『下午のまち銭湯』 ⑰小松湯(小松川)
銭湯は昼下がりに行くに限る
廃業銭湯
銭湯は斜陽産業だ。なんでも東京銭湯は週に一個のペースで廃業しているらしい。実際前に前に行った銭湯にもう一度行こうと思っていってみたらもう廃業してたなんてことも珍しくない。ぼくのお気に入りだった浅草の蛇骨湯や北千住の大黒湯なんて名湯だって容赦なくなくなっていく。
こんな感じで各所の銭湯をブラブラあてもなく訪問なんてことをしていると、銭湯の最後の時に訪問なんてこともある。四月某日。今回訪れた小松湯も今月末で廃業するということだった。
江戸川と荒川の間にある江戸川区地域には多数の銭湯が分布している。荒川区や大田区の銭湯ともまた違うより庶民的な街銭湯が多くぼくは結構このあたりの銭湯を利用している。小松湯はそのなかで中央地区というエリアにある銭湯。このエリアにはほかにもいくつか銭湯があるんだけど、この小松湯だけぽつんと離れたところにある。新小岩駅と船堀駅のちょうど中間ぐらいにあってすぐ横が荒川。凄く行きにくい。銭湯行脚という視点ていくと立地的に対象外にされてしまう銭湯ではあるなぁと思う。
昼下がり。とりあえず新小岩の駅で降りた。ここから歩くのはなかなかハードだなぁ。バスかなぁ…そうだこういう時はあれを使おう。近くのコンビニまで行くとやっぱりある。レンタルサイクル。30分140円。
スマホで予約してロックを解除する。すいーっと電動アシストのペダルが回転してぐんぐん進む。ここ数年で都内の一番のインフラ革命はこのレンタルサイクルだと思う。JRや私鉄の駅から微妙に離れていてかつ地下鉄や都バスの拠点まで行くのも億劫な場所は意外と存在する。そんな時はこいつに乗ってしまえばいい。値段も鉄道やバスのシェアを奪うほどでもない絶妙な価格設定。完全に共存関係が成り立っている。とくに江戸川区のような地下鉄網の外にある地域の移動にはこいつが欠かせない。
15分ほどペダルをこいで、程よいところのコンビニに返却する。そこからは徒歩で向かう。
荒川沿いに道をくねくね入っていく。しばらく歩くと見上げた先に白い煙突が見えてきた。ああ、あそこだな。あとは煙突に向かうだけ。煙突がどんどん大きくなっていく。気持ちもどんどん膨らんでいく。昼間の銭湯訪問はこれだからやめられない。夜だったら煙突なんて見えやしない。
小松湯についた。
小松湯
外観はコンクリート製の小さな建物。隣にはコインランドリーがある。暖簾は鮮やかな青で、宇宙っぽい雰囲気の少しロマンチックな絵柄の中に小松湯と書いてある。下駄箱は木札のもので1番が開いていたから迷わずそこにいれる。
中に入ると向こう側の引き戸の向こうに小さめなロビーがあって、番台はフロント式。奥に鮮やかな暖簾がある。青い方の男性用暖簾をくぐると脱衣場に侵入できる。
脱衣場は小さめだけど清潔に保たれている。真ん中に畳椅子があってその周りを正方形の白いロッカーがL字に取り囲んでいる。ロッカーはシリンダー鍵でヘアゴムで腕につけるタイプ。新しい銭湯ってわけじゃないんだけどわりと綺麗なマッサージ椅子があったりくたびれた感じはない。床も小学校の体育館よろしく光沢がある木目だし全体的にはすごくきれいに手入れがされているなと感じた。
綺麗な床を裸足で歩くのは気持ちいい。キュッキュッキュとリズミカルな音を奏でながら浴場への扉を開く。
かららら~
広さはそれほどない。コンパクトな街銭湯の大きさ。両壁沿いにカラン、真ん中に壁ひとつ。壁の両サイドにカランが設置されている。カラン並びは縦に四列で計19個。正面奥に浴槽が2つ横並びに設置されている。壁絵はタイル絵だ。薄色基調のモザイク画。大きな池があってその中に建物が描かれている。どこの場所だろ?
入り口脇に積まれているケロリン桶を手に取り中壁のカランに移動する。開店時間から15分くらいたってからの入場だったのだけど、カランは結構埋まっている。客層は近所のおじさんたち。サウナがないのでいわゆるその筋のお客さんはいない。そう。近所の高齢者たちの社交場。昼の銭湯ならではのこののほほんとした雰囲気。他愛のない世間話が明るく照らされた浴場内で反響して響く。あぁ銭湯だ。ぼくにとっての銭湯はこれなんだ。
お湯を出す。おおっと熱い。ここは煙突があった。薪で沸かしてるのかな?頭をしっかり洗いシャワーで流す。シャワーのメッキもしっかり輝いているしお湯も勢いよく出る。
身体を洗い流し。白いタイルを踏みしめて浴槽に向かう。このタイルもしっかり輝いている。浴槽は向かって左が大きめの白湯のお風呂。右が薬湯になっている。白湯浴槽は一部が手前にぼこっと出っ張ていてそこが普通の白湯スペース。壁側にバイブラとジェットバス二機が設置されている。
最初は普通に白湯をいただく。しゃぽん。足挿入。
熱め。でも気持ちいい。思わずため息がもれてしまう。浴場を見渡す。右側の壁に摺りガラスがバーッと並んでいて日の光が明るい。ガラスもしっかり磨かれているようだ。天井は低め。薄いグリーンのペンキで塗装されている。凄く清潔。というかこの綺麗さは最近塗り替えたのかなぁ。脱衣場に入った時からなんとなく感じてはいた。ここ小松湯は月末で廃業するって感じじゃないんだ。まだ先まで続けていく感じがひしひし伝わってくる。きれいに細かいメンテナンスが行き届いている。意欲がある。生命力がまだあるんだ。
終わり際の銭湯は、やっぱりどこも疲れ果てた感じがあって終わりを実感する。寂しさがある。だけどここはそれが全然ない。本当に廃業するんだろうか?
ジェットバスに移動する。しっかり強い刺激が腰を打つ。足のジェットもしっかり強く足裏を押してくる。やっぱりそうだ。終わる間際の銭湯はこの足裏ジェットが死んでしまっていることが多い。この銭湯はまだ生きている。
熱いお湯にしばらく使っていたからいったんカランで体を休める。水風呂がないので冷水を浴びる。桶に水を浸しそれをオデコにくっつける。そのままジョッキを飲みほす要領で一気に桶の冷水を額に流し込む。額の横を通った水が頭、顔を十分に潤し首を伝って体全体に流れる。気持ちいい。ぼくはこのオデコ飲み式の水浴びがとても好きだ。水風呂がなくてもこれで全然満足できる。
薬湯に入る。こっちのが少しぬるめ。この日は「はっさくの湯」。柑橘系のアマ酸っぱい香りが鼻を衝く。まだ残っている花粉症が少し落ち着いた気がしたのは気のせいだろうか。
いいお湯だな。なんでなくなっちゃうんだろうか。まだまだ元気な銭湯なのに。それでも今の時代こういった昔ながらの街銭湯はなくなってしまうんだ。残酷な現実だ。
脱衣場に戻り帰り支度をする。壁を見ると「江戸川区銭湯マップ番台にて配布中」と書いてある。退店際番台で声をかけてもらっていく。少し開いてみてみると、まだ小松湯の表記と案内はある。このマップが次いつ作られるかはわからないけどそのときはもう小松湯の記載はなくなっているんだなと思うとなんだか寂しい。ふいに一度だけ来たぼくがそう思ったのだから常連さんはさぞ悲しんでいることだろう。
帰りも自転車で。加速していくと火照った体に心地よい風が当たりとても気持ちいい。どこの銭湯の前にもたくさん自転車が止まっているけど、なるほどね。この気持ちよさを味わいたいから皆わざわざ自転車できてるんだな。
自転車で銭湯に行くのも悪くない。小松湯。なかなかに良いまち銭湯であった・・・嗚呼。さようなら小松湯。
銭湯の詳細
『小松湯』[所在地]江戸川区西小松川町[最寄り駅]JR総武線「新小岩」駅よりバス「東小松川一丁目」下車徒歩5分[営業時間]15:00~21:00 [定休日]水曜日・土曜日[入浴料]480円[ドライヤー]20円
※令和4年4月30日閉業
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