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ダイヤ氷の冷紅茶

昨日、食べるマガジン『KUKUMU』に、私の原稿を投稿しました。

投稿するまで気もそぞろだったけれど、公開できた今ちょっとホッとしてます。多くの方に読んでもらえてうれしいです。

今回の記事には『食べる女』という映画が登場します。原稿を書くために、この映画を何度もくり返し鑑賞しました。繰り返し観るたびに、妙に気になる存在がひとつあって。それは、森茉莉のエッセイ『私の美の世界』。この本は、映画のワンシーンにちらりと出てきて、映画に彩りを添えています。

映画をより深く知るためには、読まなきゃダメだろう! ということで手に取り開いてみた『私の美の世界』。実は、私は森茉莉の本を読むのはコレが初めて。読み始めるやいなや、森茉莉の世界が大好きになってしまいました!

森茉莉といえば、言わずと知れた文豪・森鴎外の愛娘。正真正銘、生粋のお嬢様です。年若くして結婚し、19歳のときに当時の夫とともに渡仏。フランスの文化をシャワーのように浴びて吸収します。食エッセイを量産し、食べることに関して並みならぬこだわりを持つ茉莉さん。彼女の食に対する独特の美的感覚は、幼少期からの恵まれた生活環境と、フランスでの食体験で養われたんですねぇ。

稀有な環境に生まれ育ち、当時では珍しかった海外生活も堪能。とびきり贅沢な経験を重ねた女なんて、どうせ高飛車で鼻もちならないイヤ~な女なんじゃないの? 本を読む前の私になかには、そんな偏見が少なからずありました。だけど彼女はそうじゃなかった。どこまでも自然体で少女のような無邪気さがある。スマートな文章のなかに時折「ユーモア」と「エロ」をはさみこんでくるのもまた憎い。

そして、彼女が好きだと公言している食べものは、全然気取ってないんです。「どこぞのフレンチレストランのあのスペシャリテが云々かんぬん」みたいなことはほぼなし。おうちの中で味わえる美食に重きを置いていて、それがなんとも素敵!
たとえばたとえば。ビスケットにパセリのオムレツ。「鎌倉ハム」とトマトのサラダ。などなど。

もしかして彼女が活躍した1960年代には、これらはちょっと珍しいハイソな食べ物だったかもしれません。けれど、彼女はそれを鼻にかけず、とにかく愛情深く「食べもの」を描写することに徹します。茉莉さんの鋭い観察眼と食べものへのピュアな愛情が、いかにも美味しそうな描写を生み出し、そこで描かれた「普通の食べもの」たちは、たちまち「特別に魅力的な食べもの」に変身するのです。

なかでも、『貧乏サヴァラン』に登場する「冷紅茶」が私は大好き!

夏。蒸し暑い夜に原稿に向かう茉莉さんは、「冷紅茶」を好んで飲みます。冷紅茶には、氷屋さんで仕入れてきた「大きな角砂糖位に切った氷」をつかうのが彼女のお約束。その氷を「ダイヤ氷」と称して愛でる茉莉さん。彼女の少女のような無邪気さ、かわいすぎませんか。

ダイヤ氷をたっぷり入れたグラスに、あっつあつのリプトンの紅茶を勢いよく注ぎ入れます。ふんわりと立ち上る良い香りを、茉莉さんの描写を通して味わってみましょう。

英国製の紅茶はハヴァナの香薫か、ナポレオン・ブランディ―の香気か、というような香りを発する。

森茉莉『貧乏サヴァラン』

でぇぇぇええええ! まじですか、そんな香り、リプトンの紅茶からするー!?

にわかに信じがたい。でもでも。『ハヴァナの香薫』、または『ナポレオン・ブランディ―の香気』とやらは是非とも味わってみたい。ということでやってみました。

氷はロック用のやつをスーパーで購入。「そんなものではダメ」と茉莉氏に舌打ちされそう。

やってみて気づいたことがあります。私は『ハヴァナの香薫』も『ナポレオン・ブランディ―の香気』もよく知らないんですよ。もうほんと、うっかり。そもそも『ハヴァナ』って、キューバの首都ってことでいいのかな。首都の香薫とは。分からな過ぎて検証不可。ですが、ほんとうに良き香り。私は冷紅茶を少しずつ味わいながら、冷紅茶をたしなむ茉莉さんの姿を想像します。

───── 夏の夜。生あたたかい夜風が、部屋のカーテンをふわりと揺らす。茉莉は原稿を書く手を止め、ふぅっと一息。筆をおいた彼女は、ダイヤ氷の冷紅茶が入ったグラスを片手にベランダへ向かう。おもむろに取り出すのは、フィリップ・モリス。彼女は紫煙くゆらしながら、紅茶をひとくち。ラジオからは低い音でシルヴィ・ヴァルタンが流れ、グラスを傾けるたびダイヤ氷がカランと音をたてる。

エモーーーーーーーい! ダイヤ氷の冷紅茶、めちゃエモくないですか。全ては私の妄想ですが、ここまで妄想してしまうぐらいには、茉莉さんのことが好きです。

熱く語ってしまいましたが、KUKUMUの原稿を書くまでは、森茉莉という人をまったく知らなかったわけです。「書く」こと。そのために「調べる」こと。「理解する」こと。これらのプロセスは、書き手の人生そのものを明るく豊かにするよなあ、とつくづく感じる経験でした。


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