民間奨学金も頂きつつ、さらに授業料免除制度を利用。(つまり現在、合計200万円程度の借金あり。)修士2年目の現在は、継続して民間奨学金を頂きながら授業料免除制度を利用し修学中。学部時代よりバイトは減らしています。
・今後就職するか、博士後期課程に進学するかについては、どちらも選択肢にあります。
1. 大学院(修士課程)の選び方
お金がない学生にとって、修士課程への進学は大変な困難を伴います。ここでは「お金がない、だけど修士課程(博士前期課程)に行きたい」という学生は、どうやって大学院を選んだほうがいいのかについて書いてみます。
(大前提として、自分の研究と指導教員の研究との相性、進学先の研究科の研究動向・教育カリキュラム、大学院入試の要件などをチェックすることがとても大事です。この辺りは、アーニャbotさんの記事が参考になるのではないでしょうか。)
1-1. できるだけ大規模な大学に進学する
東京大学や京都大学などの大規模な国立大学には、専用奨学金制度が充実しています。例えば東京大学では、数年前に「東京大学基金ステューデントサポーターズクラブ奨学金」なる給付型奨学金制度がスタートし、修士課程の学生のうち「特に優秀な人で、かつ経済的支援を必要とする人」を対象に月5万円を給付しています(参考:東京大学基金ステューデントサポーターズクラブ奨学金の募集)。
ほかにもこうした大学では、民間奨学金の選択肢も多く用意されています。民間団体・財団の給付型奨学金制度は、東京大学・京都大学など全国の有名国立大学・私立大学の学生のみを対象としていることがあります。筆者も修士1年時に民間奨学金の学内応募に申請し、その後採用・受給しています。大学を通して申請するため学生側で申請書類を作成する必要がなかったり、選考が通常より簡単だったり、申請者(学生)の負担が少ないことがありがたいです。
こうした情報は大学のホームページでまとめられていることが多いので、入学前にもチェックすることができます。(参考:東京大学 奨学金 (奨学制度インデックス) 、京都大学 さまざまな奨学金 )
1-2. JASSO貸与型奨学金の「特に優れた業績による返還免除」を狙う
JASSOの貸与型奨学金には、「特に優れた業績による返還免除」という制度があります。JASSOのホームページによれば、これは「大学院で第一種奨学金の貸与を受けた学生であって、貸与期間中に特に優れた業績を挙げた者として日本学生支援機構が認定した人を対象に、その奨学金の全額または半額を返還免除する制度」です。
「学問分野での顕著な成果や発明・発見のほか、専攻分野に関する文化・芸術・スポーツにおけるめざましい活躍、ボランティア等での顕著な社会貢献等も含めて評価し、学生の学修へのインセンティブ向上を目的としています。貸与終了時に大学に申請し、大学長から推薦された人を対象として、本機構の業績優秀者奨学金返還免除認定委員会の審議を経て決定されます。」
大学院生の中では、在学中に業績を作るなど、この制度を利用しようとしている人も多いです。返還免除を狙って貸与型奨学金を利用してみるのも、(不安ですが)可能性としてありかと思います。
修士課程入学後 4~6月の生活費問題
しかし、これらの奨学金の多くは修士課程入学後に申請するため、修士課程に入学した4~6月の生活費をどうするのかについて、多くの人が悩んでいると思います。早めに入学が決まった人は、「JASSO貸与型奨学金(大学院予約)に申請しておく」、「予約採用を行っている民間団体・財団を探す・申請しておく」、「学部のうちにバイトしておく」…などが堅実な選択かと思います。早めに入学が決まれば準備もできるので、早めの入試で終えられたらいいですね…。
2. 修士課程に入学したら…
さて、いざ修士課程にしたら、やらなければいけないことをまとめていきます。重要なことは、早めに経済的に安定し、授業・研究に集中することです。そのためには、①主に4月~6月のあいだに各種奨学金を申請する、そして博士後期課程への進学を視野に入れている場合は②論文投稿・研究発表など、できるだけ多くの業績を積む、③学振・JST次世代申請・就職活動のすべてを視野に入れることをおすすめしたいと思います。
2-1. 経済的支援を探す・利用する
まず修士課程に入学したら、おおよそ4月から6月のあいだにJASSO貸与型奨学金(在学採用)、民間奨学金、学内奨学金などさまざまな奨学金の申請が始まります。基本的に、奨学金の申請はとても時間と労力がかかるものです。早めに大学のホームページから申請情報を確保し、所得証明書・住民票・源泉徴収票などを用意します。これらの書類は一度用意したら使い回せるので、PDF等にして保存しておきたいところです。
そして何より重要なのは、「指導教員からの推薦状」です。民間奨学金・学内奨学金の多くは指導教員の推薦状を必要としているため、指導教員が推薦状を執筆する時間も含めて早めに依頼し用意することが重要です。入学後すぐの時点では指導教員が学生のことをよく知らない場合も考えられるので、自分のアピールポイントを予めワードファイルにまとめて指導教員に渡しておくといいかもしれません。
私の場合、4月から6月のあいだに5つの民間奨学金、JASSO貸与型奨学金(在学採用)、そして東京大学の卓越大学院プログラム(RAとして月15万円の生活費が貰えます)に申請しました。JASSO貸与型奨学金と1つの民間奨学金以外は全て落ちましたが(泣)、なんとか生活費を確保することはできました。その後、M1の9月ごろにまた学内の給付奨学金に応募し、そちらでも採用を頂いたので、だいぶ安定した生活を送ることができました。
2-2. 業績を積む
博士後期課程への進学を目指している/考えているのであれば、たとえ文系であっても、修士課程の2年間で少しでも業績を作った方がいいです。なぜなら、博士後期課程以降、学振・JST次世代、その他民間奨学金に申請する場合、何らかの業績があることが審査上のプラス要素になってくるからです。ここで言う「業績」とは、(学内外問わず)学会・研究会での研究発表、論文雑誌への投稿、何らかの紙面への寄稿など、です。例えば、ほとんどの大学のM2学生が申請する日本学術振興会 特別研究員DC1(以下、学振)の申請書には、以下のような指定があります。
「記述の根拠となるこれまでの研究活動の成果物(論文等)も適宜示しながら強みを記入してください。成果物(論文等)を記入する場合は、それらを同定するに十分な情報を記入してください。
(例)学術論文(査読の有無を明らかにしてください。査読のある場合、採録決定済のものに限ります。)著者、題名、掲載誌名、巻号、pp 開始頁-最終頁、発行年を記載してください。
(例) 研究発表(口頭・ポスターの別、査読の有無を明らかにしてください。)
著者、題名、発表した学会名、論文等の番号、場所、月・年を記載してください。(発表予定のものは除く。ただし、発表申し込みが受理されたものは記載してもよい。)」
令和6(2024)年2月 独立行政法人日本学術振興会
このように、博士後期課程に進学し、研究資金・生活費を獲得していくためには、修士課程の2年間で少しでも業績を作っておくことが重要です。業績が無いことが必ずしもマイナスになるわけではありません!しかし、「業績がある」ということはプラスにしかならないでしょう。また人文社会系の修士課程で業績を持っている学生は少ないため、「学内の小さな研究会」、「大学院生の勉強会」、「学内の紀要論文への投稿」…など敷居の低いところから、少しでも発表の機会を作っていくことが重要になります。
*繰り返しますが、「業績が無いこと」自体はおそらくマイナス要素になりません。それについては悲観せず、申請書ではとにかく自分をアピールすることが重要だと、私は考えています。
2-3. 学振・JST次世代(SPRING)、そして就職活動
修士課程の2年間で最も重要なイベントは、博士後期課程での研究費・生活費を確保すること、もしくは就職活動をすることだと思います。本節では、主に博士後期課程への進学を考えている方を対象に、この点について書いてみようと思います。私が現時点でたどり着いた結論は、「経済的な不安を払しょくするためには、学振・JST-SPRING等・就職活動すべてを並行して進めるべき」ということです。
まず、博士後期課程に進学を考えているとしたら、博士後期課程での研究費・生活費を確保することが何としても必要になります。そのうち最も有名なのが先ほども触れた日本学術振興会 特別研究員DC1、いわゆる学振と呼ばれるものです。博士後期課程に進学を考えている日本中のM2のほとんどが申請しています。そしてもう一つ大きな資金として、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)というものがあります。こちらは対象となる大学が決まっていて(その多くが大規模大学)、募集・申請は大学ごとに行われます。そのため、主に対象大学の学生でなければ応募することができません。学振と比較して待遇はあまり変わりませんが、申請方法・時期などに大きく違いがあります。大学によってはM1もしくはM2の早い時期に採用内定する大学もありますが、例えば東京大学のSPRINGは申請がM2の1月となっているなど(参考:東京大学 SPRING GX 2024年度春入学の博士課程出願者を対象に募集開始)、かなり申請・内定時期に幅があるようです。またこの他にも卓越大学院プログラム等の支援などがあるので、より詳しい情報に関しては大上雅史さんのスライドをご参照ください(大上雅史 学振特別研究員になるために~2025年度申請版 )。
学振DC1
・申請対象者:全ての大学のM2
・待遇:生活費月20万+研究費(3年間)
・申請時期:M2の5~6月に申請→9月後半に内定
・採択者:700人程度
・採択率:15%程度(近年は低下傾向)
JST-SPRING
・申請対象者:対象大学に所属するM1/M2、D1~(参考:JST次世代研究者挑戦的研究プログラム 支援プロジェクト(2024年4月1日時点))。
・待遇:生活費月~18万+研究費(3年間)(大学による)
・申請時期:M1~M2(大学によるが、早期に申請・採用内定する大学も)
・その他、 大学による。
博士後期課程に進学するためには、修士課程のうちに以上のような研究費・生活費を確保しておく必要があります。しかし上述のように、学振はM2の5~6月申請→9月後半に内定、JST-SPRINGは遅ければM2卒業ギリギリで内定の可能性もあります。学振もJST次世代も学内プログラムも申請・採択時期が遅く、博士進学という選択に踏み切れなそうな場合、M1から就職活動をしておくことをおすすめします。つまり、「お金がないけれど博士後期課程に進学したい」という場合、M1の時点から博士進学・就職どちらの選択肢も視野にいれておくことが重要です。博士後期課程における支援プログラムはどれも採択率が高いとは言えず、どうしても経済的な不安をぬぐいきれません。「採択されたら…」と思っていても、15%程度の宝くじ的な確立に頼っていると将来への不安が増大してきます。M1~M2の早い時期に就職活動をして内定があれば、「博士後期課程での研究費・生活費が確保できなかったら就職する」という選択肢を持つことができます。
「学振・JST次世代(SPRING)の申請も就職活動も全部併行するなんて無茶だ」という声も理解できます。しかし、経済的な不安を抱えたまま僅かな可能性に賭けるというのはかなり身体に堪えますし、修士課程のできるだけ早い時期に就職活動をしておけばそうした不安を早くに払拭することができます。また就職活動は年々早期化していて、学振の結果が出るM2の9月から始めても就職先の選択肢が限られてしまいます。できればM1のうちなど早めに就活して内定を貰い、M2でのさまざまな研究費・生活費の申請に備えるのが得策ではないでしょうか。
3. さいごに 博士後期課程に進学する前に考えておきたいこと。
ここまで、「お金がないけれど、博士後期課程に進学を考えている人」向けに、いろいろと書き連ねてきました。しかし、そもそも博士後期課程に進学する前に、もう少し考えてみることいくつかがあります。
3-1. 学振・JST次世代(SPRING)…生活費少ない問題。
まず考えてみることは、博士後期課程での生活はどうなりそうかということです。先ほど少しまとめましたが、学振の場合は生活費月20万+研究費(3年間)が支給され、JST次世代(SPRING)の場合は生活費月~18万(大学による)+研究費(1~3年間)が支給されます。例えば学振に採用され、月20万円の生活費が支給されることになったとします。そこから国民年金・国民健康保険等が差し引かれると、だいたい16万円くらいになります。さらに家賃が6万円+水道光熱費(東京の相場)の場合、10万円くらいが手元に残ります。大学によっては学振に採用されると授業料免除の対象外となる場合もあるらしく(参考:学振研究員が授業料を全額払うよう命じられて死にそうになってる話)、その場合は生活費等に加えて年間52万円(国立大学)の支払いが発生します。
こうしてみると、月~20万円を受給しつつ(特に都内で)暮らすことがいかに難しいかがわかると思います。ただしバイトは禁止されていませんし、学振・JST-SPRINGに加えて民間奨学金を受給している方もいらっしゃいます。しかし、そのくらいの生活費で3年以上暮らしていけそうかどうかも一度考えてみるべきかと思います。
3-2. JASSO貸与型奨学金を借りるかどうか
JASSO貸与型奨学金は、博士後期課程でも利用することができます。そして2-2で説明したような返還免除制度もあるので、こちらを借りた上で、博士後期課程でも返還免除を狙ってみるという可能性もあります。しかし貸与型奨学金は「借金」ですので、数年後の自分に返還が降りかかってきます。ポスドク、講師、助教といったポストで働きながら返還することは並大抵のことではないと想像できますので、あまりおすすめはできません。これまでの学部、修士課程でいくら借りてきたのか、これからどうやって返還していくかといったことについても考えながら、借りる/借りないについて考えるべきだと思います。
3-3. 海外の大学を見てみる
最後に、留学奨学金、各国政府奨学金、留学先大学の奨学金制度を利用して、海外大学に進学することも選択肢になるでしょう。以下に日本国内のものをいくつか挙げておきますが、海外のものを含めて探せばいくらでも出てくるので、選択肢はかなり多いと思います。ただし、「自分が博士後期課程でどんな研究をするのか」、「留学先大学、そこでの指導教員が自分に合っているか」といった点が何より重要ですので、そういった兼ね合いも含めて考えたいところです。(参考:公益財団法人 平和中島財団、海外留学支援制度(大学院学位取得型)、公益財団法人 吉田育英会、公益財団法人 経団連国際教育交流財団…など)
3-4. 博士後期課程に入学後、民間奨学金などに応募する
もし学振・JST次世代(SPRING)にも落ち、就職もせず、しかし進学するとすれば、残された選択肢は博士後期課程入学後、民間の奨学金・研究費・生活費支援、そして学内のプログラムに申請することです。これだけを狙って博士後期課程に入学するのはかなりリスキーですが、入学後に申請できる民間奨学金はいろいろとあるようです。博士後期課程進学後の4月~6月の生活費が確保できるならば、入学後に申請する奨学金等に採用されることに賭けてみるのもありかもしれません。
3-5. (学部・修士課程の後)一旦社会人を経て、大学院に戻る
文系大学院には、社会人博士や一旦社会人を経た後に修士課程・博士後期課程に所属している方も多いです。そもそもご紹介した奨学金などに頼って生活するのは、非常に大変なことです。そのため学部や修士課程を終えた後に、一旦就職し、お金を貯めて、もう一度大学院(修士課程・博士後期課程)に戻ってくる方も多いのです。もちろん一旦働いたことで生まれる学習のブランクは、進学における障害になるかもしれません。しかし、経済的安定の重要性を鑑みた上で、就職の選択を前向きに考えてみてもいいかもしれません。
まとめ
これまでいろいろと書いてきましたが、やはり重要なのは経済的な安定です。実家の支援がなく、研究者としての生き方に理解がない上に、20代半ばになって経済的に安定しない、将来が見えないというのは、私自身かなり精神的にも身体的にも堪えました。私たちが博士後期課程に進学したいとどんなに思っていても、各種支援の採用率は低く、アカデミアの厳しさを受け止めざるを得ません。
改めてまとめると、大きな大学というのは総じて修士課程・博士後期課程のどちらの経済的支援も豊富です。そして入学前・入学後には、進学先大学院の経済的支援について隈なく調べ、とにかくたくさん応募することが大事です。そして修士課程では、学内の小さな研究会などの機会を利用して、研究発表・論文投稿といった業績を積みましょう。こうした業績を利用して学振・JST次世代(SPRING)などの申請を行いながら、できればM1の時点から就職活動も並行して頑張りたいところです。
また今後、この記事を訂正・更新しながら、情報を共有できればいいなと思っています。この記事では特に「お金がない中でどうするか」ということに集中して書いているので、研究内容・方法、学振等の申請書の書き方などの点については省いています。それについては、記事内で紹介したリンクを参照して頂ければと思います。
追記
2024.10.30: 3-5を追記。