短編 / ほんとに殴るようなやつはお前ただひとり
いわゆる、マゾである。
マゾヒスト。どうでもいい豆知識として、マゾもサドも人名が語源になっている。
人によって程度は千差万別でしょう。「SはサービスのS、Mは満足のM」という言葉があるようにカスタマーの数だけ需要の形も様々というのはSMの世界でも変わらない。
わたし個人としてはやはり性行為で刺される側の性別ということもあり、その延長として追い立てられたい。よりそれらしい言葉遣いをするなら、安全が確保されている関係性というのは勿論大前提に、人間としての尊厳を踏みにじられるとたまらない。
精神面のプレイ性は醍醐味というか、もはや核といっても差支えない最重要な部分ではあるけれど、渦中にいないあなたに説明しづらいので今回は割愛。またの機会をお楽しみに。
ということでこの場では具体的な動作としての“好ましい程度”をお話する。
まず損傷にまで至らない程度に痛めつけられるのが全般的に好き。
まぁ本当にベタなよくあるネタで申し訳ないけど、行為中に叩かれるのがスタンダードに好ましい。
グーで殴るのは御法度である。大間違いである。
だってそこまでやると痛い。男の身体はただでさえ堅いのにそんなに骨格を剥き出しにしてこちらにぶつけて来ないでほしい。
平手。平手が良い。平手でないと困る。いくらマゾといえど平手でないと怪我をする。マゾは精神が倒錯しているだけで当然ながら身体はふつうの人間なのだから。
平手打ちは良い。音が派手に立ち上がる割に痛みは実はそんなに無く、どちらかというと痺れのような感覚がじんわり広がってじんわり消えていくあの情緒が良い。まるで打ち上げ花火である。
シビ辛というジャンルが確立されるくらい痺れにハマる辛党の人が多数いるのだから、平手打ち適正持ちの人口は本当はもっと多いのではないかと、コンビニで激辛商品を見かけるたびに常々考えてしまう。
あぁ興が乗ってきた。折角なのでもう少し深堀りを。
よくある描写として、叩かれるのは腰回りだったり背中だったり、あとは身体本体を叩く代わりに目の前で違うものを叩いてみせたり(これは催眠も組み合わせての行為だと思われる)すぐそばで叩く音だけを聞かせたりというのがあるかと思う。
勿論そういったものも悦ばしいけど、わたしの癖としては顔を平手打ちされるのが一番よい。
女は顔を大事にしないといけないらしい。男の顔の傷と女の顔の傷は意味が違うそうで。女の顔に傷がついてしまうと取り返しがつかなくて貰い手が無くなってお先が真っ暗になってしまうらしい。
そんなことを口を酸っぱくして身の回りからも世間一般からも言われてきた。馬鹿馬鹿しいと子ども心に思っていた。
成人した今となっては、私の価値がそんなもの一つで損なわれてたまるかという気持ちしかない。というかそもそも私の顔にそこまでの商品価値が無いだろうに傷がついたからといってなんなのだ。もっと違うところに旨みはあるでしょう。更に言うなら根本的に誰かに貰われたいという欲すら無い。
完膚なきまでにお節介だ。ばーかばーか。
ただそういったことを理性では思いながらも、長年の刷りこみというのは恐ろしいもので、やはりわたしの中にも顔が一番傷つけてはいけない箇所という意識があるらしい。
一番いけない箇所だからこそ一番叩かれたい。下らない刷りこみごと、ひっぱたいてほしい。
叩くのが難しい箇所ではあると思う。男性の手の大きさだと耳に被さってしまうかもしれないし、耳を避けすぎると今度は目元に近づいてしまう。あと力加減も難しいだろうと思う。人間の顔の下半分は揺さぶられすぎると脳にダイレクトに刺激がいってしまう。ボクサーのパンチドランカーというやつだ。しかしその難易度の高さも、パートナーとの信頼関係が不可欠であるという点で逆に火にガソリンを注ぐような具合になってしまう。ペア競技の高揚感に近いのではないだろうか。いやこれは流石に怒られるかもしれない。
ここまで具体的に述べておいてなんだけれども、これはあくまでわたしの理想で、実は実体験はない。世に存在するサディストたちは恐らく一種の才能の保持者であって一般人ではないのだ。選ばれしパフォーマーとして在るべき場所で活躍していることだろう。床でそれを懇願して承諾するパートナーはこれまで居なかった。
そもそも行為中とはいえ女性に暴力を振るうことが身体の中でポジティブに働くような人たちじゃないのだ。そりゃそうだ、真っ当に優しい人をわたしは選んでいる。
理由があればまだ一線を越えやすくなるだろうかと思い、わたし側に非がある喧嘩の後の行為で罰として頼んだこともあったが逆効果だった。ものすごく悲しまれた。逆に自罰傾向が強いだけでそういう癖の人じゃないと思われていたかもしれない。完全に逆効果だった。100%自己都合で悲しませてごめんね。
当然行きずりの男にはそんなことを頼めない。何度も言うが人間関係が土台として重要であり信頼が必須なのだ。というか行きずりの男とは、普通の行為ですらもはや臨戦という心持である。いつなにが起きるか分かったもんじゃない。気を抜いたら喰われる。
わたしは行為が好きだけど、肉塊にも餌にもなりたくない。あくまで人間の雌として自分の身体を自分で使って人と交わりたい。
その上で信頼している安心できる大好きな人に脅かされたいのだ。自分より力が強い者が、本来ならいつでもわたしを壊せる存在のそれが、いかに普段優しいのか愛情深いのか実感できるから。
性癖というより情報量の多い愛情表現という感覚だ。いやそれを一般的には性癖というのか。とにかくそんなにふしだらではなく意外と誠実な心理なのである、絵面はともかく。
いやそういえば。
ここまで捲し立てて思い出した。
ただ一人、例外の人間がいた。
あいつだ、あいつ。あいつは本当に殴りやがった。
殴れと言われて本当にグーで殴るやつがあるか。
いや今は叩いてほしいから叩いてと伝えるのだけどあの時はそうじゃなかった。
あいつは中学生のときの同級生で、名前は仮にTとする。
当時わたしもまだ世間様の矯正が済んでおらず小学生男子のように手も足も出るやかましい女子だった。
クラスの誰かにペンケースをくれと頼まれて、私はそれを3メートルほど離れた相手に投げて渡そうとした。
補足すると当時の女子中学生のペンケースというのは布製が主流ではある一方で中にペンが20本くらいギチギチに詰まっているのでちょっとした鈍器だった。
わたしが無精をしてぶん投げたその鈍器が、間に座っていたTの顔面に直撃した。
Tは竹を割ったような気さくな明るい女だったので元々馬が合ってよく教室でふざけあっていた。
とはいえ痛かったに違いないし、只々申し訳なくてわたしは即座に駆け寄りめちゃくちゃに謝罪した。Tは大丈夫大丈夫とヘラヘラして気にしていない様子だった。
思わずわたしの気が済まないから同じ部分を殴ってくれと勢いで言ったその時だった。
「え?ほんとにやるよ?」と言った後、私の左眉のあたりに鈍痛が走った。
本当かどうか今となっては知る由も無いけど、Tは入学前ヤンキーだったらしい。
ポンと拳を突き出しただけなのでわたしは軽く後ろによろめいただけで済んだけどTは逆に「そんなになると思わなかった…ごめん…」と謝ってくれた。正直殴られた部分は痛かったが別に血が出たりしている訳ではないのとそれよりも状況の面白さが勝ってしまいわたしは笑い転げて、当たり所が悪かったかとTに心配された。
それがきっかけという訳ではないがTはその後わたしの親友になり、人生をかけて付き合いたいと感じさせてくれた、ある種の結婚願望を唯一抱いた存在となる。今は縁が繋がっているのか切れているのか、よく分からない。
あぁ、あいつはやっぱり天才だったのかもしれない。
わたしはあいつのような天才に、他に誰ひとりとしてまだ出逢ったことがない。